「未知の物質がどうやって混入したのか究明すべき」という話が、いつの間にやら別の「犯人」を吊(つる)し上げる動きにすり替わってしまったようだ。

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 小林製薬サプリメント健康被害問題を受けて3月末から、こんな論調のマスコミ報道が増えてきている。

小林製薬『紅麹』も分類 増える機能性表示食品、問われるモラル」(『毎日新聞3月27日

「紅麹など『機能性表示食品』始まりは安倍政権の『経済成長戦略』 トクホより緩い規制、企業には便利」(『東京新聞3月28日

「機能性表示食品のデータベース 約15%半年以上更新されず」(『NHKニュース3月30日

 このタイミングでここまで分かりやすく「犯人」扱いされれば当然、行政も動く。4月2日には、消費者庁が機能性表示食品制度のあり方について検討を進める対策チームを立ち上げた。現在およそ7000ある機能性表示食品の届出をしている1700の事業者に対して、健康被害の有無などの点検結果を取りまとめ、課題などを検証してその結果を5月末をめどにまとめていくという。

 ただ、冷静に考えると、これはかなりダイナミックなミスリードだ。

 ご存じのように今、健康被害を引き起こしていると言われているのは、製品と紅麹から検出された「未知の成分」だ。これは青カビからできる毒性の高いプベルル酸という可能性も浮上して、混入経路や成分特定が進められている。

 一方、諸悪の根源とされている「機能性表示食品制度」は読んで字のごとくで、パッケージや広告における「表示」のルールにすぎず、そもそも製造工程の安全性をチェックするものではない。

 「紅麹」という成分そのものが人体に危険だという話ならば、「怪しい成分を商品名にして効果をうたいやがって」とボロカスにたたかれるのは理解できる。が、今回はそういう話ではない。

 にもかかわらず、「犯人」扱いされてしまっている。これは、本制度が安倍政権時につくられたことと無関係ではない。「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」ではないが、安倍元首相を糾弾する人たちは、その政策もすべて「悪」としてたたかないと気が済まないものなのだ。

●事業者からすれば「経営リスク」にもつながる

 これは機能性表示食品を扱う事業者からすればとんでもない「とばっちり」であることは言うまでもないが、それに加えて「経営リスク」でもある。

 『日本農業新聞』が2月に報じたところによれば、2023年の機能性表示食品の市場規模は前年比19.3%増の6865億円。人口減少で多くの市場がシュリンクする中、右肩上がりで増えている有望市場だ。ただ、それは裏を返すと、この成長に依存している事業者もかなりいるということだ。

 5月末の検討チームの見直し結果によって、制度利用のハードルが上がったり、制度そのものが変更されたりすればどうなるか。リソースの乏しい中小事業者がこれまでのように制度を利用することができず、中には収益が悪化するところも出てくるのではないか。

 こういう「経営リスク」を踏まえれば、「自分たちの不祥事にみんなを巻き込むな」「あんたらが2カ月も公表を渋らず、さっさと回収してくれたらこんなに問題が大きくならなかったのに」と小林製薬に対して恨み節を吐く同業他社は多いはずだ。

 ただ、報道対策アドバイザーとしてさまざまな企業の危機管理に携わっていると、こういう「業界道連れパターン」は決して珍しくない。不祥事を起こして会社がボロカスにたたかれるというのはよくあるが、その不祥事があろうことか「業界全体の問題」として拡大解釈されてしまう。そして、風評被害で同業他社の売り上げが落ちたり、業界全体への規制が強まったりしてしまうのだ。

 そのため、業界内では四面楚歌となり、その不祥事が収束した後もイメージが悪いということで、業界団体の取り組みや、他社との協業や提携において露骨な「村八分」に遭うのだ。

●同業他社ができる対策は

 では、このような事態を避けるためにはどうすべきか。経験から言わせていただくと、発生したリスクに社外のステークホルダーがどうリアクションをして、そのことによってどういう展開が考えられるのかという「リスクシナリオ」を描ける人材を、社内で育成しておくことだ。

 ……と言っても、危機管理に携わったことのない人からすれば「なんのこっちゃ」という話だと思うので、小林製薬のケースで説明していく。今回のような健康被害が報告される前から、「機能性表示食品」というビジネスには3つの「リスク要因」があった。これは「後付け」の話でもなんでもなく、業界の人ならば誰もが知る「常識」だ。

 (1)医療界は機能性表示食品制度に否定的で「廃止」を訴える声もある

 (2)日本医師会はサプリメント摂取の健康被害を注意喚起している。

 (3)日本医師会は「かかりつけ医」にサプリメントについて相談するよう推奨している

 (1)に関しては連日の「紅麹」報道でも多くの医師が「根拠が不明」などと否定的な意見を述べているので、いまさら詳しい説明は不要だろう。(2)に関しても、日本医師会Webサイトの「『健康食品』・サプリメントについて」というページを見ていただければ分かるように、10年以上前からサプリメントの過剰摂取による肝機能障害やウコンの健康被害の啓発をしてきた。

 そして、これらの問題を解決するために日本医師会が進めているのが(3)の「かかりつけ医への相談」だ。22年5月、日本医師会総監修の『健康食品・サプリ[成分]のすべて 〈第7版〉ナチュラルメディシン・データベース日本対応版』(同文書院)という書籍が刊行されたのだが、そのリリース内に分かりやすい説明があるので引用しよう。

「先般、日本医師会が取りまとめ、全会員に配付した『国民の信頼に応えるかかりつけ医として』では、『患者さんに、いつでも、なんでも相談していただけるよう、しっかりとコミュニケーションをとって診察します。』とうたっている。住民や患者の方々から『健康食品』やサプリメントに関する相談を受け、対処することもかかりつけ医機能の一つと言える」(日医君だより 22年5月25日

 AGA(Androgenetic Alopecia:男性型脱毛症)や禁煙のテレビCMでは必ず「お医者さんに相談」という決まり文言が出てくる。これは「治療」という医療行為が医師の指導の下で行われなくてはいけないからだが、健康食品や機能性表示食品に関しても「かかりつけ医」の指導下に入れていくべきだ、という医療界の未来ビジョンが垣間見えよう。

 こういう「リスク要因」が機能性表示食品にはかねてあったわけだが、実は22年から業界として警戒を強めなくてはいけない政治的な動きがあった。

 これまで一般人には「風邪をひいたら行く病院」くらいの認識しかない「かかりつけ医」というものを、しっかりと制度として整備すべきと岸田政権の「骨太の方針」に明記されたのだ。

●今後、想像できる流れは……

 これを受けて、23年11月から厚生労働省で「かかりつけ医機能が発揮される制度の施行に関する分科会」が開催。そもそも「かかりつけ医機能」とは何か、具体的には何をするのかという議論を重ねて、24年夏までに結果をまとめるというのだ。

 そんな中、以前から「かかりつけ医に相談してください」と呼びかけているサプリメントで、とんでもない健康被害が起きた。国民の機能性表示食品の服用・使用履歴の把握やアドバイスも「かかりつけ医機能」の中に含めるべきだ、という議論が盛り上がるのは容易に想像できよう。

 しかも、そのための「布陣」もバッチリだ。今、厚生労働省は紅麹問題の調査をしているが、そこを仕切る武見敬三大臣は、日本医師会の“お抱え議員”として知られている。

「父の太郎氏は『けんか太郎』との異名を取り、25年にわたり日医の会長として、医療行政ににらみを利かせてきた。本人は医師ではないものの医療界のサラブレッドという血筋から、日医の政治団体『日本医師連盟』の推薦候補として当選を重ねてきた」(『東京新聞』 23年9月1日

 そこに加えて、「機能性表示食品制度」を所管する消費者庁を仕切っている自見英子(じみはなこ)内閣府特命担当大臣も内科医で、日本医師会の推薦を受けている「組織内候補」だ。医師会の主張を通すのが、この人の主たるミッションなのだ。

●もしも、小林製薬の危機管理担当者だったら……

 このように機能性表示食品にとって「リスク」にしかならない環境が整っていく中で、ここからは小林製薬の危機管理担当者になったつもりで想像していただきたい。

 24年1月以降、全国各地の「かかりつけ医」などから、紅麹のサプリメントを摂取した患者に「健康被害」が確認されたとの報告が次々と入ってきた。多くの人は先ほどの「常識」と照らし合わせれば、きっとこんな風に危機感を抱くのではないか。

 「機能性表示食品制度をつぶしたくてしょうがない医療界に、次々と健康被害の情報が集まっている。これは対応を間違えると、制度そのものがひっくり返る問題になるぞ」

 もちろん、こういうものはセンスもあるので、どこまで危機感を抱くのかは人それぞれだろう。ただ、少なくとも「健康被害の報告がたくさん出てきたけれど、まだ原因も特定できないんだから公表も報告もしなくていいか」とはならないのではないか。

 しかし、小林製薬はそういう「悪手」を取った。一般消費者に健康被害が拡大している局面で、「原因究明よりも顧客の安全を優先する」という危機管理の鉄則を無視して、「社内論理」を優先した。結果、自社だけではなく「機能性表示食品制度」全体を“地獄への道連れ”にしてしまった。

 「結果」を厳しく判断させていただくと、小林製薬の社内には残念ながら、この問題がこれからどう発展していくのかと先読みをした「リスクシナリオ」を描ける人材、または「危機管理のプロ」がいなかったのではないかと思わざるを得ない。

●「機能性表示食品」を扱う企業はどうすれば

 と、いろいろ言わせていただいたが、もう後の祭りなので小林製薬はしょうがないとして、これから気を付けなければいけないのは、機能性表示食品を扱っている他の企業の皆さんだ。

 これまで述べたように、医療界は機能性表示食品の効果や安全性を否定的に見ているが、実はもう1つ、皆さんの業界に対して腹立たしいことがある。

 それは「右肩上がりで成長している」ことだ。

 22年11月28日社会保障審議会医療部会に提出された「かかりつけ医機能」という資料には、これから医療業界を待ち受ける厳しいトピックスが多く掲載されている。例えば、こんな感じだ。

「2025年以降、人材確保がますます課題となる」

「外来患者数は、既に減少局面にある医療圏が多い」

「在宅患者数は、多くの地域で今後増加する」

 このような困難が待ち構えている中で、診療報酬全体はマイナス改定が続いている。医療費を削減したい財務省厚生労働省の綱引きが続く中で、医療現場は「金も人材も使わず、質の高い医療を提供する」という“無理ゲー”をやらされてボロボロだ。

●大きな危機が到来する前に

 そんな中で「機能性表示食品市場が右肩上がりで急成長」なんて話を聞いたら、疲弊する医療従事者はどう感じるだろう。「薬でもないくせに、医療でもないくせに、こっちと違ってずいぶん景気がいいじゃないか」とイラっとする人もかなりいるのではないか。

 そして、その中には現行の機能性表示食品制度をあらためて、この手のサプリメント健康食品に対しても、医療界がしっかりと安全性をチェックして、医療従事者にもちゃんと恩恵があるようなシステムに変えていくべきだと考えるような人もいるのではないか。

 「バカバカしい、陰謀論だ」と鼻で笑う人も多いだろうが、実は先ほどの「かかりつけ医」の資料にもあるが、これからの日本は「2025年以降、『高齢者の急増』から『現役世代の急減』に局面が変化する」という大きな危機が到来する。

 高齢者の介護や医療を支えるはずの現役世代が加速度的に減っていくため、社会保障はパンクする。国がどんどん紙幣を刷れば良いというレベルの話ではなく、消費と納税をけん引する現役世代の総数が激減するため、医療マーケットも急速に縮んでいくのだ。

 しかし、日本に「移民」という選択肢はない。となると、縮みゆく市場はどうするか。国内のよその市場から奪うしかない。人口減少社会の本当に恐ろしいことは、同じ国民の中で限られたパイの奪い合いをしなくてはいけないことなのだ。

 消費者が減少しているこの国で、機能性表示食品のように右肩上がりで成長をしている市場は当然、「持たざる者」たちから狙われる。その時、紅麹問題のようなものは格好の「略奪の大義名分」になる。

 筆者の見立てでは、「機能性表示食品制度の見直し」は序章にすぎない。関連企業の皆さんはぜひ情報のアンテナを張って、来るべき「危機」に備えていただきたい。

(窪田順生)

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