長く働き続けることで老後の不安を解消しようという人も多いでしょう。70歳までの就業機会の確保が企業の努力義務となり、実際、65歳以降も働く人は増加傾向にあります。けれども、頑張って働いたことで、受け取れる年金額が減ってしまうケースも。今回は、65歳以降も働くことを会社から打診されたMさんを例に、年金の受け取り方を決める上で知っておくべき仕組みについて、南真理FPが解説します。

年金額は減らしたくない...65歳以降の雇用を打診されたMさんの不安

会社員のMさん(女性・1959年昭和34年8月22日生まれ、64歳)は、定年退職後も継続雇用されており、まもなく2回目の退職を迎えようとしています。

退職後はパートをしながら、近所に住む孫や2歳年上の夫との時間を楽しもうと思っていたMさん。ところが退職を半年後に控えた頃、今までの働きぶりが評価され、会社から「週5日、月収30万円(ボーナスなし)で、70歳まで働いてほしい」と打診がありました。面倒見のいいMさんに若手社員の教育係をしてほしい、とのことでした。

「まだ体力もあるし、仕事を続けるのも悪くないかな」と思ったものの、Mさんの脳裏に「もらえるはずの年金に何か影響が出るのではないか」という不安がよぎりました。

というのも、Mさんは、定年退職後も働き続けてきたことで、本来なら61歳から受給できる「特別支給の老齢厚生年金」の支給が停止されていました。「特別支給の老齢厚生年金」とは、厚生年金に1年以上加入し、女性の場合は昭和41年4月1日以前に生まれた人に支給される年金のことを指します。

そんなこともあり、年金には敏感になっていたMさん。さっそく近所の年金事務所に65歳からの年金受給額を確認しに行きました。

試算してもらった結果、年金受給額は151万8,000円(月額12万5,000円。社会保険料と税金は考慮せず)であることがわかりました。「夫の扶養に入っていた時期もあるから仕方ないけれど、もう少し金額が多ければ…やっぱりまだまだ働くべき?」と悩むMさん。

ちょうど年金事務所から届いたねんきん定期便に「年金の繰下げ受給」の試算額が記載されていたのを見て、その話も聞いてみたいと思っていたところでした。

そこでMさんは、知り合いのFPに今後の働き方や年金の受け取り方を相談することにしました。

働き続けることで年金が減額される!?

「会社から65歳以降も働くことを提案されたんですが、年金受給も始まる時期ですし迷っています」そう話すMさんに、FPは開口一番「働き続けることで年金が減額されることがあるんですよ」と答えました。

「えっ、なんでですか?」と驚くMさんに対して、FPはその仕組みを説明し始めました。

「公的年金を受け取りながら給与や役員報酬を受け取る場合、『在職老齢年金』という制度で公的年金がカットされてしまうことがあるんです。在職老齢年金は、老齢厚生年金の基本月額(老齢基礎年金は対象外)と給与や賞与の合計額が月50万円(2024年度)を超える場合、年金の一部または全額が支給停止されるという仕組みです」

これを聞き、自分が65歳以降も働いた場合、年金が減ってしまうのだろうかと不安になったMさんでしたが、FPは「Mさんのケースで試算してみましょう」と、説明をしながらメモに計算を書き始めました。

「老齢厚生年金の受給額は、老齢厚生年金の「基本月額」と「総報酬月額相当額」から計算します。Mさんの年金受給額151万8,000円(老齢基礎年金59万3,000円、老齢厚生年金92万5,000円)のうち、老齢厚生年金部分の92万5,000円を月額換算すると約7万7,000円となります。65歳からMさんが会社から受け取る給与(総報酬月額相当額)は30万円なので、老齢厚生年金とあわせると、月額37万7,000円。合計額が月50万円未満なので、厚生老齢年金の減額や支給停止の対象とはなりません」

これを聞いてホッとしたMさん。「お金がほしいから長く働くか考えているのに、年金が減るなんてことがあったらショックですよ。だったら夫や孫と過ごす老後を選びたい。でも、私の場合は働き続けても年金がカットされることはないんですね。先生に話を聞いてよかったです」

そう話すMさんに、FPは「ただし、在職老齢年金の計算をするときの給与(総報酬月額相当額)には、役付手当、通勤手当、残業手当など各種手当も含まれます。うっかり月50万円を超えてしまったとならないように注意しましょうね」と付け足したのでした。

「年金の受給額を増やしたいなら繰下げ受給をすればいい」は正しい?

次にMさんは、ねんきん定期便で見た「繰下げ受給」についてFPに質問しました。「はがきを見たんですが、繰下げ受給をすると年金が増えるんですよね? 私も年金を増やしたいです」

FPはこう説明します。「年金を65歳で受け取らずに、66歳以降75歳までの間で年金受給の時期を繰下げると、その期間に応じて増額した金額を受け取ることができます。加算額は、受給開始月から1ヵ月繰下げるごとに0.7%ずつ増額され(最大84%)、一生変わりません。

それと、老齢基礎年金と老齢厚生年金は同時に繰下げを行う必要はなく、それぞれ繰下げることも可能です。もしMさんが70歳まで年金(老齢基礎年金、老齢厚生年金同時)の繰下げをした場合、増額率は42%(60月×0.7%)で、年金受給額は約215万5,000円となります。65歳で年金の受給を開始する場合と比べて約63万7,000円(約月5万3,000円)増える計算ですね」

それを聞いたMさんは「年間で63万7,000円も受給額が増えるなら、やっぱり繰下げをしたほうが得ですね!」と目を輝かせました。

しかし、FPは「もちろん年金受給額が増えるのは大きなメリットです。ただし、注意点もあるので、それも考慮して決めてくださいね」こう釘を刺しました。

●繰下げ受給の注意点

①年金受給額が増えた分だけ社会保険料や税金が増える 繰下げ受給による年金受給額の増加で、医療保険・介護保険等の社会保険料や所得税・住民税の税金が増える場合があります。70歳まで年金受給を繰下げる場合の増額率である42%は、あくまで「額面」で「手取り額」とは異なる点を押さえておきましょう。

②在職老齢年金で減額・支給停止となっている年金は繰下げ受給による増額の対象とならない たとえば、在職老齢年金による支給停止部分が40%だった場合、繰下げ受給による増額の対象となるのは60%部分のみとなります。

③繰下げ請求後、すぐに年金は受け取れない 繰下げ請求をした月の翌月分から増額した年金を受け取ることができます。たとえば、9月に繰下げ請求をすれば、10月分の年金から受け取ることができます。ただし、振込は12月になるため、請求してもすぐに受け取れません。

④「損益分岐点」を超えて長生きする必要がある 繰下げ受給は通常よりも遅く受け取り始めるので、ある程度長生きしなければ得にはなりません。Mさんの場合、65歳以降も5年間厚生年金に加入すれば、70歳からは約9万8,000円 が受給額に上乗せされます。繰下げ後の70歳時の年金215万5,000円を足すと、225万3,000円です。計算をすると、Mさんが70歳まで繰下げをして得をするのは、「81歳を超えて生きた場合」になります。

Mさんが決めた老後の働き方・年金のプランは?

ここまでの説明を聞いて、MさんはFPにこう話しました。

「子ども達の教育費が必要で、37歳から今の会社で働き始めました。仕事は好きだし、会社に求められることは嬉しいです。私の場合、働き続けても年金がカットされる心配はなさそうですし、収入があると安心して生活できるので、65歳以降も今の会社で働くことに決めました。年金は仕組みが複雑で分かりづらかったですが、今回の話を聞いてよく理解できました。私は長生きしそうだし、繰下げ受給も視野に入れてみます」

年金の繰下げ受給は、今のところ利用者は少ないのが実情です。しかし、Mさんのように70歳まで働くことが当たり前の時代がもう目の前に迫っています。働き続ける人が増えれば、年金の繰下げ受給を選択する人が増えてくる可能性もあります。

働き方の選択肢が増える分、年金の受け取り方にこれまで以上に迷う人も増えるかもしれません。制度を理解した上で、個々の健康状態とライフプランを考慮し、慎重に選択していきたいところです。

執筆/南真理  ファイナンシャル・プランナー

監修/伊達有希子 ファイナンシャル・プランナー(CFP®)  

(※写真はイメージです/PIXTA)