従来のイヤフォやヘッドフォンは、音質もさることながらその遮音性もまた重視されてきた。音楽に集中できるということももちろんだが、電車内などでも快適にリスニングできるという機能性から、ノイズキャンセリング機能搭載のイヤフォンヘッドフォンはいまだ人気が高い。

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 その一方で耳を塞がない系、いわゆるながら聴きイヤホンの人気も高まっている。BCNランキング「ヘッドホン・イヤホン」部門の3月18日~24日のデータによれば、30位までの間に米Bose 「Ultra Open Earbuds」、ambie「sound earcuffs」、米Shokz「OpenRun」といった製品がランクインしており、特に2月発売のBose 「Ultra Open Earbuds」は、4万円近い価格にも関わらず、3週連続でトップ10入りを果たすなど、上々の滑り出しを記録している。

 こうしたながら聴きタイプは、音楽を聴きながら周りの音にも注意が払えるという実用性が注目されており、その黎明期には知る人ぞ知るという製品が多かったが、現在は大手メーカーも参入し、一定の認知度、いわゆるキャズムは超えたところまで来たようだ。まだブームとなってそれほどの年数は経っていないので、今のうちにこのながら聴きタイプの変遷をまとめておこうと思う。

●コロナ前の動向

 ながら聴きタイプのイヤフォンは、大きく分けると骨伝導系とダイナミックドライバ系に分けられる。シェアとしては一時期骨伝導の能力が上がった事で製品が一気に増えたが、現在は半々ぐらいではないだろうか。

 骨伝導という現象の発見自体は結構古く、ベートーベンの時代に遡る。近年振動子を使った電器製品として注目されたのは、補聴器としてである。オーディオ製品として活用された例で筆者が知っている一番古いものは、2004年に発売された東芝のプライベート音枕「RLX-P1」である。

 これは枕の中に骨伝導振動子が内蔵された製品で、寝ながら音楽が楽しめる機器として登場した。ただ頭蓋骨はかなり厚みがあるうえに、髪の毛でカバーされているので、なかなかうまく聞こえなかったと記憶している。それ以降、骨伝導を音楽再生に使う製品はしばらく途絶えることになる。

 耳を塞がないことをウリにした製品の登場はコロナ禍以降という印象を持っている人も多いかもしれないが、現在の流れに連なる製品はその数年前から登場していた。

 Ambieの最初の製品である「ambie sound earcuffs」は、2017年に登場したワイヤードのイヤカフ型イヤフォンであった。イヤフォン用小型ドライバーを音導管を使って耳穴のそばまで持ってくるというアプローチで、低音はほとんど出ないが、非常に開放感の高い音像を提供する。

 ambieはもともとソニーオーディオ関連製品を手掛けるソニービデオ&サウンドプロダクツ(ソニーV&S)と、ベンチャーキャピタルのWiLが共同出資で設立した会社である。ソニーでは2007年に、耳の近くでスピーカーを鳴らす「PFR-V1」と言う製品があり、耳を塞がないことによるメリットに早くから注目していた。ただ市場が上手く作れず、ソニー本体でなかなかやれないという事情があったようだ。

 一方骨伝導はというと、2016年にShokz「TREKZ TITANIUM」が登場しているが、日本ではほとんど話題になっていない。日本で認知されるようになったのは、フォーカルポイントが代理店として大きくプロモーションした2017年の「TREKZ AIR」からだろう。

 Shokzの骨伝導製品は主にスポーツ用に設計されており、ジョギング中に周囲の音が聞こえないと危ないという、都市型のジョガーをターゲットにしていたようだ。ただ独自開発の振動子が優秀で、低音が鳴らないという骨伝導のイメージを徐々に払拭していったのが、この頃であった。

 2018年には、ソニーモバイルからXperia Ear Duoこと「XEA20」が登場した。こちらもambieと考え方は近く、耳の後ろにあるドライバを音導管を使って耳のそばのリングから聴かせるという製品だ。

 ただソニーモバイルからリリースされたことで、一般的なイヤホンというより、スマートフォンアクセサリという文脈で受け止められた。実際Xperiaと連携して1日のスケジュールをサポートする音声アシスタント機能がウリであり、ソニーとしてはどうしても耳を塞がないことの意味を見出したかったというのが伺える。

●コロナ禍から2022年まで

 世界中の人が大きな影響を受けた新型コロナウイルスの蔓延は、日本では2020年以降大きく社会の在り方を変えていった。それ以前から政府では働き方改革を推進してきたが、ある意味コロナ禍によって強制リセットが行なわれ、通勤せず家庭内からリモートで仕事をするという働き方が爆誕した。

 ここで注目されたのが、リモート会議用のコミュニケーションツールである。Webカメラが市場から在庫が払底するなどの珍現象を生んだが、同時に音声モニター用のイヤホンやマイクはどうするんだという問題に直面した人も多かった。

 2020年10月に登場したShokzの「OpenComm」は、同社得意の骨伝導製品にブームマイクを搭載した製品だ。クラウドファンディングで目標額の50万円に対して8257万円の支援を集めたのだから、大成功と言っていいだろう。

 家庭内で仕事をすれば、仕事と家庭内の家事がミックスされる。リモート会議の会話が聞こえる事はもちろんだが、子供が泣いた、宅配便が来たといった家庭内の状況も聞き取る必要があった。ここに、耳を塞がない骨伝導がすっぽりハマったわけである。ソニーが苦労して見出そうとした意味が、コロナ禍によって用意されたわけである。

 年が明けた2021年1月~2月、音声SNS「Clubhouse」の突然の大流行により、多くの人が音声通話能力が高いイヤホンを求め始めた。Clubhouse自体は1カ月程度のブームで沈静化したが、多くの人が音声コンテンツに目覚め、仕事や家事をしながらの「ながら聴き」の下地ができた。

 2022年は、ながら聴きイヤホンの当たり年だった。コロナ禍が始まった2020年から商品企画をスタートし、開発、設計、製造まで2年かかると考えれば、だいたい2022年に製品が並ぶ事になる。

 ソニー「LinkBuds」は耳穴に入れるインイヤー型ながら、通常は塞ぐはずのボイスコイル部分のキャップを無くしてドーナツ型にするという新ドライバで登場した。構造が特殊なので、音量が稼げないというデメリットはあったが、音質的には低域をEQで補正すれば、まずまずのサウンドだった。

 耳を塞がない意味をずっと追求してきたソニーでは、「LinkBuds」向けに特定の場所に行くとツアー音声が聞こえるという、「Locatone」というサービスを開発した。

 またマイクロソフトにスマートフォンのGPS情報と連動して、周囲にあるランドマークの情報を音声で読み上げるという「Soundscape」というプロジェクトがあり、これとも連携した。ただこのプロジェクトは翌年開発が終了し、オープンソースとなった、それとともに、LinkBudsとの連携も終了してしまった。

 LinkBudsのドーナツ型ドライバは難易度の高い期待の新技術だったが、そのわずか4カ月後には普通のカナル型ノイキャン構造の外音取り込み機能を使った「LinkBuds S」を製品化したことから、消費者は混乱した。外音が聞こえれば同じ事かもしれないが、耳を塞がないってそういう意味じゃないだろうというツッコミがネット上で相次いだ。

 すでに世の中は、イヤホンを長時間装着する前提ならカナル型はキツいというのが、一般の感覚になっていた。つまりながら聴きは、これまでにない開放的装着感とセットになっていたのだ。LinkBuds Sも時間をかけて仕込んできた製品なのだろうが、耳を塞がないメリットや意味が、世間のニーズとズレてしまっていた。

 その間にある種のゲームチェンジャーとなったのが、2022年3月発売のShokz「OpenRun Pro」だった。Runの名前の通りスポーツ向けモデルだが、骨伝導でありながら空気振動も併用するとこで、低音特性を大幅に改善した。耳を塞がない製品で、もう低音を諦めなくてもいいんだという流れを作った製品として画期的であった。

 この年がながら聴きの当たり年だった理由は、骨伝導ではなく、ダイナミックドライバを耳元で鳴らすという方法論が確立したからである。ビクター「HA-NP35T」、中国Dancing Technologyの「Oladance ウエアラブルステレオ」、NTTソノリティ「nwm」など、多くのメーカーがこの分野に参入した。

 中でも特筆しておくべきは、aiwaの「Butterfly Audio」である。直径10cmのダイナミックドライバを、ネックバンドから立ち上げて耳のそばで鳴らすというものだ。元々はテレビ関連商品として開発されたもので、どちらかと言えば以前流行したネックバンド型テレビスピーカーに近い。ただその低音と独特の音場感は、力づくとはいえ、他に類を見ないサウンドであった。

●低域特性が大幅に改善した2023年

 2023年に入ると多少製品は落ち着きを見せるが、Shokz「OpenFit」は、これまで骨伝導ドライバのネックバンド式製品しか作ってこなかったShokzが、初めてイヤーフック型のダイナミックドライバで製品化してきたものだった。

 耳のそばでダイナミックドライバを鳴らすという方式のイヤホンはすでに前年に多数登場したが、どれも低域の不足が課題であった。音の大きさは音声波の振幅の大きさで決まるが、人間の耳は低域の特性が低いので、低域を持ち上げないとバランスよく聞こえない。カナル型などは耳の中に音導管をつっこむ形で低域を届かせるわけだが、距離が離れてしまうと直進性の低い低音から減衰してしまう。

 OpenFitはこの欠点を、逆位相を利用して外部の音漏れを抑制することで、相対的に耳穴方向への音圧を上げるという方法で解決した。もちろんドライバ自体も音圧が稼げる特殊構造のものを搭載している。

 逆位相を使って音漏れを抑制するという考え方は、2022年のNTTソノリティが「nwm MWE001」というイヤホンで大々的にアピールしたのが最初となる。ただこれも例に漏れず、低域の量感に課題があった。

 2023年も後半になると、各社から出されるながら聴き系はほぼダイナミックドライバ型となり、8月の「Oladance OWS Pro」 、10月のJBLJBL SOUNDGEAR SENSE」、11月の中国Anker「Soundcore AeroFit Pro」あたりになると、もう低域が不足する感はなくなった。

 むしろこれ以降は、小型化やフィット感といったところが勝負になる。その点ではOladance OWS Proの美しいカーブを描くデザインは、ウエアラブルデバイスとしての新しい方向を示しているように思われる。

 今年に入っての注目製品としては、Bose 「Ultra Open Earbuds」と中国Huawei「FreeClip」がある。どちらも前年まではほとんど製品がなかった、イヤーカフ型でリリースしてきたところが興味深い。

 すでに低域の問題は解決済みで、さらにBOSEは独自技術のイマーシブオーディオ機能を搭載、ヘッドトラッキングにも対応した。もはやながら聴き系は、優れた装着性、開放感のある音像、バランスの取れた音質と、一般のイヤホンと同等の機能を持つに至った事になる。

 これまでの音楽リスニングを考えると、スピーカーには遮音性はないが、周囲に盛大に音が漏れるという弱点がある。近くに同僚や家族が居て別のことをしているという状況では、なかなか使いづらいものとなった。

 イヤホン・ヘッドホンを利用するなら、ある程度遮音されるのが前提だった。それ故に、街から多くの音が入りすぎる都会では、イヤホンをしながら歩くということが広く受け入れられた。アメリカの若者の間でワイヤードのイヤホンが流行したのは、周囲に対して今自分は世間を隔離しているということをアピールするためであった。

 コロナ禍独自のニーズが発端となって大きく成長したながら聴き系イヤホンは、周囲からの隔離を望まないがパーソナルに音楽や音声コンテンツを楽しみ たいという、日常生活の中で音が付いてくる第三の音楽の聴き方を創造したとも言える。