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 東芝は2024年4月12日、1月に開所した新しい研究開発施設「イノベーション・パレット」の執務エリアにおいて、「省エネ実証」および「セキュリティ実証」を開始したことを発表した。東芝では、ビルや工場などさまざまな施設におけるエネルギー削減や、安心・安全なセキュリティの早期社会実装を目指しており、その実現に向けた先進実証の取り組みとなる。

 同実証では、イノベーション・パレット内に設置したセンサーやカメラをはじめとして、各種設備から収集したデータを用いて、空間や人、エネルギーなどを認識して、設備の適切な制御や最適化につなげる「運用デジタルツイン」を実現。東芝グループが持つAIや設備運用に関する先端技術を活用するほか、顧客やパートナーが持つ多様な技術や機能を組み合わせたオープンな検証を推進するとしている。

研究開発オフィスをオープンな“ライブ実験場”として活用

 イノベーション・パレットは、東芝が小向事業所(神奈川県川崎市)内に開設した新しい研究開発施設。東芝本社の研究開発機能と東芝デバイス&ストレージの半導体事業部/研究開発部門を集約した「東芝グループの技術に関する最重要拠点」として、13階建の高層棟と4階建の低層棟で構成されている。建物の延床面積は約7万3400平方メートルで、約3000人が収容できる。およそ340億円をかけて昨年(2023年)11月に竣工し、今年1月から稼働している。

 同施設は、研究開発の場として「Activity-Based Working(ABW)」「共創空間」「ライブ実験場」という3つの機能を持つのが特徴だ。このうち、今回の実証は“開発現場であり実証現場でもある”ライブ実験場としての活用事例となる。具体的には、1000人規模の従業員が働く執務エリアにおいて、省エネセキュリティを進化させるための先進的な実証を行う計画だ。

 東芝 研究開発センター 情報通信プラットフォーム研究所 シニアフェローの斉藤健氏は、今回の実証の狙いについて「東芝が提供する社会インフラの近未来の姿を実証すること」だと説明した。

 「イノベーション・パレットには、東芝グループや他社のさまざまな設備が導入されている。これらを通常運用で活用しながら、実証ネットワークを通じて運用デジタルツインを構築する。この運用デジタルツインは、リアルタイムに収集したデータをもとに、現在の状況を高度かつ低コストに理解し、AIによってイノベーション・パレットを快適で安心安全に利用できる手法を導き出す。その成果を管理者に提示して制御に反映する」(斉藤氏)

 なお同社では、イノベーション・パレットにおける実証コンセプトを「イノベーション・パレット・オープン・テストベッド(IPOT)」と呼んでいる。斉藤氏は、さまざまなパートナーと共に、このIPOTを“新たなサービスを創出/体験/実証する場”にしていきたいと語る。

 「イノベーション・パレットには多くの方々に来てもらい、IPOTによる実証内容を見てもらいたい。また、パートナーとともにアイデアを育む場にもしていく。実証の成果は、オープンに紹介していきたい」(斉藤氏)

省エネ実証:デジタルツインによる“仮想試運転”で設備運用の最適解を探る

 今回開始する省エネ実証では、カーボンニュートラル(CN)の実現に向けて「利用者の快適性」と「エネルギー削減」を同時に提供することを目標に掲げている。

 具体的には、運用デジタルツインを活用して人流などを推定しながら、照明や空調などを最適に制御し、「省エネ率10%」と「『デジタル試運転』による新たな設備運用の仕組みの確立」を目指す。季節ごとの状況を計測するため1年間を通じた実証を行い、その成果をもとに事業化していく計画だという。

 運用デジタルツインでは、建物内から収集した空間、人、エネルギーといったフィジカル(実世界)のライブデータを、サイバー(仮想)空間でリアルタイムに再現する。ここに人の発熱量、日射量の季節変化、建物の利用状況、IT機器の活用状況といった変動要素を加え、最適化エンジンに基づき照明や空調、ブランイド制御を仮想的に「デジタル試運転」することで、エネルギー削減効果をシミュレーションする。この結果からベストな施策を導き出し、実際の設備制御に反映させる。

 東芝 研究開発センター 情報通信プラットフォーム研究所 フェローの前川智則氏は、「デジタルツインと現場(実世界)を、軽量、セキュア、オープンに接続し、SoS(System of Ststems)構成を実現しながら、早期の実用化を目指す」と述べた。

 IPOTでは各種設備が「ソフトウェア・ディファインド化」されており、機能の遠隔制御が容易にできるほか、カスタマイズや更新も可能になっている。加えて、収集したデータや実証で得られたデータをAIに学習させることで、より良いサービスへと進化させる取り組みも行うという。

 さらに運用デジタルツインは、APIを通じてWebアプリケーション、表計算ソフト、BIツールとの連携も可能で、すでにデジタル試運転をメニュー化したデモアプリを開発。シミュレーションを簡単に行えるようにしている。

 「他社設備も含めて、各機能を柔軟に組み合わせたサービスの検証も行うことで、顧客やパートナーとの共創の場として活用していくことができる」(前川氏)

セキュリティ実証:警備ロボと施設の連動、映像解析AIによる高度な監視

 もうひとつのセキュリティ実証では、東芝の映像解析AIと、セコムのセキュリティロボット「cocobo」を連携。AIを使って多数のカメラ映像を同時監視するとともに、cocoboによる広範囲な巡回を行うことで、「警備の自動化と省人化」と「安全・安心な空間」の両立を目指す。

 cocoboは、AIや5G通信などを活用し、常駐警備員の代わりに巡回警備や点検業務を行うセキュリティロボット。定められた巡回ルートを、ルート上の歩行者や障害物を自動で回避しながら自律走行できる。搭載したカメラで撮影した映像をリアルタイムでAI解析し、たとえば放置物などを検知して防災センターに通知する機能を持っている。

 今回の実証では、cocoboが複数のフロアやエリアを移動して巡回パトロールができるように、cocoboのロボット管制機能を運用デジタルツインとして、セキュリティゲートウェイの制御機能や、東芝エレベータ「ELCLOUD」によるエレベータ制御機能をクラウド上で連携させている。通信にはローカル5Gも用いている。

 また、cocoboや監視カメラが取得した多数の映像を、東芝グループが持つ「SATLYS映像解析AI」や、開発中の質問応答AIで分析。不審者や未登録者を素早く発見したり、不審な行動や安全ではない行動(不安全行動)を検知したりする。

 東芝 研究開発センター 情報通信プラットフォーム研究所フェローの佐方連氏は、開発中の質問応答AIは「自然言語で映像検出ができる技術」だと説明する。

 「たとえば、不審者が赤い服を着ていることがわかれば、『赤い服を着ている人の映像を探して』と自然言語で質問すれば、監視カメラ映像から赤い服の人物が映ったものだけを抽出できる。ほかにも“歩きスマホ”、ポケットに手を入れて歩いている、ノートPCを開いたまま階段を上り下りしているなどの不安全行動も検知が可能だ。AIの再学習が不要であり、新たな質問に対しても適切な回答が得られる点も特徴。人による監視ではできなかった安心安全を実現できる」(佐方氏)

 なお東芝では、今回の省エネ実証とセキュリティ実証の成果は、オフィスビルだけでなく向上や倉庫、プラントなどにも適用できるとしており、事業化においてはこれらの分野にも横展開を進める考えを示している。

東芝が研究開発新施設「イノベーション・パレット」で先進実証を開始