「私は成功したオタクなんです」。愛読していた漫画の世界にクリエイターとしてかかわる夢が叶ったヨン・サンホ監督は、制作発表記者会見でうれしそうな表情を見せた。しかし彼以上に、日本の韓国ドラマファンの胸が高鳴っていたのではないだろうか。何しろヨン・サンホ監督が岩明均の人気コミック「寄生獣」を実写ドラマ「寄生獣 -ザ・グレイ-」としてリメイクしたのだ。

【写真を見る】衝撃…!顔が割れる寄生獣をVFXで細部まで表現した「寄生獣 -ザ・グレイ-」

とはいえ、自他共に認めるオタク気質の監督だからこそ、原作ファンが今回のドラマへどれほどシビアな眼差しを向けているか、痛いほど理解しているはずだ。現代韓国社会を撃つジャンルものの傑作を多く作り出してきた鬼才が、いかに原作に敬意を払いエッセンスを継承しながら、オリジナリティを表現したのか。会見後のインタビューでさらに語ってもらった。

※以降、ストーリーの核心に触れる記述を含みます。未見の方はご注意ください。

■ヨン・サンホ監督が語る漫画「寄生獣」の魅力とオリジナリティへの挑戦

ヨン・サンホ監督にとって、「寄生獣」は“漫画の教科書のような存在”だったという。 特に漫画に携わっている者にとってはバイブルそのものだった。

「周りの友人たちから、“『寄生獣』はマストで読むべき”と言われていました。原作はボディースナッチャー(日常的な存在が自分が知らない存在になる根源的な恐怖を描くジャンル)だと思いますが、『寄生獣』は他のどんな作品よりもジャンルの特性をよく生かしていて、かつアクションシーンと強いメッセージもある。他に類を見ない名作です」

ヨン・サンホ監督は、原作にも通底していた“共生”というメッセージを、ドラマでも重要視した。そのテーマがビジュアル化されているのが、「寄生獣 -ザ・グレイ-」の最大のオリジナリティと言える寄生のプロセスだ。原作漫画では、寄生生物は主人公・泉新一の右手に寄生し、新一から“ミギー”と呼ばれ行動を共にする。対してヨン・サンホ監督のドラマでは、チョン・ソニ演じる主人公スインの顔の右側に寄生生物が宿る。ク・ギョファン扮するチンピラのガンウと出会い、当初は彼によって“ハイド氏”と名付けられるが、「名前がおぞましい」と“ハイジ”の名に落ち着く。スインは全く異なるハイジという存在が顔半分に寄生しているため、その人格が覚醒しているときは目覚めることができない。

「スインとハイジ、異なる性格の二つの本体がいかにして一つの体に共存し、互いを理解することができるのかというのが、物語の主眼です。原作の『寄生獣』では、新一の右手にミギーが寄生しているので直接会話できます。一方本作では、異なる性格の両者が直接話せないことで、互いを理解していく過程がより劇的に描けるのではないかと考えたんです。まず頭に浮かんだのが、『ジキルハイド博士』のように二重人格にするというアイデアでした」

原作には、寄生生物の攻撃で重傷を負った新一の心臓をミギーが修復したため、ミギーは1日の中で一定期間眠るようになってしまうというエピソードがある。ヨン・サンホ監督はそこにヒントを得て、ハイジがスインの意識を支配できるのは1日のうち25分だけという設定にし、疎通のプロセスがより難しくなった。家族関係に恵まれなかったスインは、常に孤独感を募らせて生きている。そんな彼女が、人間とは全く相容れない異形な存在のハイジと相互理解を果たしていく。“あなたは一人ではない”という、多くのヒューマンドラマにおいて普遍的に描かれるメッセージが、人間と寄生生物という関係性に浮かび上がるのが鮮烈だ。

■少年漫画からスリリングな捜査劇へ。「ジャンルものでありながらシリアスなメッセージのドラマを作りたかった」

原作では、新一とミギーの漫才のような掛け合いがユーモラスな味わいも醸している。他方今回のドラマ版は、コミカルファクターのガンウが緊張をほどく役割を担ってはいるが、おおむねシリアスなトーンで展開していく。登場人物も、新一が高校生だったのに対しスインは29歳と、主人公の年齢も上がった。ここにも、ヨン・サンホ監督独自の視点がある。

「原作はボディスナッチャーというジャンルであると同時に少年漫画的でした。こうしたジャンルとメッセージ性を引き継ぎながらも、『寄生獣 -ザ・グレイ-』ならではの要素は何かと考えました。中心に据えたのが、シリアスな雰囲気のスリラーです。基本の枠組みとして、ダークな捜査劇のようなものにしたかったのです』と、製作発表記者会見で言及があったように「寄生獣 -ザ・グレイ-」は現代の韓国社会を反映し、より社会派スリラーのムードを持つようになった。

■邦画を代表するVFXの巨匠と分かち合った撮影の苦労

原作への惜しみない愛を語るヨン・サンホ監督は、実写化の先達への尊敬も忘れない。「寄生獣」は、山崎貴監督により『寄生獣』(14)として一度実写映画化されている。寄生生物に侵された人間が変異する様子をダイナミックなCGで表現した「寄生獣 -ザ・グレイ-」の視覚効果チームだが、監督版のBlu-rayに収録されたメイキングを参考にしたという。実はヨン・サンホ監督、山崎監督の作業現場を見学したことがあるそうだ。

「山崎監督の作品はCGが特に見事で、メイキングには漫画を実写化するうえでのCGのノウハウがたくさん詰まっていました。去年だったでしょうか、東宝スタジオに訪問した際にちょうど『ゴジラ-1.0』(23)のポストプロダクションとサウンド作業をしている山崎監督とお会いしたんです。かつて「寄生獣」の実写版を手がけた監督と、これからドラマを撮る者としてご挨拶をさせていただきました。お互いCGを多用する作業の苦労を話して『僕たちが撮った後に再会したら、本当に話すことが山ほどあるね!』と会話したのを覚えています」

■“ヨンニバース"を支える俳優陣に新加入!「スインは新しい見知らぬ魅力を持つ俳優に演じてほしかった」

独自のジャンル的な世界観を広げ続けているヨン・サンホ監督の作品は、“ヨンニバース"(ヨン・サンホ+ユニバース)”という異名で称される。こうした哲学を支えるためには、キャスティングも重要だ。ク・ギョファン、チョルミン刑事役のクォン・ヘヒョ、寄生生物特殊対策チーム長役のイ・ジョンヒョンとは、『新感染半島 ファイナル・ステージ』(20)、ウォンソク刑事を演じるキム・イングォンは『呪呪呪/死者をあやつるもの』(21)に続いての起用だ。

同じ俳優との再タッグが多い理由についてヨン・サンホ監督は「キャラクターを作る際、ある特定の人物や自分がよく知っている人物像に置き換えて描くことがあります。過去に撮影を共にした経験のある俳優の方々だと皆さんの強みがより明確に見えるので、その特徴を考えながら作り上げることが多いんです」と明かした。一方でスインに抜擢されたチョン・ソニは、初めてヨン・サンホ組に加わったニューフェイスだ。

「スインあるいはハイジについては、元々私が知っている俳優ではなく、新しい見知らぬ人物にお願いしたい気持ちがありました。オファーする以前、チョン・ソニさんのインディペンデント映画をとても楽しく拝見していて、ぜひ機会があればご一緒したいと思っていた気になる俳優さんでした。今回期待する気持ちを込めて、ご一緒させていただくことになったんです」

■「寄生獣 -ザ・グレイ-」で投げかけた根源的な問い“人間は誰かと共生できるのか?”

ヨン・サンホ作品に共通して描かれ続けてきたテーマに、“家族”がある。『新感染 ファイナル・エクスプレス』(16)では、大切な家族がゾンビというまがまがしいものに変わり果てる悲劇を描き、ドラマ「先山」は韓国の伝統的家族観をオカルティズムと融合させた。「寄生獣 -ザ・グレイ-」でも、ジュンギョンは家族が寄生生物に乗っ取られてしまうことで苦しみ、血のつながった家族から冷遇されていたスインは、逆にハイジとは家族にも似た奇妙な絆を結ぶ。原作から受け取った“共生”というテーマを深化させるとともに、こうした一貫した主題も盛り込まれている。ヨン・サンホ監督は「ストーリーを作る時、“共生”、そして人間が共存のために集まって一つの形を出す“組織”について考えたんです。確かに家族というのは、その形態の一つだと言えるかもしれませんね」と答えたのち、こう続ける。描こうとしたのは、家族や既存の組織の解体と、新たな共同体の模索だ。

「ドラマには様々な“組織”が登場しますよね。家族はもちろん、ガンウが属していた暴力団もその一つですし、警察や宗教団体などあらゆる“組織”が描かれます。ただ人間が作り上げたこうした集団は、作品ではポジティブな存在として描かれていません。スインの家族も、警察組織も宗教団体もそうです。善いものでは決してない“組織”というものに属さず、人間は一人で生きていくべきなのか?という問いが投げかけられます。でも、答えとしてはそんなことはないですよね。だとすれば、人間が共存する上でどんな形態があるべきなのか?どうすれば人間は連帯していくことができるのか?それを伝えたかったのです」

そして、ラストシーンに驚嘆した視聴者も多いだろう。ルポライターを名乗る「泉新一」という男を演じているのが、邦画界をリードする若手スター、菅田将暉なのだ。

「新一が登場してドラマが終わる…というのが、私にとってとても重要でした。「寄生獣 -ザ・グレイ-」は原作のリメイクでありつつも、同じ世界観を共有する拡張したストーリーだということを、ラストのワンシーンで視聴者に直感的に感じ取ってもらえるのではないでしょうか。以前、菅田将暉さんの『あゝ、荒野 前篇/後篇』(17)を観たとき、少年のような顔と真剣な眼差しに惹かれました。この大事なキャラクターを誰にお願いするかと考えていたとき、あの顔と眼差しが泉新一にとても似通っていると思ったんです」。

果たして、新一とスイン/ハイジの遭遇はあるのだろうか?「寄生獣 -ザ・グレイ-」の未知なる展開に、否が応でも期待感が高まるというものだろう。

取材・文/荒井 南

見事に原作を踏襲した寄生生物の衝撃的ビジュアル