アスタミューゼ株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長 永井歩)は、医療DXに関する技術領域において、弊社の所有するイノベーションデータベース(論文・特許・スタートアップ・グラントなどのイノベーション・研究開発情報)を網羅的に分析し、動向をレポートとしてまとめました。

医療DXの現在:直面する課題とデジタル技術の解決策

現在、医療業界は人手不足、少子高齢化、地域間の医療格差などの課題に直面しています。日本では、これらの問題が特に顕著で、医療従事者の長時間労働や過疎地域での医療アクセスの困難さが顕在化しています。しかし、デジタル技術の進展はこれらの課題への有効な回答を提示しています。

世界各国は医療DX(デジタルトランスフォーメーション)を推進し、医療課題への対応を図っています。欧州では、EHDS(European Health Data Space:欧州ヘルスデータ空間)という規則が提案されており、患者の診断結果や電子処方箋が各国でやり取りできる医療方法のデジタルインフラ化が進められています(注1)。

注1:https://health.ec.europa.eu/ehealth-digital-health-and-care/european-health-data-space_en

日本政府も「医療DX令和ビジョン2030」(注2)を策定し、全国医療情報プラットフォームの構築や電子カルテの普及、診療報酬改定時の負担削減など、医療DXを推進する施策を進めています。これらの取り組みにより、医療現場の作業効率化、患者の負担軽減、オンライン診療や予防医療の実施などが期待されています。

注2:https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/other-isei_210261_00003.html

具体的なDX技術としては、人工知能(AI)を用いた画像診断やカルテの解析、遠隔医療・診断、RPA(Robotic Process Automation)による医療事務作業の自動化、電子カルテシステムの導入による情報共有の促進などが挙げられます。これらの技術は、医療現場の効率化だけではなく、ヒューマンエラーの低減やセキュリティの強化にも寄与しています。遠隔医療技術の発達によるオンライン診療の普及が進めば、遠隔地に住む患者や体力的に外出が困難な高齢者も、医療サービスを容易に受けられるようになります。

これらの技術革新は、医療業界における人手不足の解消や、地域間の医療格差の縮小、医療費の削減にも寄与すると期待されています。DX技術との融合は、医療業界に新たな可能性をもたらし、患者の生活の質を向上させる重要な役割を果たしています。

本レポートでは医療DXの現在の取り組みについて、アスタミューゼ独自のデータベースを活用し、スタートアップと研究プロジェクトから対象技術の分析を実施し、その結果をご紹介します。

スタートアップによる医療DXの動向

スタートアップ企業のデータベースから、会社概要(description)に「医療」と「DX」関連技術が明記されている企業を抽出しました。スタートアップは、新しい技術で社会や既存プレイヤーにインパクトを与える企業であり、その資金調達額は社会の期待値を反映しているとみなすことができます。

弊社では、データベースの文献に含まれる特徴的なキーワードの年次推移を抽出することで近年伸びている技術要素を特定する「未来推定」という分析を行っており、萌芽的な分野の予測をしています。キーワードの変遷をたどることで、すでにブームが去っている技術やこれから脚光を浴びると推測される要素技術を可視化することができ、黎明・萌芽・成長・実装といった技術ステータスの分析が可能となります。この分析により、技術の社会実装の時期やこれから発展する技術の予想ができます。

図1に2012年から2022年までのスタートアップ企業の会社概要に含まれているキーワードの年次推移を示します。

図1:医療DXに関わるスタートアップ企業の概要に含まれる特徴的なキーワードの年次推移

ここでの成長率(Growth)は各年の文献内における出現回数と、直近5年間での出現回数の割合で表しており、数値が1に近いほど直近で出現している頻度が高いとみなせます。「virtual(仮想化)」や「datasets(データセット)」などのDXに関連する用語が比較的高い頻度で使用されており、先端技術を用いた事例が一定数いると推測されます。しかし、一般語や頻繁に使用される医療用語が多く抽出されており、医療DXの先進的な技術を有するスタートアップ企業は技術視点では見受けられず、マクロ的な視点からは社会実装には至っていないと読み取れます。

次に、スタートアップ企業の全体数と資金調達額の現状を確認します。図2は各年のスタートアップ企業設立件数と資金調達額の推移です。資金調達額は年数が経つにつれて上昇しており、企業設立数は2021年に膨大していることが読み取れます。

図2:医療DXに関わるスタートアップ企業の設立数と資金調達額の推移

図3は国別でのスタートアップ企業設立件数です。国別でのスタートアップ企業の設立数では米国が多く、その次にカナダインドが続く形となっています。

図3:医療DXに関わるスタートアップの国別設立数(2012~2022年)

以下に、資金調達額上位のスタートアップ企業の一部を紹介します。

  • 社名:VoxelCloud

    • https://www.voxelcloud.io

    • 所在国/創業年: 米国/2016年

    • 資金調達状況:約78万米ドル

    • 事業概要:AIとクラウドコンピューティング技術に基づいた医療画像解析サービスと診断支援サービスによって、パーソナライズされた医療画像解析ソリューションを臨床現場や開業医に提供する。

  • 社名:Savana

    • https://savanamed.com

    • 所在国/創業年: スペイン/2014年

    • 資金調達状況:約44万米ドル

    • 事業概要:電子カルテのフリーテキストに記載されている重要情報を抽出するAI技術を開発。世界最大級の多言語・多施設研究ネットワークを用いて、カスタマイズ可能なリアルワールドエビデンスに基づく調査研究を実施する。

  • 社名:Aetion

    • https://www.aetion.com

    • 所在国/創業年: 米国/2013年

    • 資金調達状況:約27万米ドル

    • 事業概要:特許として取得している高速サイクル分析技術を駆使し、様々な情報源から収集された医療データを解析して得られた科学的根拠データとリアルワールドエビデンス(RWE)を提供する。医薬品・医療機器企業とリアルタイムで協力することで、実際のデータに基づいた正しい治療方法の迅速な提供を実現する。

医療DXを支えるグラントと研究プロジェクト

次に、グラント(科研費など競争的研究資金)の動向を示します。グラントのデータには、まだ論文での発表がなされていない問題や課題にむけた、新しいアプローチ手法や研究事例が記されているとみなすことができます。

図4に2012年から2022年までのスタートアップ企業の会社概要に含まれているキーワードの年次推移を示します。

図4:DX×医療現場に関わるグラント文献に含まれる特徴的なキーワードの年次推移

pandemic」や「in-person」といったキーワードの使用率が直近で高くなっています。これはCovid-19の流行による社会的な影響によるものと考えられます。上昇率が上位の用語にはAI学習の技術で見受けられる「meta-learning(メタ学習:学習方法を学習するというAI分野の言葉)」や、「real-world-dataset(リアルワールドデータセット:臨床ではない実際に治療に関する医療データセット)」、「tele-health(テレヘルス:遠隔医療)」などの用語が見受けられ、AI学習や遠隔医療、データセット利用等の技術の片鱗が見られます。

次に、各国におけるグラントの件数と配賦金額の年次推移を分析します。ただし、中国はグラントデータの開示状況が年によって大きく異なり、実態を反映しているとは言い難いので除いています。

図5は、2012年以降の研究プロジェクト件数上位5か国の年次推移です。

図5:上位5カ国の医療DXに関わるグラント(競争的研究資金)プロジェクト件数推移

図6は、プロジェクトの国別賦与額の動向を示します。

図6:上位5か国の医療DXに関わるグラント(競争的研究資金)の賦与額推移

諸外国と比較して、米国の件数が非常に多く2015年からの伸びが著しく増加していることが確認できます。研究配賦額においても、米国がトップでありその次にEU、日本と続く形となっています。米国では医療に関する政策の動きが活発である背景があり、2009年の「アメリカ復興・再投資法(ARRA)」の制定の中に含まれる「保険情報技術に関する経済的健全性および臨床的健全性を促進する法律(通称:HITECH法)」の導入により医療体制の整備がなされています(注3)。

注3:https://www.healthit.gov/topic/laws-regulation-and-policy/health-it-legislation

この法律では医療の効率性・安全性・品質の向上を目的としており、特に電子健康記録(EHR)の導入を推進し、医療データの電子化、共有、活用が進みました。EHRの普及による医療の質の向上、医療コスト削減が実現され、さらに医療機関や医師に対しての財政的なインセンティブが提供されていたことから、医療DX技術が推進される風土が形成されていたと考えられます。また、緊急医療、公衆衛生、長期・慢性ケアの分野を包括する政府主導の保険情報技術(Health IT)を拡充している動きが見られ、アクセスしやすい医療サービスを積極的に提供しているため、今後も医療のDX技術の拡充が進んでいくと予測されます。

以下にグラント事例の一部を紹介します。

  • タイトル:NorthStar Node of the Clinical Trials Network

    • 機関/企業:HENNEPIN HEALTHCARE RESEARCH INSTITUTE

    • グラント名/国:NIH / 米国

    • 採択年:2015年

    • 資金賦与額:650万米ドル

    • 概要:オピオイドの誤用・中毒に関する治療を科学的に解決させるための精密・個別化医療の研究プロジェクト。データ科学と医療サービスを統合しエビデンスに基づくAIを用いた学習型医療システムの開発や薬物使用傷害の診断を強化するための電子カルテ用機械学習アルゴリズムの開発などを手掛ける。

  • タイトル:Cyber-Physical Intensive Care Medical System for Covid-19

    • 機関/企業: PAULA STRADINA KLINISKA UNIVERSITIES SLIMNICA

    • グラント名/国:CORDIS /EU

    • 採択年:2021年

    • 資金賦与額:約1240米ドル

    • 概要: 感染リスクのない遠隔操作・治療が可能なICUシステムの構築。各周辺病院と連携することで、ベッドサイドに備え付けられたロボットアームを用いることでの遠隔治療やテレモニタリングを実現、スマートケア環境を構築し、医療従事者の感染リスクと作業量を低減させ、医療業務の効率化を行う。

  • タイトル:Discover-NOW: The Health Data Research Hub for Real World Evidence

    • 機関/企業:AstraZeneca plc

    • グラント名/国:UKRI /英国

    • 採択年:2019年

    • 資金賦与額:約570万米ドル

    • 概要:ロンドン全域を対象とした臨床試験と実世界での医療データ(リアルワールドデータ)の2つのビッグデータを統合したデータセットの作成プロジェクト。新しい臨床試験手法の開発やリアルタイムで適切に匿名化されたデータを活用したアプリケーションやアルゴリズムの開発を手掛ける。

医療DXの未来展望:スタートアップとグラントの役割

このレポートでは、医療DXにおけるスタートアップとグラントのデータベースを用いて、キーワードによる技術変遷の推定と各国における技術分析を行いました。スタートアップの分析からは特徴的な医療DXに関する技術要素が少ない傾向が見られました。スタートアップ企業の数と調達金額はいずれも増加傾向にあり、特に米国での企業数がトップでした。個別事例では医療のデジタル化による事例が見受けられましたが、未来推定の分析結果と併せると、全体の割合としては少なく、現在までに社会実装に進んでいる技術はまだ少ないことが読み取れます。

グラントの分析では、AIや遠隔治療に関する技術要素が直近で確認され、研究開発段階にあることが読み取れます。グラントの件数と賦与金額も上昇傾向にあり、こちらの分析でも米国が首位であることが示されました。社会の動きや政策の動向が医療DXを促進させていることが、理由の一つとして考えられます。

スタートアップとグラントの傾向とそれぞれの未来推定の結果から考察すると、医療DX技術に関しては、現在、多くの技術が研究開発段階にありますが、今後の実証・社会実装フェーズへの移行が予想されます。医療DXの未来は、技術革新とその社会への応用により、より明るく、アクセスしやすいものになるでしょう。

著者:アスタミューゼ株式会社 琴岡 匠 博士(工学)

さらなる分析は……

アスタミューゼでは「医療DX」に関する技術に限らず、様々な先端技術/先進領域における分析を日々おこない、さまざまな企業や投資家にご提供しております。

本レポートでは分析結果の一部を公表しました。分析にもちいるデータソースとしては、最新の政府動向から先端的な研究動向を掴むための各国の研究開発グラントデータをはじめ、最新のビジネスモデルを把握するためのスタートアップ/ベンチャーデータ、そういった最新トレンドを裏付けるための特許/論文データなどがあります。

それら分析結果にもとづき、さまざまな時間軸とプレイヤーの視点から俯瞰的・複合的に組合せて深掘った分析をすることで、R&D戦略、M&A戦略、事業戦略を構築するために必要な、精度の高い中長期の将来予測や、それが自社にもたらす機会と脅威をバックキャストで把握する事が可能です。

また、各領域/テーマ単位で、技術単位や課題/価値単位の分析だけではなく、企業レベルでのプレイヤー分析、さらに具体的かつ現場で活用しやすいアウトプットとしてイノベータとしてのキーパーソン/Key Opinion Leader(KOL)をグローバルで分析・探索することも可能です。ご興味、関心を持っていただいたかたは、お問い合わせ下さい。

配信元企業:アスタミューゼ株式会社

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