万が一のとき、身近に頼れる人がいない老後のひとり暮らし。少しでも不安を払しょくするために、早めの終活が肝要です。本記事では、遺品整理プロの山村秀炯氏による著書『老後ひとり暮らしの壁 身近に頼る人がいない人のための解決策』(アスコム)から、3人の事例とともにひとり暮らしシニアの「家を手放す」という選択肢について解説します。

住み慣れた家を思い切って離れる

老人ホームへの移住で、趣味の物を手放した70代女性

久住さん(仮名)は70代後半のひとり暮らし女性です。娘さんが結婚して家を出てからご主人とふたり暮らしだったのですが、そのご主人も亡くなられて、ご家族で暮らしていた郊外の分譲マンションにひとりで住むことになりました。

老母のひとり暮らしを心配したのは娘さんです。「お金は私が出すから」。そう言って自宅近くの老人ホームへの入居をすすめ、久住さんもそれを受け入れることにしました。

久住さんの趣味はバルコニーでのガーデニングでした。部屋の中にも観葉植物の緑があふれていました。ところが、移り住む老人ホームでは個室のスペースが限られていて、それまでと同じようにガーデニングを楽しむことができません。しかも、それまでに育てた植物たちもすべては持っていくことができず、処分しなければなりませんでした。

そこで整理のために呼ばれた私が部屋を訪れると、すでに必要なものと不要なものはあらかた分けられていました。不要なものの中には、大切にしていたであろうガーデニングの道具も含まれています。

「これも捨てていいのですか?」

確認のために尋ねたときの答えが印象的でした。

「私、これからは都心に住むことになるでしょう。だから趣味をガーデニングから街の散策に変えることにしたの。老人ホームに閉じこもりになるのもつまらないから、アウトドア派に転向するのよ」

その言葉どおり、久住さんは毎日のように外出して、近所に住む娘さん夫婦や孫とも親しく交流されているそうです。

入院で家を処分した、子どもがいない80代女性

松島さん(仮名)は80代前半の女性です。数年前にご主人に先立たれて、広い戸建てでひとり暮らしをしていました。

生前のご主人が書道教室を、松島さんが華道教室を自宅で開いていたため、ひとりで住むにはその家は大きすぎます。それでも、庭で花を育てるのが趣味だった松島さんは、広すぎる庭付きの戸建てを維持してきたそうです。

しかし80代に入り、いろいろと無理が利かなくなってきました。そうして、ある日突然に倒れて入院することになったのです。入院してしまえばあとはお医者さんや看護師さんが面倒を見てくれるのですが、問題はその後です。

松島さんには子どもがいなかったので、入院中に家の面倒を見てくれる人がいませんでした。数か月後に退院した松島さんは、荒れてしまった庭を見て、もうひとり暮らしは無理だと決心して、家を処分することにしました。

現在、松島さんは病院が運営する老人ホームで暮らしています。さいわい、後遺症はほとんど残らなかったので、趣味としてお花を活けることと、たまの旅行を生きがいとして楽しく暮らしているそうです。

住み続けた家を60代で手放した、生活保護受給の男性

変わったところでは、こんな人もいました。生活保護で暮らしているという60代の独身男性、武藤さん(仮名)です。生活保護では一戸建てを持てないので、狭いワンルームへ引っ越すことになり、ほとんどの家財を処分してほしいという依頼でした。

慣れ親しんだ家を手放すというのは、喪失感や「都落ち」のような感覚があって、しょんぼりされる方が多いのですが、武藤さんには悲壮感がまったくなくて常に陽気でした。「好きにやってくれ」と持ち物に執着する様子もなく、生活保護のお金の中で十分に楽しんでいる様子が伝わってきました。

高齢者のひとり暮らしは、どこかで住み替えや施設への入居を考えるときがきます。そのきっかけの多くは、認知症などの健康問題か、お金の問題です。久住さんたちのように早めに自分で決断し、いままでの生活に固執するのではなく、すっぱりと新しいライフスタイルを選べるというのは素敵ですね。

山村 秀炯

株式会社GoodService

代表

※画像はイメージです/PIXTA