尿路結石」は腎臓内で形成され、尿の通り道を詰まらせる疾患です。

その痛みは想像を絶するほどで、経験者の中には「突然、ナイフで刺されたかと思った」と形容する人もいます。

また尿路結石はこれまでのところ、自然に体外に排出されるのを待つという治療法が一般的です。

しかし今回、名古屋市立大学大学院 医学研究科のチームは、ヒト由来のiPS細胞から作ったマクロファージ(免疫細胞のひとつ)によって結石を「溶かす」ことに世界で初めて成功したと報告しました。

これにより、革新的な尿路結石の治療法が開発されるかもしれません。

研究の詳細は2024年3月30日付で医学雑誌『Urolithiasis』に掲載されています。

目次

  • 尿路結石の予防法は2000年前から変わっていない?
  • iPS細胞から結石を溶かすマクロファージを作成!

尿路結石の予防法は2000年前から変わっていない?

尿路結石の主な原因は食生活にあり、シュウ酸や動物性タンパク質の過剰摂取、水分不足などから引き起こされます。

シュウ酸はブロッコリーほうれん草ピーナッツ、チョコ、コーヒー、緑茶などに、動物性タンパク質は肉や魚、牛乳、卵、チーズに含まれ、これらが体内に過剰に蓄積すると結晶化して、腎臓内で結石となるのです。

(ただし、最近はカルシウムが腸管内でシュウと結合して難溶性のシュウカルシウムとなることで体内に取り込まずに排泄させる作用があるとわかっており、牛乳は結石の予防になるとされています)

日本では戦後に食生活が欧米化するにつれて患者数が増加し、今では国民の約10%が罹患しているといわれています。

特に男性では40代で、女性では閉経後の50〜70代で多くなります。

尿路結石のもっとも大きな特徴は、とにかく痛いということです。これは心筋梗塞に匹敵する痛みで、出産を経験することのない男性にとってはおそらく生涯でもっとも痛い経験の一つになるとされています。

実際、あまりの痛みにびっくりして人生で初めて救急車を呼んだという人が罹患者には多いようです。

加えて、尿路結石再発率が5年以内で50〜60%と非常に高いため、予防法や治療法の改善が求められています。

現時点での予防法は「水をよく飲む」こと
現時点での予防法は「水をよく飲む」こと / Credit: canva

しかし現時点では救急車を呼んだところで、病院ができる治療法は、痛みを和らげる鎮痛剤や尿管を広げる排石促進剤、また多量の水分摂取によって、結石が自然に体外へ排出されるのを待つだけなのです。

(※ 結石が大きい場合は衝撃波や内視鏡による破砕手術が行われる)

また、再発率が高いことがわかっていますが、基本的には体質の問題とされていて、次の結石ができるのを防ぐ有効な手段はありません。

そのため、結石の再発を防ぐ最も効果的な方法は「水分を十分に摂ること」とされており、この予防法は約2000年前から変わっていないのです。

その中で、本研究チームは「結石を溶かす」という画期的な治療方法の発見に成功しました。

iPS細胞から結石を溶かすマクロファージを作成!

同チームは2008年に、マウスを用いた研究で「尿路結石が自然に消える現象」を世界に先駆けて確認しました。

そして、この現象の正体がマクロファージによる結石の溶解であることを明らかにしたのです。

マクロファージは白血球に分類される免疫細胞のひとつで、体内に病原菌やウイルスなどの異物が侵入すると、それらを見つけて食べる働きをします。

またマクロファージには、主に病原体や寄生虫の感染予防に働く「M1型」と、体内の組織修復にかかわる「M2型」とがありますが、チームは続く研究で、M2型マクロファージが結石の予防に有効であることを発見しました。

しかし、これはあくまでマウスの話であり、人間でも同様であるかは、人間のマクロファージを用いて確認しなければなりません。

ただ、ここで問題となるのがヒトの血液から得られるマクロファージ数には限界があり、大規模な創薬研究ができないことです。

そこでチームは今回、ヒト由来の「iPS細胞」を使ってマクロファージを人工的に培養することにしました。

iPS細胞とは?

iPS細胞とは、2006年に新たに作製された人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cell:iPS)の略称です。

具体的には、ヒトの皮膚や血液から採取した体細胞に、ごく少数の多能性誘導因子を組み込んで培養することで、iPS細胞が得られます(下図を参照)。

こうしてできたiPS細胞は、人体のさまざまな組織や臓器の細胞に分化できる能力ほぼ無限に増殖できる能力を持つスーパー細胞となります。

iPS細胞ができるまで
iPS細胞ができるまで / Credit: 京都大学 iPS細胞研究所より

チームは今回、ヒトの血液細胞から生成されたiPS細胞を使って、マクロファージを人工的に作り出し、さらにこれらをM1型とM2型に分化させました。

実験では、尿路結石の成分に対し、ヒト由来のマクロファージがどのような働きをするかを観察。

その結果、2008年のマウス研究で見られたのと同じように、マクロファージが結石を溶かす現象が確認できたのです。

特にM2型マクロファージは周囲の結晶をどんどん溶かし、M1型マクロファージの最大で5.6倍の溶解率を達成しました。

M1型とM2型のマクロファージが周囲の結晶を溶かす様子
M1型とM2型のマクロファージが周囲の結晶を溶かす様子 / Credit: 名古屋市立大学 – iPS細胞から結石を溶かすマクロファージの作成に成功(2024)

この結果は、ヒト由来のiPS細胞から培養されたマクロファージが尿路結石を溶かす能力を持つことを世界で初めて示した成果です。

これは尿路結石の新たな予防法や治療法を開発する上で、極めて重要な発見となります。

こちらはM2型マクロファージが周りの結晶を溶かしていく様子。

iPS細胞を使ったアプローチであれば、ヒトから直接マクロファージを得るのではなく、無制限にマクロファージを生産することができます。

この成果を元に尿路結石の新たな治療法が開発されれば、再発を未然に防ぐだけでなく、従来のような「自然に出るのを待つ」という治療方法も改善されるかもしれません。

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参考文献

iPS細胞から結石を溶かすマクロファージの作成に成功-尿路結石溶解療法の開発に向けて-
https://www.nagoya-cu.ac.jp/press-news/202404091000/

元論文

Phagocytosis model of calcium oxalate monohydrate crystals generated using human induced pluripotent stem cell-derived macrophages
https://doi.org/10.1007/s00240-024-01553-8

ライター

大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。

編集者

海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。

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