NHK朝の連続テレビ小説2024年前期作品である『虎に翼』(NHK総合、午前8時放送)を、かなり面白く見ている。



虎に翼』© NHK



“日本初の女性弁護士”という宣伝文句以上に、主演の伊藤沙莉が、いい仕上がりの達者な演技でずっと楽しませてくれるからだ。


 現に第1週平均視聴率は16.2%を記録。朝ドラ前3作の初週を上回る好スタートを切っている。


 イケメン研究をライフワークとする“イケメン・サーチャー”こと、コラムニスト・加賀谷健が、伊藤沙莉にとっての“きらめきとひらめきの一作”である本作第1週を解説する。


◆ポジションを独占する伊藤沙莉
 伊藤沙莉を好意的に捉えない意見を聞いたことがない。どんな役柄でもそつなくこなし、変に器用になることもなく彼女固有の爪痕を画面にちゃんと残す。気づけば、あらゆる作品のあらゆる画面上で伊藤沙莉だらけの状態。


 出演作が連打され、映画、ドラマ問わず、“伊藤沙莉枠”としてポジションを独占している。志田未来と天海祐希共演で描いた恐怖の学園ドラマ『女王の教室』(日本テレビ、2005年)でのちょっとギャルっぽい嫌味な小学生役からすでに自分のポジションをつかんでいた。


 深川麻衣扮する主人公の友人役で出演した映画『パンとバスと2度目のハツコイ』(2018年)も忘れがたい。


 息子を横に座らせ、昼間っから瓶ビールをグラスに注ぐ手元がやけに強烈。一度そのポジションについたらば、もう離れない。かといって、しがみつくわけでもない。塩梅のいいスタイルが伊藤の演技を常に安定させているのだ。


◆きらめきとひらめきの一作



 いや、必ずしも安定してるわけでもないか。彼女のほんとうの面白さは、不安定さにこそある。確かに演技のピッチは驚くほど安定している。でもあのざらざらした低音ボイスが演技の軸を微妙にズラして、方向性を定めないところがある。


 そのズラしとハズしがうまい。彼女が声を発した瞬間、即興的なきらめきがあるのは、ジャズ的と形容すべき。綿密な演技プランがあるだろうから、かえってこの即興的グルーヴ感が無限の可能性となる。


 そんなポテンシャルの持ち主である伊藤沙莉にとって、朝ドラ主演作『虎に翼』は、きらめきとひらめきの一作となるだろう。


 夜空に散らばる星々のように伊藤が打ってきた出演作が結びついてひとつの星座となる。あの小さな見た目から広いスケールへ飛躍する天文学的な作品だと筆者は捉えている。


◆素朴な疑問形「はて」



 本作の主人公・猪爪寅子は、戦中に日本初の女性弁護士、戦後には裁判官となった三淵嘉子をモデルにしている。2023年後期朝ドラブギウギ』のモデルとなった笠置シヅ子と同い年(1914年生まれ)でもある。


 第1週第1回では、1931年、寅子の女学校時代が描かれる。寅子はお見合いにあまり乗り気になれず反抗的な態度を重ねる。3度目の正直とばかりに会った横山太一郎(藤森慎吾)とは社会情勢の意見交換で意気投合したかと思えば、「分をわきまえなさい。女のくせに生意気な」と話を切り上げられてしまう。


 そんなとき、寅子はきまって首を傾げ、「はて」とつぶやく。因習にとらわれた世相に投げかける素朴な疑問形だが、なるほどこの「はて」がどうやら伊藤の演技を本作中にとどめ、安定させているようなのだ。


◆『いいね!光源氏くん』の逆バージョン
 というのも、今回の伊藤は、どうも戦前を生きるキャラクターを演じるにはちょっと今っぽい佇まいかなと思うところがあるからだ。いってしまえば、未来から過去にタイムスリップしてきたような雰囲気。


 ちょうどいいたとえがある。現代のOL(伊藤沙莉)宅にある日、平安時代から光源氏(千葉雄大)がタイムスリップしてきた『いいね!光源氏くん』(NHK総合、2020年)の逆バージョンみたいな。そこでうまく彼女を作品内に定着させる機能を果たしているのが、あの「はて」なのだ。


「はて」が過去への疑問符であるとするなら、寅子自身は根っから未来を見据えた人。慣習に縛られた当時の社会では、未知の未来人と捉えるられていたかもしれない。猪爪寅子のシグニチャーとなる「はて」を駆使する伊藤は、ドラマ内の現在として過去と未来をつないでいるともいえる。


◆間接的なモノローグ表現



 第2回。司法科試験の勉強で夜学に通う下宿人・佐田優三(仲野太賀)に弁当を届けるため、夜の学校の薄暗い廊下を訝しげに歩く寅子の姿なんて、それこそどこからか迷い込んできたよう。


 でも、下駄でスタスタ歩く音が響くロングショットは素晴らしく、伊藤沙莉の魅力がこのワンショットで丸ごと捉えられている。寅子が教室をのぞく場面は早くも本作のハイライト


 裁判官・桂場等一郎(松山ケンイチ)が講義するのは、法律上、女性が「無能力者」とされていること。このワードを耳にした寅子の頭の中は「はて」だらけ。すると、語りを担当する尾野真千子のしめやかなナレーションがいきなり参加型になるおかしさ。


「無能力者?」、「偉い感じの人に怒られるやつだ」といった具合に、恐ろしいひとり相撲のこのナレーションが、寅子の心中であふれる疑問符をどんどん代弁するのだ。


 間接的なモノローグ技法と思われるが、ここは『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』(テレビ東京、2020年)で繊細な独白表現を織り込んだ吉田恵里香の脚本がさえる。


 伊藤が物語世界に存在するための足場を固める一助になっているのだ。


<文/加賀谷健>


【加賀谷健】音楽プロダクションで企画プロデュースの傍ら、大学時代から夢中の「イケメンと映画」をテーマにコラムを執筆している。ジャンルを問わない雑食性を活かして「BANGER!!!」他寄稿中。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業。Twitter:@1895cu



『虎に翼』©︎NHK