2014年からtoCスタートアップによるプレゼンイベント「sprout(スプラウト)」が開催されているが、今回はスピンオフ企画として、建築系学生によるプレゼンイベント「sprout student edition」を行うと聞いた。当初は、学生が建築関係のアイデアをプレゼンする場だと思っていたが、よく調べると単なるアイデアレベルではないようなのだ。プレゼン現場に行って、実際に聞いてみた。

7チームが10枚のスライドを200秒でプレゼン

sproutでは、10枚のスライドを20秒ずつ流す形でプレゼンする、という独特の手法をとっている。強制的に切り替わるので、スライドが次に移ってしまったり、説明するスライドが出るのを待ったりといったことも起こるが、200秒で終わるというのがルールだ。それぞれのプレゼン後には、登壇者のテーマ領域に精通する起業家やスタートアップに関わりが深いプロのゲストコメンテーターの感想も聞ける。

今回のゲストコメンテーターは、清水義次さん(株式会社アフタヌーンソサエティ 代表取締役)、冨田阿里さん(株式会社スマートラウンド 取締役チーフエバンジェリスト)、國枝伸行さん(東急株式会社 フューチャー・デザイン・ラボ)の3人。

ではまず、学生7チームのプレゼン内容を登壇順に、簡単に紹介しよう。

1番手は、生成AIを用いた、地域性をもとにしたボトムアップデザインの探求を行うプロジェクトチーム「NESS」だ。実際に地域芸術祭が開かれた墨田区京島(戦火を免れた長屋が多く残る下町)で生成した画像を展示したり、再開発が推進されている赤羽地区で高齢者も巻き込んだワークショップを行うなど、すでに実証実験を実施している。また、ワークショップツールからプラットフォームへ展開し、意思データを介して行政と住民の合意形成の一助を作るという構想も持っている。

プレゼン後は、東急の國枝さんが「ワークショップでは、人の意見に対して意見しづらいなど本音がつかみにくいところがあるが、AIを使うことで本音を引き出しやすくなるだろう」とコメントするなど、3人それぞれが感想を述べた。

登壇者:早稲田大学創造理工学部建築学科中谷研究室 B4 森原正希さん、東京大学大学院工学系研究科建築学専攻 M2 須藤望さん
登壇者:早稲田大学創造理工学部建築学科中谷研究室 B4 森原正希さん、東京大学大学院工学系研究科建築学専攻 M2 須藤望さん

2番手は、「Withvac」。センシング(センサーと呼ばれる検知器によって測定の対象を計測し、定量的な情報を取得する技術)によって得られる設備の運転データをAIを用いて高度に解析することで、設備の不具合や非効率な運転を自動で検知し、設備のメンテナンスを効率化・高度化するためのプロジェクト。将来的には運用段階における建築物のあらゆるデータを、ビル単体ではなく周辺を含めて統合的に扱うプラットフォームをつくり、データ連携によって環境問題にアプローチしたいと考えている。

登壇者:東京大学工学部建築学科4年 宮田龍弥さん、東京大学工学部建築学科3年 藤間朋久さん
登壇者:東京大学工学部建築学科4年 宮田龍弥さん、東京大学工学部建築学科3年 藤間朋久さん

3番手は、「COLUB」。読書会を開こうと思ったときの最大のハードルが「始まらないこと」と「続かないこと」といった事例から、事前準備のいらない独自の読書会スタイルや簡単にテーマ選定・日程調整ができる「ともに学ぶためのツール」を提供して、すでに70回以上の勉強会を開催している。このツールをさらに、自身の大学の建築系学生や芸大建築系の学生、ゼネコンやシェアオフィスコミュニティなどにも広げることで、都市に集うツールにしたいと考えている。

登壇者:東京大学大学院 新領域創成科学研究科 社会文化環境学専攻 M1 山路湧さん
登壇者:東京大学大学院 新領域創成科学研究科 社会文化環境学専攻 M1 山路湧さん

4番手は、「ReLink」。Re(リユース)×Link(つなぐ)のことで、解体されて残せない建物に、リユースデザインを提供しようというもの。すでに存在する中古建材販売市場のストック情報とデザインアイデアのデータベースを提供することで、中古建材を見つけやすくしたり中古建材の残し方を探しやすくしたりでき、これまで捨てられていた部材と空間デザインのバリューチェーン・サプライチェーン構築をするという考えだ。

登壇者:明治大学大学院理工学研究科建築・都市学専攻構法計画研究室 D1 本多栄亮さん
登壇者:明治大学大学院理工学研究科建築・都市学専攻構法計画研究室 D1 本多栄亮さん

5番手は、「stitch」。テーマは家具のリメイク。アンティークやブランド家具だけでなく、身近な家具もリメイクする手法を確立することで、どんな家具でもリメイクを楽しめる出会いのある家具ブランドへとつなげていきたいと考えている。

登壇者:多摩美術大学大学院美術研究科 デザイン専攻環境デザイン領域 松澤穣研究室 M1 森田靖之さん
登壇者:多摩美術大学大学院美術研究科 デザイン専攻環境デザイン領域 松澤穣研究室 M1 森田靖之さん

6番手は、「Pochant」。大量生産されてきた無個性の箱型建築は、予定調和な空間になってしまっていることから、室内空間に波風を立てる存在を置いて空間を流動的にしたいと考えた。いろいろな素材の流動物を自室に置いて実験し、不織布をPochantとして箱型空間に置くことで生活がどう変わるかを検証している。

登壇者:東京藝術大学美術学部建築科学部 B4 馬場 悠輔さん
登壇者:東京藝術大学美術学部建築科学部 B4 馬場 悠輔さん

7番手は、「おちば」。寄席の画一的な空間ではなく、落語の演目から高座、木戸、屏風といった舞台空間をデザインし、噺(はなし)の世界観に没入してしまうようなアーティステックな落語会を実現しようとしている。今年のGWに落語「愛宕山」で実施する予定。おちばは、街なかに落ち葉がひらりと舞い落ちるようにして都市に生まれる“落ち”の“場”なのだとか。

登壇者:東京大学大学院 新領域創成科学研究科 社会文化環境学専攻 M1 中山亘さん
登壇者:東京大学大学院 新領域創成科学研究科 社会文化環境学専攻 M1 中山亘さん

以上が、7チームのプレゼンだ。200秒なので、とにかく展開が速く、文系脳の筆者には苦手なAIの話ではついていくのが難しかった……。とりあえず、筆者が理解できた範囲なので、不正確かもしれない点を了解いただきたい。

優勝者はオーディエンスの投票で決定!

sprout」の特徴は、プレゼンの優勝者をイベントに参加したオーディエンスの投票で決めること。投票フォームを見たら、それぞれのプレゼンを5点満点で評価していく形式で、多く得点したチームが優勝ということのようだ。

QRコードで投票をする。ゲストコメンテーターの3人もそれぞれスマホで投票した
QRコードで投票をする。ゲストコメンテーターの3人もそれぞれスマホで投票した

まず、イベントを共催する一般社団法人HEAD研究会賞が紹介され、「Pochant」の馬場さんが射止めた。そして、優勝者は、「NESS」の森原さん・須藤さんに決定。前回のスタートアップの優勝者(LIFULL ArchiTech 北川啓介さん)からトロフィーが贈呈された。

優勝したNESSの2人にトロフィーが贈呈された
優勝したNESSの2人にトロフィーが贈呈された

ゲストコメンテーターの國枝さんは、各プレゼンの感想の際に何度も、東急でできないか、東急沿線でやらないかと話していたので、閉会後にイベントの感想を聞いた。まず、レベルの高さに驚いたという。「マネタイズはこれからだと思うが、自分たちの情熱から純粋に提案しているのが社会人にはない強みだと感じる。使う側の目線に立っていけば、さらに発展すると思う」ということだった。

レベルが高いのは、インキュベーション・プログラムを経た7チームだから

プレゼンのレベルが高いのには、実は理由がある。登壇者は、一般社団法人ASIBAの第1期プログラムの卒業生で、2カ月間の都市建築領域に特化したインキュベーション・プログラムを経た7チームだからだ。

では、「ASIBA」(Architecture Studio for Impact Based Action)とはなにものか、代表理事 二瓶雄太さん(東京大学大学院 工学系研究科 建築学専攻修士課程)に聞いた。

一般社団法人ASIBA 代表理事 二瓶雄太さん
一般社団法人ASIBA 代表理事 二瓶雄太さん

二瓶さんは建築の中でも解体の研究をしていたが、解体がテーマとなると扱わなければならない領域は広く、社会に出ていく必要があると感じていた。そんなとき、同じテーマを研究していた早稲田大学の森原さん(NESSの登壇者の一人)と知り合った。建築系学生が思い描く提案を、提案に留まらずに社会に実装するには仲間と環境が必要で、ないなら自分たちでやったらよいとASIBAを立ち上げた。幸いなことに、まだ実績もない中で、清水建設や日建設計といった日本の建築界のビッグ企業がリターンを求めずに応援してくれた。

参加者と伴走しながらそれぞれの提案を実装する力を育てる、ASIBAのインキュベーション・プログラムでは、毎週課題を設けて展開していく。そこにはゲストとして、東京R不動産のディレクターを務める林厚見さんほか、パートナー企業から第一線で活躍する人や東京大学の准教授などが、レクチャーや学生のプレゼンの講評を行っている。それを受けて学生たちは仮説検証を重ねて、最後に最終講評会を行った。と、ここまでやったチームによるプレゼンなので、レベルが高いわけだ。

学生たちのホンキ度もかなりのものだ。閉会後に優勝したNESSの須藤さんに話を聞いた際に、このプロジェクトをライフワークとして取り組んでいきたいと話していた。学生なので、プロジェクトは将来へのステップとしてとらえているのかと思ったのだが、強い信念で始めてなんとかビジネスにつなげたいと考えていることが伝わってきた。NESSが優勝したが、最終講評会から2カ月たって、他のチームがさらにブラッシュアップしているとも言っていた。

ReLinkの本多さんも、震災で壊れた住宅をなんとか一部でも残せないか、解体が決まったが看板だけでも残せないかといった相談が、人づてに来ているという。すでに構想や提案なのではなく、実社会とつながっているようだ。

こうした経緯から、今回の建築系学生によるプレゼンイベント「sprout~プレイスティック student edition~」は、スタートアップを支援し「sprout」を運営するバ・アンド・コー株式会社と、HEAD研究会、ASIBAの3者が共催となっている。プレゼンを聞いた筆者は、学生の情熱に大いに元気をもらった気がする。建築業界の未来が、なんだか楽しみになってきた。

※掲載写真はすべて筆者が撮影したものです。


(山本 久美子)
(写真撮影/筆者)