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賃金の上昇を主要な経済政策においている岸田首相。物価もまた上がっている(写真:時事通信

賃上げの成果を誇る岸田首相だが、年金生活者を中心に賃上げの恩恵を受けない家庭も多い。そんな家庭に、さらなる苦難が。新年度は空前の値上げの年になるという。

「われわれはデフレから完全に脱却する千載一遇の歴史的なチャンスを手にしています」

岸田文雄首相は、3月28日に行われた2024年度予算成立を受けての記者会見でこう語った。総務省3月22日に2024年2月の消費者物価指数を発表した。2020年の物価を100とした指数では106.9と、昨年の同じ月より2.8%も上昇している。

岸田首相は“賃上げ”があるから大丈夫と豪語してきたが、「大手労働組合である『連合』傘下の組合の平均賃上げ率は5.25%と、前年を1.49ポイントも上回りました。これは1991年以来、33年ぶりの5%超えです。しかし、これは大手企業がけん引している数字です。中小企業には賃上げが見えていない会社も多い。また、年金生活者の年金額が増えるわけでもありません。

岸田首相は『物価上昇を上回る所得を必ず実現する』と語っていますが、“賃上げ”が期待できない家庭にとっては、物価上昇を放置しているといってもいい状況でしょう」(大手紙記者)

今回発表された消費者物価指数で気がかりなのが、物価の伸び率が今年1月より0.8ポイント高くなり、4カ月ぶりに拡大したことだ。ファイナンシャルプランナーで消費生活アドバイザーの丸山晴美さんが語る。

「2021年後半から始まっている物価上昇は、原材料価格の高騰や円安による輸入コストの増加が大きな要因でした。しかし、今後はそこに“賃上げ”も加わるでしょう。すべての商品、サービスにおいて、値上がりの新たなフェーズが到来していると感じています」

■円安や原材料費の高騰に、人件費も

はたして、今後どのようなものが値上がりしそうなのか。

すでに、食品や日用品などは大きく上がっているが、現在、美容院やエステなどを含む理美容サービスの費用や、習い事などの月謝、映画や演劇のチケット料金など、“人件費”に関わるものの価格がじわじわと上がっている。みずほリサーチ&テクノロジーズ主席エコノミストの酒井才介さんが解説する。

「人件費のコストを価格に上乗せする動きが見られます。2023年にも賃上げが行われましたが、サービス関連全体の値上げには広がりませんでした。今年は昨年を上回る賃上げが予想され、増加した人件費がサービス関連の価格に転嫁されていくとみられます。

現在のサービス分野の物価の伸び率は2%前半ですが、今後は3%程度まで上昇する可能性が。宿泊や外食はもちろん、映画や演劇のチケット料金、美容院やマッサージの料金、学校や塾の授業料など、人が関わる身近なサービスの値段が軒並み上がっていくことが予想されます」

この4月からトラックドライバーの時間外労働の規制が強化される。それに伴いトラック運転手人手不足になる、いわゆる「2024年問題」も家計に与える影響は大きいと、丸山さんが語る。

「すでにヤマト運輸佐川急便が運賃の値上げを発表していますが、物流はすべての分野に関わってきます。人手不足による物流費のコスト増は、商品に転嫁せざるをえない状況です。

ティッシュやトイレットペーパーなどのさらなる値上げはもちろん、あまり値上げのなかった衣料品や化粧品などにも値上げの動きが出てくるでしょう」

■マイナス金利解除も円安傾向は変わらない

これまでの値上げの要因のひとつである円安も続いていく可能性が高いと、酒井さんは指摘する。

「日銀がマイナス金利政策の解除を決めても、円安が続いています。日米の金利差が解消するのはまだ先だと市場はみており、円安傾向は続きそうです。円安は食料品などの幅広い品目に波及します」

さらに一部品目では、原材料価格そのものが上がることも。

原材料価格の上昇率は緩やかになっていますが、たとえば西アフリカの天候不順で、カカオ豆が不足してチョコレートの値段が急騰したり、トマトやオレンジの価格が上がることでケチャップやジュースが値上げされるなど局所的な高騰もあるでしょう」(酒井さん)

負担軽減措置によって抑えられていた光熱費も値上げが迫る。

「政府は、物価高騰対策として家庭や企業に行ってきた電気料金とガス料金の負担軽減措置を5月使用分で約半分に縮小し、それ以降はいったん終了する方向で調整しています。

補助金がなくなると、光熱費が家計を圧迫するだけでなく、企業は電気料金が上がった分を価格転嫁するので、とりわけ冷凍食品や加工食品、菓子などの加工度合いが高い商品の値上げを招く可能性があります」(丸山さん)

そもそも電気料金は、今年5月から再生可能エネルギー促進賦課金が上乗せされる。すでに年間1万円ほどの負担増になることが決まっているのだ。

さらに“値上げのラスボス”である家賃の値上げの可能性も。

「家賃は長らく大きな変動はありませんでした。そんな家賃が前年同月よりも0.2%上昇しています。これは24年ぶりのことなんです」(酒井さん)

実は家賃は明確な要因で上がるというよりも、モノの価格が上がっているという“空気感”によって、引き上げられるのだという。

「家賃の値上げは、すべての物価が上がるのが当たり前の世界に入ったことを意味するシグナルでもあるのです」(酒井さん)

今後の値上げは、家計にどのような影響を与えるのだろうか?

「賃上げの影響、物流コストの増加、円安の長期化などを考えると2024年度の1世帯当たりの支出負担増はプラス10万円以上になると見込んでいます。物価高が人々の暮らしの重しになっていくことでしょう」(酒井さん)

最後に丸山さんがこう語る。

「価格が比較的安定しているお米を中心に旬の野菜、まだ価格が抑えられている納豆、豆腐、厚揚げなど、栄養バランスを最優先に考えて、お財布と相談しながら自衛策を講じていくことです」

年金生活者や零細企業の社員とその家族……。賃上げの恩恵の届かない家庭にとっては厳しい新年度となりそうだ。