コロナ禍で深刻なダメージを受けたのはラグジュアリー業界も例外ではない。しかし、伝統とイノベーションを結束することで復活し、LVMHをはじめとする大手ラグジュアリーグループは、コロナ前の2019年を上回る回復力を発揮した。本連載では、『世界のラグジュアリーブランドはいま何をしているのか?』(イヴ・アナニア、イザベル・ミュスニク、フィリップ・ゲヨシェ著/鈴木智子監訳/名取祥子訳/東洋経済新報社)から、内容の一部を抜粋・再編集。ラグジュアリーブランドのキーパーソン35人の証言やマネジメントに関する優良な経験値を通じ、先が見えない時代の予測と危機への対応のヒントを探る。

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 第2回目は、ニューノーマルの到来により、ラグジュアリー業界において変革の中核を担うデジタル化について取り上げる。

<連載ラインアップ>
第1回 コロナ禍が、米・欧・中のラグジュアリー業界にもたらした変化とは?
■第2回 1000万人がヴィトンの動画を視聴、ラグジュアリー業界で進むデジタル化とは?(本稿)
第3回 エルメスがキノコを使ったバッグを発表、ラグジュアリー業界の新たな生産モデルとは?
第4回 LVMHはなぜ危機に強く、「業界リーダー」であり続けられるのか?
第5回 ターゲットはデジタルネイティブ世代、DNVBのビジネスモデルとは? 
■第6回 グッチラルフ・ローレンが参入、ラグジュアリー業界は、なぜメタバースに注目するのか(5月13日公開)

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ラグジュアリー業界で進むデジタル化

 ラグジュアリーブランドは、2010年から20年にかけて、インターネット上におけるプレゼンスを慎重に構築した。商品やブランドに関する情報、さらにはブランドの歴史を広く知ってもらうことを主な(あるいは唯一の)目的として、自社サイトの開発に取り組んだ。しかし、パンデミックによってこうした慎重な姿勢をいつまでも貫けるような状況ではなくなった。

 多くのハイエンドのラグジュアリーブランドが脅威と恐れたデジタル化は、もはや避けては通れない重要な課題となり、この業界の変革の中核を担うまでになった。こうしたラグジュアリーブランドにとっては、新たに生まれた複数のコンタクトポイント(タッチポイント)を通して顧客に寄り添うこと、そして複数の流通経路を用いて顧客に情報や商品を発信する「マルチチャネル戦略」を展開することが課題になっている。

■関係者の声:ブランドには、進化するラグジュアリーを創出する責任がある

ヘンリック・ヴェンダースアウディ シニアバイスプレジデント)

 ラグジュアリー業界は、まさにウィンウィンと呼ぶにふさわしいエキサイティングな時代を迎えようとしている。私たちは、人工知能(AI)を活用したデジタルテクノロジーやパーソナライゼーションによって、より多くの顧客を獲得することになるだろう。顧客一人一人に合った体験を、ベストなタイミングと場所で提供できるからだ。

 新たな時代のもう一つのメリットは、ラグジュアリー品の購買体験をする側の顧客に、環境の大切さと、手遅れになる前に地球の資源を守ることが人類にとっての「勝利」だと認識してもらえることだ。ラグジュアリーブランドの顧客は、地球の未来において重要な役割を担っている。彼らから生まれたトレンドは、やがて世の中へと広がっていくからである。今の時代のラグジュアリーブランドの顧客は、分別のある消費のあり方に関心を寄せている。そんな彼らにとって、品質は必要不可欠な要素といえる。

 ラグジュアリーブランドは、こうした顧客を責任ある消費の道へと導かなければならない。新たな「プログレッシブ(進化する)ラグジュアリー」の時代は、少なくとも今後10年間は続くだろう。私たちが生きたいと思えるような世界をかなえてくれるサヴォワールフェールとソリューションの開発に全力で取り組もうではないか。

ヘンリック・ヴェンダースBMWのグローバル広告事業の責任者を経て、同社が展開する小型車ブランド、ミニのヨーロッパにおけるブランドマネジメントの責任者に就任。その後、BMW電気自動車シリーズ「BMWi」のプロダクトマネジメントのバイスプレジデントに就任。2020年から現職。

 

 2020年7月31日、バーバリーは中国・深圳市にオムニチャネルと購買体験を融合したブランド初の「ソーシャルリテールストア」をオープンした。この店舗ではウィーチャットを運営するテンセント社と共同開発したミニプログラムを通して、限定コンテンツやパーソナライゼーションサービスを提供している。ブランドとのエンゲージメントが高まるにつれて、来店客には「ソーシャル通貨」がプレゼントされる。この通貨は、店舗に併設されたカフェで利用できる。

 この他にも「ドレスエックス(DRESSX)」や「ザ・ファブリカント(The Fabricant)」のように、現実世界ではなく、オンラインゲームやメタバースなどで着るためのデジタル完結型の商品ラインアップを発表してデジタルファッション市場に参入したブランドもある。

 パリ、ニューヨークロンドン、ミラノというファッションの発信地で1週間にわたって開催される新作発表会「ファッションウィーク」も、コロナ前のスケジュールに戻りつつある。

 しかし、ラグジュアリーブランドの中には(リーダー的な存在も、そうでないものも含めて)、パンデミックを機に改革に打って出た例が少なくはない。大都市で行われるファッションウィークにとって、「デフィレ」と呼ばれる独創的で華やかなランウェイショーや各都市を行き来する多忙なスケジュール、メディアやバイヤーとの対面での交流は、なくてはならない要素だと思われてきた。

 しかし、コロナ禍によってデジタル化が加速し、デジタルテクノロジーを活用した新しいプレゼンテーション方法が次々と誕生した。これによって、年4回という従来のスケジュールに従わないブランドも出てきた。その一つがケリング傘下のサンローランで、従来のランウェイではなくモロッコの広大な砂漠を舞台に、2021年春夏ウィメンズ・コレクションをオンラインで発表した。ショーの最後にはスクリーンに、「あなたがここにいてくれたらいいのに」というメッセージが映し出された。砂漠の次はアイスランドが舞台となり、雄大な自然の中で2021-22年秋冬ウィメンズ・プレタポルテコレクションを披露した。

 さまざまな変化に対応可能なデジタルテクノロジーのアジリティの高さのおかげで、デザイナーはコレクション発表のスケジュールを自分で決められるようになった。ランウェイショーはかつてないほどイノベーティブなものへと進化し、かつては一部の人だけが見られたランウェイショーに誰もが気軽にアクセスできるようになった。

 それだけでなく、ブランドはより多くの人の目に触れるようになった。ルイ・ヴィトンが2021年9月にルーブル美術館からライブ配信した2021-22年秋冬ウィメンズコレクションの動画は、約1000万人が視聴した。この数字は、2020年の視聴者数の10倍にあたる。ラグジュアリー業界のニューノーマルは、デジタルテクノロジーという新たな側面を手に入れたのだ。

 今では数えきれないほどのブランドがデジタルとリアルを融合するための方法を開発している。それに加えて拡張現実(AR)は、実店舗では不可能な体験を提供する。たとえばルイ・ヴィトンは、ロゴを使った「バーチャルインスタレーション」を展開し、ブランドを象徴するトランクのモチーフを使用した。カリフォルニア発コスメブランドのトゥーフェイスドは、カメラを使ったバーチャルなメイク体験サービスを提供している。

 ラグジュアリーブランドは、商品を実店舗で売らずとも、デジタルテクノロジーのおかげで常に顧客とつながっていられるようになった。すべての販売員に担当地域の在庫状況にアクセスできるソフトウェアを提供したルイ・ヴィトンのように、ラグジュアリーブランドはコロナ禍においてもサービスを提供し続けることができた。こうした新しい戦略は、グローバルレベルで展開されることで、市場制覇の新しい形を見せてくれるだろう。

<連載ラインアップ>
第1回 コロナ禍が、米・欧・中のラグジュアリー業界にもたらした変化とは?
■第2回 1000万人がヴィトンの動画を視聴、ラグジュアリー業界で進むデジタル化とは?(本稿)
第3回 エルメスがキノコを使ったバッグを発表、ラグジュアリー業界の新たな生産モデルとは?
第4回 LVMHはなぜ危機に強く、「業界リーダー」であり続けられるのか?
第5回 ターゲットはデジタルネイティブ世代、DNVBのビジネスモデルとは?
■第6回 グッチラルフ・ローレンが参入、ラグジュアリー業界は、なぜメタバースに注目するのか(5月13日公開)

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