ホンダが新型SUV「WR-V」を日本で発売した。タイで開発、インドで生産、販売する場所はインドと日本、ガソリンエンジンのみ、見た目の印象とは違って駆動方式は前輪駆動のみ(4輪駆動なし)、安いグレードは209.88万円台から買えるなど、気になるところが盛りだくさんのクルマだ。さっそく試乗してきた。

ホンダインド工場の実力は?

WR-Vはホンダの新しいSUVだ。車名は「Winsome Runabout Vehicle」の頭文字を取った。「楽しさ」や「快活さ」を備えたクルマという意味が込められている。

WR-Vはインドと日本で販売すべくタイで開発したクルマだ。生産工場はインドにあり、日本市場では輸入して販売する。インド向けが主力ということもあって、クルマにはインド市場で受ける要素が盛り込んである。

インドの人々は日本人より体格がよい傾向にあり、家族などの多人数乗車で長距離のクルマ移動をする機会がよくあるそうだ。そこでWR-Vは、室内の快適さを重視したクルマに仕上がっている。インドでのWR-Vはホンダの上級車種という位置づけだ。

インド生産のクルマと聞くと、やや不安を覚える人がいるかもしれない。クルマ先進国といえば欧米や日本などで、続いて韓国、そして電気自動車(EV)では中国の進出が目覚ましい。インド市場で高い人気を誇るのは日本のスズキだが、ホンダ1995年インド拠点を設立し、クルマを生産している。

ホンダは日本の自動車メーカーとして最初に海外での現地生産を始めた。1978年に米国オハイオ州に工場を建設し、1982年に生産を開始している。2000年にはタイに工場進出。中国にはクルマのみならず2輪車や汎用製品の生産拠点を構えている。

かつて、メルセデス・ベンツ南アフリカ製の新車を日本に導入した際、その品質を懸念する声が市場にあった。しかし、新しい生産工場であるほど先進の製造設備が導入されるので、当時は本社のあるドイツシュツットガルト工場より品質が高いとされた。いまや、世界の自動車メーカーは各地に工場を展開し、設備の新しい工場であるほど品質を高く保持できる傾向がある。

ホンダインド工場も、そうした見方のできる生産拠点のひとつといえるだろう。実際、WR-Vに試乗すると、仕上がりのよい1台であることが確認できた。
ヴェゼルと比べてWR-Vはどう?

WR-Vは209.88万円から買える身近なSUVだ。多人数乗車での快適性や荷物の積載性などを特徴とする実用本位のクルマといえる。

ほぼ同じ車体寸法のホンダヴェゼル」は価格帯が少し上で、見た目はスタイリッシュだ。ヴェゼルにはハイブリッド車とガソリンエンジン車の選択肢があるが、WR-Vはガソリンエンジン車のみで、なおかつ前輪駆動のみと機能を絞った設定になっている。

車体と同じ色のグリルで独特な顔つきのヴェゼル(純正アクセサリーでクロームメッキグリルを選べる)とは対照的に、WR-Vは黒いラジエターグリルを前面に押し出した顔つきで、角張った全体の姿とあわせ、ヴェゼルとは明らかに違う存在感がある。

車体寸法は全長がヴェゼルに比べ5mm短いが、車幅は同じ1,790mm。車高はWR-Vの方が70mm高い。全長がほぼ同じでも前後タイヤ間の距離=ホイールベースはWR-Vの方が40mmも長く、これによって広い室内空間を確保している。
SUVのよさを実感できるクルマ

対面したWR-Vは、まさに室内の広い実用重視のSUVという姿をしていた。角張った顔つきは押し出しが強いものの、メッキを多用していないので品がある。機能的な印象をもたらす好感度の高い外観だ。

運転席に座ると、目線の高さを実感する。同時に、前方の視界が開けていて安心感がある。ホンダは「フィット」以来、ダッシュボードの上面を平らに整えることで前方視界を確保し、かつ車幅感覚のつかみやすい、運転者に親切な運転席を展開している。それがWR-Vでも実感できる。なおかつ、角張った外観をうまく活用し、ボンネットフード両端を運転席からはっきり見ることができる造形としているので、いっそう車幅がわかりやすい。ここはインド市場からの要望だそうだ。

メーターやスイッチなど、情報確認や操作の仕方はいずれも簡素でわかりやすく、老若男女、また運転歴の長短を問わず、誰にも親しみやすいつくりになっている。実用本位という開発の狙いがすみずみまで行き渡っている。何の懸念もなく運転を始めることができた。

排気量1.5Lのガソリンエンジンはベルト式無段変速機(CVT)との組み合わせで、素直に発進し、そこからの加速も不足がない。通常の運転をしている範囲では騒音も大きくなく、快適に走る。都市高速の流入でアクセルペダルを深く踏み込み、強い加速をさせたときはエンジン音が耳に届くが、濁りのない快活なエンジン音で爽快だ。インドでは「ホンダサウンド!」と評判がいいとのこと。

乗り心地は硬くもなく柔らかすぎることもなく、市街地から高速道路まで快適だ。座席は体格のよいインドの人たちも満足できるよう十分な寸法がある。長距離移動の多いインドを意識し、クッションは厚みを感じられる豊かなつくりとなっている。長く座っていても心地いいシートだ。

後席はホイールベースの長さをいかし、足元に十分なゆとりを持たせている。後席もクッションに厚みがあり、背もたれの角度調整はできないが、長距離移動でも辛くならない姿勢を保つことができる。後席に座っていても車内騒音が大きくないので、運転者との会話に不自由しない。前席の背もたれは両肩部分が細く作ってあるため、後席からの前方視界も良好だ。

リアゲートを開けると底の深い荷室が現れる。ヴェゼルより車高が高いため、床の低さとあわせて荷物をたっぷり詰めそうだ。後席の背もたれは6:4分割で前方へ倒すことができ、乗車人数と荷物の積載量の調節もできる。

どこを取り上げても、SUVの実用性を存分に感じさせる。なおかつ、単なる多人数乗車や荷物の積載性という数字だけでなく、快適さや使いやすさといった感性に響く仕上がりだ。クルマの基本に忠実で、真摯なものづくりに取り組んだ開発者たちの思いが伝わる。

ヴェゼルのガソリンエンジン車と比べ約30万円安く手に入れられる。それでいて、必要な装備は満たされている。現状、売れ筋とされる真ん中のグレードはヴェゼルに近い価格となるが、WR-Vの魅力は、もっとも廉価な車種でも十分に感じられるのではないか。素のよさに喜びを感じさせてくれるのがWR-Vの魅力だと思う。

御堀直嗣 みほりなおつぐ 1955年東京都出身。玉川大学工学部機械工学科を卒業後、「FL500」「FJ1600」などのレース参戦を経て、モータージャーナリストに。自動車の技術面から社会との関わりまで、幅広く執筆している。電気自動車の普及を考える市民団体「日本EVクラブ」副代表を務める。著書に「スバル デザイン」「マツダスカイアクティブエンジンの開発」など。 この著者の記事一覧はこちら
(御堀直嗣)

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