JR東海がコロナ禍以降進めている「推し旅」キャンペーン。『ラブライブ!サンシャイン!!』『ゆるキャン△』にはじまり、さまざまなIP(作品)とのコラボを推し進めている。旧来のビジネスの顧客以外も積極的に取り込もうとする、同社の転換を象徴する施策だ。

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 3月からは、愛知県蒲郡市にあるリゾート施設「ラグーナテンボス」で、カプコンとのコラボイベント「ストリートファイター6~俺より強いやつに会いに行く!~in ラグーナテンボス」を実施している。

 大きく3つの施策を展開していて、ラグーナテンボスの園内で期間限定のアトラクション施設「リアルバトルハブ in ラグナシア」で、最新作『ストリートファイター6スト6)』が遊べ、対戦もできるほか、『ストリートファイター2』『ファイナルファイト』など過去のカプコン格闘ゲームも遊べるようにした。

 このほか、園内でのコラボフードの提供、隣接する宿泊施設「変なホテル ラグーナテンボス」で「スト6」のコラボルームも展開している。いずれも5月6日(月)までの期間限定だ。

 JR東海カプコンラグーナテンボスという“異色”のコラボはどのように実現したのか。JR東海営業本部で「推し旅」を進める、福井一貴副長に狙いを聞いた。(河嶌太郎)

●コンテンツ企業と沿線をつなぐ「次の一手」

――JR東海はコロナ禍以降『ラブライブ!』をはじめさまざまな作品とのコラボを進めています。なぜ、今回「ストリートファイター」だったのでしょうか。

 実は「ストリートファイター」にフォーカス当てていたわけではありませんでした。もともとは、カプコンさんが23年に創業40周年を迎えられたので、このタイミングで「推し旅」とのコラボで何かできないかという相談からはじまりました。

 そこで生まれた観光プロジェクトが「CAPCOM TRIP TOKAI」で、2月から展開しています。現地企画の第1弾として、「THE CAPCOMミュージアム in 名古屋」を2月中に実施しました。これはカプコンのキャラクターが、東海地域のグルメ・文化・観光地を紹介するコラボイラストを展示したもので、「ストリートファイター」シリーズに限らず、『モンスターハンター』や『逆転裁判』といったカプコンを代表する作品のキャラクターによるものでした。

 これに続く現地企画の第2弾が、今回のラグーナテンボスの取り組みです。「ストリートファイター」シリーズはファンの年代や性別の幅が広く、家族連れで訪れる方が多いラグーナテンボスにも相性がよいということで、ストリートファイターに特化したイベントを始めました。

――今回の取り組みの狙いは。

 CAPCOM TRIP TOKAI全体の企画の狙いで言うと、今までの「推し旅」の取り組みは、男性ファンが多い作品や、逆に女性ファンが中心の作品といったように、特定のターゲットに寄せていたところがあります。

 そうなっていた理由としては、高単価な新幹線に乗っていただくには、顧客側にそれ相応の熱量がないと難しいだろうという考えがありました。そしてこれからプロジェクトをもっと大きくしていくのに、広く、世の中の多くの人に体験いただけるような旅を提案していきたい思いが正直ありましたので、カプコンさんと組ませていただいた形になります。

――「推し旅」のターゲットを広げていきたいわけですね。

 その通りです。「推し旅」はこれからもまだまだ展開していきますので、今回の「ストリートファイター」のイベントは、その挑戦の一つという位置付けです。また、ラグーナテンボスが積極的にコラボを進める施設だったこともあります。多くのIPと組める立地というのは、それなりの魅力があるはずです。

 われわれは特に東京の人たちに知られざる沿線の魅力を伝えていく使命があります。「ラグーナテンボス」だけでなく「ナガシマスパーランド」など、東京の人たちにはそれほどゆかりがない東海地域の魅力を発信していきたいと思います。

――「ラグーナテンボス」は、東海地方の方だと知名度はあるかもしれませんが、それ以外の地域だと知らない人も多いと思います。

 今の話を総じて言うと、われわれJR東海の「推し旅」を通じて、コンテンツホルダーの企業と、沿線の観光地などをマッチングさせるようなことができるんじゃないかと最近考えるようになっています。「推し旅」を通じてJR東海は何がしたいのかとよく聞かれるのですが、新幹線の会社が移動や旅などのキーワードを通じ、コンテンツ会社と、沿線の自治体や施設に一番愛称のいいIPをマッチングさせることだと考えています。CAPCOM TRIP TOKAIもこの代表となる一事例だと思っています。

――コンテンツホルダーの企業と、沿線の観光地などをマッチングするビジネスですか。以前のJR東海はそこまで言い切っていなかったと思います。

 今回が初めてです。そう言えるには、個人としても会社としても実績が必要です。『ラブライブ!サンシャイン!!』の例で言うと、もともと地元とIPに接点がある中で、われわれが関わりに行った形ですが、現在、愛知県豊橋市で展開している豊橋出身の作家が描くライトノベル負けヒロインが多すぎる』とのコラボでは、版元と地元豊橋と作品をつなげる展開ができていると思います。マッチングという言葉が正しいかどうか分かりませんが、JR東海・推し旅はこのエンタメ業界の中で、「つなげていく会社」という存在になりたいと考えています。

新幹線に乗るインセンティブ作り

――「推し旅」が本格的に始まって2年ぐらいになりますが、手応えとしてはいかがでしょうか。

 手応えというか実感はあります。実感というのは、推し活とかそういう「推し」みたいなものをキーワードに、ファンの方々に当社の沿線に足を運ぶイベントを作る。いわゆる着地型のイベントを作る。例えば、このラグーナテンボスもそうですが、一つスポットを作って新幹線で来ていただくという、そういった「推し旅」の企画をやっていける自信は持っています。

 一方で、「推し旅」の目的はお客さまに新幹線に乗っていただくところがキーワードになってくるので、「新幹線に乗る」ことのハードルの高さをどう解決するかという問題がまだあります。

 例えば、イベントで1万人が集まっても、新幹線で来てくれた人が実は500人しかいなかったということはよくあります。推し活をされる方々は若い方々が多く、推し以外の部分にはお金をかけたくない方も少なくありませんので、高単価な新幹線に乗ることはすごくハードルが高い実情があります。

――新幹線に乗るインセンティブは、どうすれば生み出せるのでしょうか。

 一つ今、実はカプコンとのコラボでも進めているのですが、新幹線の移動自体に価値を作る取り組みを始めました。「カプ旅クイズ100」というもので、これは走行中の東海道新幹線車内だけWeb上で遊べるゲームになっています。

――新幹線での移動に、まさに付加価値をつけたわけですね。

 ようやく新幹線の移動を楽しめるシステムが整ってきましたので、移動中にしか楽しめないコンテンツを拡充していきたいですね。「カプ旅クイズ100」では、クイズに正解していくとポイントが貯まるのですが、そのポイントがたまると抽選ができて、景品がもらえるものになっています。「ラグーナテンボスに来てください」というだけだと行くのをためらっていた人たちが、新幹線の移動クイズとセットになることで「じゃあ行ってみようか」と思っていただけるのではないかと期待しています。

――今まではこうしたコラボイベントでは、JR東海はスポンサー的な関わり方のものが多かったように思いますが、一事業者として主体的に生み出している感じがします。

 われわれもこれは事業だと思っています。一事業として、地域創生といった文脈にもしっかりとつなげていくことで、ラグーナテンボスにもメリットを感じてもらい、自治体側にもメリットを生み出せるマッチング会社としても、いろいろなことを打ち出していきたいですね。

――不動産とはまた違う特殊な商売ですよね。売上高の面では効果は出ているのでしょうか。

 われわれのKPIはどれだけこのイベントに来ていただいたか、そしてそれが新幹線の需要にどれだけ貢献したかになります。以前は100人のイベントだったものが千単位になり、万単位になるところまでできていると思っています。

――「推し旅」の参加者が新幹線に乗ったかどうかはどのように効果測定しているのでしょうか。

 実はお客さまにイベントに参加いただく時に、いろいろなアンケートを取っています。その中で、何の目的で参加したのか、新幹線に乗ったかという事項は全て設問に入れています。その数だけでも千や万に達しているので、手応えを感じています。

――「リアルバトルハブ in ラグナシア」では、カプコンのクリエイターの方も集まって、壁画も描きました。

 巨大なゲームセンターラグーナテンボスに誕生したと私は思っているのですが、私のような世代がかつてゲームセンターで体験していた、知らない人同士の対戦を見る楽しさみたいなものが共有できると思うんですよね。壁のアートにしても、われわれがお願いしたものではなく、カプコンさんのほうから提案があったものです。

 カプコンさんはどうすればファンが喜ぶかを一番良く理解しています。正直に言えばJRではこんな発想はできません。まさにこれがものづくりだと実感しました。

 こういった体験価値を、ゲームがそんなに得意じゃない人でも、できるだけ多くの皆さんにここに来て、まずゲームを触ってもらえれば本当にうれしいですね。コアなファンの方だけのイベントではなく、幅広い世代の方にも来てもらえればと思います。豊橋でも別のイベントを予定していますので、今後発表していきます。

JR東海営業本部で「推し旅」を進める福井一貴副長