生成AIは生産性を高める可能性がある一方、人間らしさを失わせると心配する意見もある。何も考えずに生きると、パーソナライズされたプッシュ通知に従って時間と資金を消費するだけの人生を過ごすことになりかねないからだ。経営コンサルタントとして20年のキャリアを持つ坂田幸樹氏は、だからこそ生成AIを用いた人間の機能拡張が必要だと説明する。『機能拡張 テクノロジーで人と組織の可能性を追求する』(坂田幸樹著/クロスメディア・パブリッシング)から内容の一部を抜粋・再編集し、AI時代の賢い生き方について解説する。

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 第4回は、機能拡張を実装するための具体的な方法を紹介する。
 

<連載ラインアップ>
第1回 「生成AIを使ってはいけない仕事」をどう見極める?
第2回 村上春樹は生成AIを使って小説を量産できるか
第3回 カンバン方式の導入で成功したSpotifyやNIKEに共通する、ある考え方とは?
■第4回 島田紳助が生成AIで「漫才の教科書」を作っていたら、何が変わっていたか(本稿)

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■機能拡張は誰でもすぐに実行できる

 これまでの記事では、機能拡張するための基礎能力である一般教養や一般常識などについて解説してきた。このように聞くと、これらの能力が身につかない限り、機能拡張はできないととらえてしまった人もいるだろう。

 心配しなくてもいい。決してそのようなことはなく、機能拡張は誰でも、今すぐにでも実行できることなのだ。むしろ、目の前の問題を解決することで、これらの能力を身につけることができる。

 ここでは、機能拡張を実装するための具体的な方法について考えてみよう。

 私たちは義務教育の中で、教師からインプットされたものをアウトプットすることを教わってきた。それは高等教育でも、社会に出てからも同様だろう。企業はパーパスを設定し、さまざまな制度を設けることで従業員を枠にはめ込む。社会は多様性の形を勝手に決めつけることで、マイノリティがそれに従うことを強いる。

 私たちが社会性の中で生きている以上、一定のルールは必要だし、企業が長期的に利益を出し続けるには、決められたアウトプットを出すことができる人材が不可欠なのは疑いようがない。特に工業化社会においては、投入した資源からできるだけ多くの生産高を得ることが極めて大切な尺度として存在していた。

 しかし、デジタル技術の発展によってその前提は大きく変わった。工場は自動化され、経理業務などのルーチンはシステムに置き換えられてきた。すでに中国では無人タクシーが公道を走るようになり、それが世界中に普及するのは時間の問題だろう。

 このように、人間が実施することが前提で設計された業務や社会の仕組みは、今後大きく変わる。そのような世の中で何も考えずに生きていては、スマホから発信されるパーソナライズされたプッシュ通知に従って知らず知らずのうちに時間と資金を消費するだけの人生を過ごすことになるだろう。

 それを避けるには、今すぐ機能拡張することによって人間らしく生きるという意思決定をする必要がある。なぜならば、機能拡張は誰にでもすぐにできるからだ。

■実践すれば能力は身につく

 経営コンサルタントとして駆け出しのころ、当時の上司から次のように言われたことがある。

「社長になりたければ、一日も早く社長になることだ」

 禅問答のようで何を言っているのか理解しがたいかもしれないが、要は物事はやってみなければわからないということである。外部の経営コンサルタントとして経営改革を実践していた立場から、ある日、社長という立場になった途端に現場が離れていった経験は、どんな経営書よりも学びがあった。社長をやっていると従業員や顧客とのトラブル対応の日常で、落ち着いて戦略的な思考をする時間など待っていても訪れることはない。

 私自身まだまだ経営者として勉強中ではあるが、そのような日々の中で経営を実践しつつ、経営学の勉強もしたからこそ、経営における一般教養と一般常識、あるいはクラフトに加えてアートやサイエンスを身につけることができたのだと思う。

 これは経営のみならず、多くのことに当てはまるのではないだろうか。たとえば、心理学について詳しくなったからといって人間関係の達人になれるわけではない。経験に基づく一般常識があるからこそ、先人たちの経験や学者による研究が実践において意味のある一般教養として身につくのである。

 何かに挑戦をするときに、まだ経験がないから、まだ基礎知識がないからと躊躇している暇があったら、すぐに実践に移ろう。現在は生成AIに代表されるデジタル技術が普及したことによって、あらゆることがすぐに実践できる。そして、失敗したときのリスクもどんどん低くなっている。

 かつては書籍を出版したければ編集者に連絡を取り、編集者が納得する企画を持ち込む必要があった。自費出版をするにしても、出版社に一定の金額を支払う必要があった。それが今では、キンドル本であれば誰でもすぐに出版することができる。企画のつくり方や文章の書き方の講座を受けるよりも、まずは1冊つくってみたほうが学びは大きいだろう。

 そして、企画づくりから文章の執筆まで、生成AIによって機能拡張することができる。機能拡張しながら1冊の本をつくってみれば、それが本当に好きかどうか、自分に向いているかどうかもわかる。

■すぐにできることから実行しよう

 本を1冊書くと言うと大変そうに感じるかもしれないが、小さなことからすぐに機能拡張することができる。

 たとえば、会食のお礼メールを取引先に送る場合、盛り込みたい内容を整理して生成AIを使ってドラフトをつくることができる。ウェブ検索から文例を探してきて文案を作成するよりも独自性の高い文面ができあがるだろう。毎回同じようなメールを出すことなく、会食の中で挙がった具体的な話題を盛り込むことで、取引先の記憶にも残りやすくなるだろう。

 あるいは、複数の部署が作成したエクセルファイルを集めて、手作業で集計しているとしよう。それらのファイルを順番に開いて集計するためのマクロを作成するなど生成AIにとっては造作もないことだ。メール添付でファイルを集めているとしたら、アップロードするためのウェブ画面を作成して、集計までの流れをすべて自動化することもできる。

 このように目の前の問題を解決するところから機能拡張を実装していくことで、一般教養や一般常識、言語化能力が蓄積され、自分で考えて生きることができるようになるのである

自分らしさを拡張する

■自分にとってのもっともらしさを追求する

 読者の中には、生成AIこそが得意な一般教養を、なぜ人間が習得する必要があるのか疑問に持つ人がいるのではないだろうか。結論から言うと、一般教養を持たないことには独自性が生まれないからである。別の言い方をすると、自分を型にはめ込むことで、型には収まらない部分が表出するのである。

 これはたとえるならば、舞台役者が役になり切るための役づくりに似ている。役づくりをする際には、台詞を覚えるだけでなく、脚本家と会話をしたり、舞台の歴史的背景について勉強したりする。また、自分自身で想像力を働かせて、必ずしも脚本には明記されていない家族構成や社会的地位などを設定することもある。

 このように役づくりをすると、程度の差こそあれ、役が役者自身に同化してくる。役者によっては舞台が終わっても役がプライベートでの言動に影響を与え続ける人もいるそうだ。

 では、同じ役を演じる役者が3人いた場合、同じように役づくりをしたら、全く同じ演技ができるのだろうか。もちろん、それが全く異なる演技になってしまったら問題になってしまう。しかし、どれだけ同じように役づくりをしても、わずかな違いが生じるものであり、それこそが自分らしさ、あるいは個性なのである。

 現代は個性の重要性が叫ばれて久しいが、個性とは人と違うことをしようと、あえて奇をてらった行動を起こすことではない。日常を送る中で、自分で考えることで生じる人との差が個性なのである

■機能拡張は機能の置き換えではない

 大事な点なのでもう1つ例を挙げよう。

 漫才師として活躍した島田紳助氏は『自己プロデュース力』(2009)の中で、相方を決めて漫才を始める前に、多数の先輩漫才師の漫才を書き起こして、ウケる漫才の要素を分析した「漫才の教科書」をつくったと語っている。また、先輩漫才師の漫才をパクったのではなく、システムを真似したのだとも言っている。

 漫才を聞いて、それをすべて文字起こししてから分析するというのは途方もない作業だが、好き勝手に漫才を始めるよりも、漫才界における一般教養を形式知化したということだろう。

 仮に島田氏がこの教科書づくりのプロセスに生成AIを用いたならば、より多くの漫才を基にした教科書を作成できただろう。また、書き起こした文字情報のみならず、話すスピードや声のトーン、あるいは観客のウケ方との相関分析などを組み合わせて、より精度の高い教科書をすぐにつくれた可能性が高い。

 その教科書を基にして島田氏が漫才を始めていたら、教科書づくりに膨大な時間を費やすことなく、より島田氏の個性を引き出した漫才をつくれていただろう。要は、下の図で示したように、機能拡張とは機能の置き換えではなく、もともと持っている機能の拡張なのである

<連載ラインアップ>
第1回 「生成AIを使ってはいけない仕事」をどう見極める?
第2回 村上春樹は生成AIを使って小説を量産できるか
第3回 カンバン方式の導入で成功したSpotifyやNIKEに共通する、ある考え方とは?
■第4回 島田紳助が生成AIで「漫才の教科書」を作っていたら、何が変わっていたか(本稿)

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