タイでは日本車ディーラーから中国車韓国車のブランドへくら替えをする現地ディーラーが続出しているらしい。それを「日本車メーカーの危機」と報道する記事も見かける。だが、そもそも日本車が圧倒的なシェア(およそ9割)を握る状態であったから、これまでがいささか異常だった、という見方もできる。

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 これまで安泰だった状態が崩されていきそうなので危機感を訴えている、というのも分からないではないが、時が流れれば変化は起きる。中国、韓国のBEV(バッテリー電気自動車)が高級感と性能を兼ね備えてくると、興味が湧くアーリーアダプターが出現するものだ。

 そのため、しばらくはタイの自動車市場で、日本車のシェアは中韓BEVに奪われていくだろう。しかしそれは一部、それも一時的にとどまるに過ぎないと思われる。その根拠をこれから説明しよう。

ポルシェですらBEVのバッテリーにはリスクがある

 ポルシェといえばドイツの高性能スポーツカーメーカー、いや、今やプレミアムブランドとしてSUVまでも生産する高級自動車メーカーである。

 そのポルシェのBEVが2022年、海上輸送の最中に火災事故を起こし車両運搬船を沈没させた。現在、海運会社である商船三井と裁判中である。

 かつてポルシェバッテリーセルのシーリング不良でリコールを起こしたことがあり、あの船舶火災事故も同様の原因である可能性が高い。

 ポルシェを含めたフォルクスワーゲン(VW)グループのBEVに採用されているのは、現在はドイツ製のリチウムイオンバッテリーだが、当初は韓国のLG製も使われていた。このLG製のバッテリーゼネラル・モーターズ(GM)や現代自動車も採用しており、これまでに起こった火災事故の発火原因である可能性が高いと報告されている。

 VWグループは結局、バッテリーの品質を高めなければBEVを安心して買ってもらうことができず、自社工場を続々と建設してきたが、その間に中国から安いBEVがどんどん持ち込まれて、BEVの販売が落ち込んでいる。

 さらにドイツではBEVに対する補助金が1年前倒しで打ち切られるなど、踏んだり蹴ったりの状況といえそうだ。

 現在のところ、BEVの船舶輸送に関しては制限が課せられるところも増えてきた。これを解決しない限り、BEVの販売台数を大幅に増やすことは物理的にも難しくなっている。

 中国の一帯一路構想が不発に終わりそうであるから、海上輸送は中国から欧州にBEVを輸送する手段としても欠かせない。今後はどうやって欧州へBEVを運ぶのかも課題になってきそうだ。

 一方で日本メーカーのBEVに関しては、こうした火災事故はほとんど聞いたことがない。これは中国の情報統制の影響や海運会社の違いなどはほとんど関係なく、単純にバッテリーの品質によるところが大きい。

 エネルギー密度の高いリチウムイオンバッテリーは生産工程での品質管理が信頼性を大きく左右する。日本の電動車はすべて高品質なバッテリーだけを搭載してきたから、発火事故などはほとんど起きなかったのだ。

●日本車メーカーは「慎重すぎる」という見方もあるが……

 BEVはこれからも確実に普及が進むモビリティである。しかしほとんどの自動車ユーザーに対して利便性が低いということ、安全性を確保したメーカーが十分ではないという点を考えると、本格普及は時期尚早なクルマだとも言える。

 タイの自動車市場はまだまだ成長分野であるから、積極的に投資を行い、勝負に出る経営者も多いだろう。そして、富裕層の中には目新しさや見た目の高級感、充実した装備、割安な価格などで中国製韓国製のBEVを選ぶケースも出てくる。

 これを日本車メーカーが出遅れている、慎重すぎると見る向きもある。確かに日本の自動車メーカーの姿勢は慎重に見えるかもしれない。それは中韓メーカーがチャレンジャーであるから当然のことでもあるし、日本車メーカーが成功してきたのは慎重であるからなのだ。

 しかし後発メーカーだから、発火事故などのリスクを踏まえても新興国市場にEVを積極投入するというのではない。そもそもリスク管理、品質管理の意識が日本より低いから、販売するハードルが低いのも理由なのである。

 したがって1年、2年と市場を見ていけば、必ず潮目が変わるタイミングが訪れるはずだ。なぜなら、最初に飛びついたユーザーの評価が現れて、本当の実力があらわになる。

 カタログデータやちょっと試乗したくらいの印象では分からない、信頼性や使い勝手、耐久性などが分かれば、SNSなどで評価があっという間に広がるものだ。もし品質が低ければ、BEVは命に関わる機械だけに「安物買いの銭失い」どころか命まで失うことにもなりかねない。

 一般のユーザーにとって、クルマは10年も20年も乗り続けるものではなく、新興国でも富裕層なら2、3年で買い替え、あるいは増車するだろう。その時に再び選んでもらえるブランドであるかが重要なのだ。

 中国では渋滞による大気汚染対策にBEV以外の車両の走行を曜日によって規制している地域もある。そうした規制を回避するためにセカンドカーとしてBEVを利用している富裕層が多いようで、遠出する時にはガソリン車やハイブリッド車を利用する。

 そうした方法なら不便は少なく、故障やトラブルなどがあっても、ある程度は許容できるかもしれない。しかしBEVだけで全ての移動を済ませようとするユーザーは、数年乗っている間に何度も不具合が出たり、下取り価格が恐ろしく低下したりすれば、それだけで懲りてしまうはずだ。

●「日本式」を欧州の技術コンサルも評価

 日本のやり方の正しさは欧州のエンジニアリング会社も予測していた。

 23年暮れに早稲田大学で開催されたシンポジウムを拝聴した。それはオーストリアのエンジニアリング・コンサル企業AVLと早稲田大学の合同によるシンポジウムで、テーマは「自動車用パワートレイン開発プロセス及び開発手法」。ちなみにAVLは世界中のほとんどの自動車メーカーに技術提供やアドバイスを行っており、F1マシンからBEVまでほとんどのクルマに関する技術を有している。

 シンポジウムでは、主要各国のカーボンニュートラル目標から現状の内燃機とEVの種類、さらに低炭素である自動車生産の手段など、段階的にクルマの電動化やカーボンニュートラルに対する解説が進められていった。

 その後BEVのシェアの推移や現状の課題、AVLが持つ課題解決の技術、今後の目標など、現時点での状況を解説していった。

 そしてすでに中国でも23年10月には前年同期と比べBEVの販売が減少し、PHEVプラグインハイブリッド車)が増えているという。そうしたデータを踏まえて、世界各国での電動車や水素利用によるカーボンニュートラルへの取り組みに対しても、日本だけがデータや理論に裏打ちされた戦略が出来ていると評価していた。

 驚いたのは、そのデータの妥当性もさることながら、トヨタが提唱しているHEV(ハイブリッド車)主力の電動化戦略を高く評価していることだった。2050年までのクルマのCO2排出低減へのシナリオ予測でも、欧州に対して日本の方が数値は良好であった。

 「日本はうまくやっている」とまで評価してくれた登壇者もいたほどだ。この内容を欧州や中国で語ったら、どういう反応を示すだろうか。そう思わせるほど、日本の自動車メーカーの姿勢を評価してくれたのだ。

●着実に歩む日本車メーカーに期待

 すでにBEVブームが終焉(しゅうえん)したとか、日本のやり方が正しかったとか、トヨタの全方位戦略に間違いはなかったと、もろ手を挙げて称賛する報道を見かける。そんな報道には今更感を感じるのは筆者だけではないはずだ。

 ただ、そもそも全方位は当たり外れがないので、正しいと言えるものではない。開発には膨大なリソースが必要であり、トヨタほどの規模があってこそ可能な方法であることは確認しておきたい。

 それでもトヨタだけが日本の自動車メーカーではないし、日本の自動車メーカー以外も懸命に頑張っているのが現状である。エンジニアと経営陣の姿勢は必ずしも一致しないけれども、世界中のエンジニアは知恵を振り絞り汗を流している。

 日本企業しか情報が届かず、海外メーカーの詳細な状況まで把握できないが、どこも現場のエンジニアはその仕事に全力で挑んでいることは間違いないのだ。

 日本車メーカーに視線を戻すと、日産とホンダの提携は衝撃的であり、今後の展開が面白くなった。ホンダまでトヨタグループに入ってしまうのは面白みがない(外野が好き勝手言うなと言われそうだ)のでこの提携はアリだと思ったが、「敵の敵は味方」という論理での提携がうまくいくのか、期待を持って見守っていきたい。

 マツダスバルは、パナソニックの電池子会社パナソニックエナジーとEV用円筒型リチウムイオン電池の今後の供給に関して契約を結び、確保する姿勢をみせている。

 三井物産は米国の資源会社アトラスリチウムコーポレーションに出資し、今後5年間でBEV100万台分のリチウムを確保した。三菱商事もカナダフロンティアリチウムが設立する新会社に出資し、2027年から工業用リチウムの生産を始め、30年にはEV用リチウムを生産する計画だ。バッテリー素材の確保はエネルギー安全保障の観点からも重要な要素なのだ。

 まだクルマの電動化は序盤を越えたばかりといった状況だ。日本の自動車メーカーは慎重ではあるが、確実に環境性能と安全性を高めたクルマを提供し続ける。

 タイの自動車市場でも、再び日本車メーカーが席巻するのか、欧州メーカーや中韓メーカーのBEVが急速に信頼性や品質を高めていくのか。今後も、静かだが激しい販売競争が繰り広げられる新興国市場を見ていきたい。

(高根英幸)

日本車が再び選ばれるようになる、これだけの理由