画家エドヴァルド・ムンクの『叫び』やレオナルドダヴィンチの『モナ・リザ』など、名だたる名画は実は「天気」と深い関係がある。『モナ・リザ』では、背景に水蒸気の効果を活かしていたり、『最後の晩餐』では、窓から差し込む太陽光の効果でキリストに目が行くようにしていたりする。そんな「天気」をキーワードに名画を見ていると思わぬ発見があるのである。

◾️「叫び」の背景に秘められたムンクの心理とは

『天気でよみとく名画-フェルメールのち浮世絵、ときどきマンガ』長谷部愛著、中央公論新社刊)では、気象予報士・東京造形大学特任教授の長谷部愛氏が、天気の表現でわかる作家の出身地など、古今東西の名画やマンガを天気という視点で見直し、気象と名画の関係性や魅力、新たな発見を紹介する。

ムンクの『叫び』は、噴火の影響を受けた作品の一つであると言われている。『叫び』のインパクトは、人物の様子もさることながら、ドクドクと血のように流れる背景の赤にも目が惹かれる。ムンクは「日が沈んだ。空が突然血のようになった。大きな叫びが自然を通り抜けた」と書き残していて、赤の正体は、夕焼けであることがわかる。

テキサス大学の天体物理学ドナルドオルソン教授は、この夕焼け火山噴火時を描写したものである可能性を指摘している。ムンクが『叫び』を完成させる10年ほど前、1883年8月27日インドネシアのクラカタウ火山が歴史的な大噴火を起こした。火山灰は地球全体に広がり、ムンクの故郷であるノルウェーやアメリカでも観察された。歴史に残るような大噴火の場合、大量の火山灰が上空に達し、大きな風の流れに乗って、世界中に拡散される。そして、日差しは長期的に遮られ、世界的な低温が続く。その結果、大規模な飢饉や感染症の蔓延が起こる。クラカタウの大噴火でも、ヨーロッパで長期的な天候不良が起こり、大凶作となって、大きな影響が出た。

また、火山噴火は、空の見え方に大きく影響する。大噴火が起きて、空気中に火山性粒子が増えると、太陽光がより散乱されるそのため夕焼け朝焼けに見える範囲が広がり、持続時間が長くなるとともに、色彩鮮やかになると言われている。

ムンクは人の内面を表現し続けたため、見たままを描いたとは考えにくいものの、この噴火の記憶を自然の脅威として自らの作品に刻んだとしても不思議ではないのだ。

描かれた場所や時代の天気など、気象学から美術鑑賞をしてみると、新たな気づきや新しい楽しみ方ができる。名画の鑑賞に新たな視点を与えてくれる、楽しい一冊だ。

(T・N/新刊JP編集部)

「叫び」の背景に秘められたムンクの心理とは(*画像はイメージです)