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 ASCII3月1日、ビジネスイベント「JAPAN INNOVATION DAY 2024 by ASCII STARTUP」をベルサール汐留で開催した。同時開催として、特許庁による最前線のスタートアップにとっての知財戦略の重要性にフォーカスを当てたセッション「IPナレッジカンファレンス for Startup 2024」を実施。スタートアップと知財のアワードである「第5回IP BASE AWARD」授賞式に加え、後半では知財やスタートアップに関する有識者が集まり、スタートアップ支援のあり方や大企業との連携についてのパネルディスカッションが行われた。

特許庁がスタートアップの知財戦略を後押しする
「第5回IP BASE AWARD」授賞式

 スタートアップが知財に取り組むには、スタートアップだけでなく、コミュニティや弁理士・弁護士などの知財専門家による支援が欠かせない。そこで特許庁はスタートアップ向け知財コミュニティ「IP BASE」を立ち上げてスタートアップ支援への取り組みを強化している。

「特許庁はスタートアップの有する技術・知財を社会実装すること、そのエコシステムの効率的運用に向けた取り組みを行っている。IP BASEもその取り組みの一環で、弁理士や弁護士などの知財専門家やVCなどスタートアップ支援者などからなる知財コミュニティの活動を支援している。

 今年で5回目となるIP BASE AWARDは、『国内スタートアップ知財エコシステムの形成』をテーマとしている。スタートアップやそれらへの支援者の活動・取組を表彰することにより、スタートアップの知財活動・知財支援活動を奨励し、今後成長するスタートアップ、知財専門家の手本となることを狙っている」(関口氏)

早稲田大学発ロボティクススタートアップ
「東京ロボティクス株式会社」がグランプリ受賞

 今回グランプリに輝いた東京ロボティクス株式会社は、力制御可能なロボットアームや双腕ロボットの開発のほか、近年は力制御可能な全身人型ロボットの開発を進めている。また、最先端ロボットに必要な3次元カメラや画像認識、機械学習、遠隔操作などに研究領域を拡大しつつ多くの大企業と共同開発や実証実験を進めている。今回の受賞では知財権の取得やノウハウ管理による開発成果の保護を確実に固めたうえで、契約などビジネスでの活用へと積極的に展開している点、また複数事業での整合的な知財方針の構築およびその実行力が高く評価された。

「起業の1年くらい前に個人が知財で大企業と対峙するといった書籍を読み、特許に対する感度が上がってきた。起業の際も最初から知財に力を入れていこうと思い、(スタートアップ支援者部門奨励賞を受賞した)飯塚氏と二人三脚でやってきた。飯塚氏を始めとする知財専門家の支援があればこそここに立てている」(坂本氏)

 スタートアップ部門の奨励賞には、CO2排出量の見える化を行うクラウドサービス「アスエネ」を展開しているアスエネ株式会社、ワイヤレス給電技術によって配線のないデジタル世界を実現するエイターリンク株式会社、食産業向けロボットシステムの開発・提供を行うコネクテッドロボティクス株式会社、スマートフォンから得られるデータを解析し、各患者に個別化した治療介入を行う医療機関向けアプリ「治療アプリ」の開発・提供を行う株式会社CureAppの4社が選ばれた。

高いスタートアップへの支援実績を誇る
川名 弘志氏と、増島 雅和氏が支援者部門でグランプリ

 KDDI株式会社の川名弘志氏は、同社が展開するオープンイノベーション・プラットフォームにおける知財支援の責任者としてベンチャーファーストな実務を構築、多くの後続企業に影響を与えた点が高く評価された。また大企業に所属しながら、自社の利益への貢献だけでなく全体への利益を考えた活動は、業界のベストプラクティスとして模範となっている点もグランプリ受賞理由に挙げられている。

「もともとKDDIは事業面でスタートアップを支援する活動を行っていたが、7年前に知財面での支援も頼めないかと言われたところからずっとこの活動を続けてきた。スタートアップを支援する中で、イノベーションが生まれて特許出願もなされていったが、KDDIがその権利を持つかどうかというところで非常に悩んだ。

 結局、KDDIがスタートアップの支援をするというのであれば、一切権利を持たずライセンスも受けないという形にした。社内からもさまざまな意見があったが、支援をする以上は、すべてスタートアップに権利を帰属させた方が良いという判断で進めてきた。それはスタートアップからも高い評価を受けており、大きな励みとなっている。

 KDDIもスタートアップを支援する側からスタートアップによって成長を支えてもらうようにもなってきている。今後もこの活動に邁進していきたい」(川名氏)

 森・濱田松本法律事務所の弁護士・弁理士である増島 雅和氏のグランプリ受賞の評価ポイントには、プロボノ活動も含めた圧倒的なスタートアップ支援数や、政府の政策立案支援にまでさかのぼっての関与も含めてスタートアップ・知財双方の業界へ高く貢献している点が挙げられている。また、経営・事業目線からの「知のマネタイズ」にこそ最もインパクトがあり企業価値への貢献があるという考えのもと多数の支援を実施しているところ、データ等の知財権以外の要素を含む知財支援実務なども高く評価された。

「ファイナンス、M&A、IPOなどのコーポレート業務を中心に20年以上スタートアップ支援に関わってきた。当初はIT企業が中心で、知財獲得よりスピード感重視でというカルチャーがあった。しかし2017年ごろからサイバーとフィジカルの一体運用という話がでてくると、特に特許が非常に重要になってきた。そこで一念発起をして知財部門の弁理士の資格を取得した。そういう努力を評価していただけて大変うれしく思っている。

 知財を使ってディープテックの分野でも日本が勝てる流れが出てきているので、身に着けた知財・特許の知識を活用して、日本から大きなスタートアップが世界に飛び立てるような支援をしていきたいと思っている。今回の受賞はその決意を新たにさせるもので、心から感謝している」(増島氏)

 スタートアップ支援者部門の奨励賞は、国内でのスタートアップ支援だけでなく海外での活動にも取り組んでおり、戦略立案や体制構築まで踏み込んだ幅広い支援が評価された飯塚国際特許事務所 弁理士/株式会社 Unicorn IP Advisoryの飯塚 健氏、企業支援だけでなくSNSを広く活用した情報発信や専門家コミュニティの形成に尽力し、数多くのITスタートアップ支援実績が評価された日本橋知的財産総合事務所 代表弁理士の加島 広基氏、地方スタートアップ企業の知財支援を牽引し、大企業中小企業・スタートアップ企業による共存共栄と共創のための「IPエコシステム」構築の貢献に努めているさくら国際特許法律事務所の森岡 智昭氏に贈られた。

 前半の授賞式の締めくくりとして、IP BASE AWARD選考委員長の鮫島 正洋氏から第5回IP BASE AWARDの総評と、特許庁長官の濱野 幸一氏よりお祝いの挨拶が述べられた。

「IP BASE AWARDの参加企業は毎年レベルアップしてきており、今回惜しくも奨励賞にならなかった企業も第1回だったら受賞していた。どこまでを受賞範囲とするか非常に難しかった。

 スタートアップ部門でグランプリを受賞された東京ロボティクス株式会社はやはり頭一つ抜けていたという印象を持ったが、奨励賞を受賞された各社は非常に僅差で、全社に賞をあげたいと思った。断腸の思いで4社に絞らせていただいた。本日、各社からの受賞スピーチを伺ったが、知財を活用して日本の冠たるベンチャーに育っていくぞという想いがあふれていて大変感銘を受けた。是非もっと競争力をつけて、日本あるいは日本のディープテックというものを世界に発信していただければと思っている。

 また、スタートアップ支援者部門でグランプリを受賞された川名さんは新しい知財の実務を生み出して世の中に発信してきた。知財・法務の実務に非常に大きな影響を及ぼしている。増島さんはコーポレートの弁護士から知財の世界に入ってきた方で、特許庁の委員会でも日本の政策を引っ張ってきた。加島さんについては進取の気風が育ちにくい弁理士業界でYoutubeやSNSを通じて新しい知財業界のネットワーキングをされてきた。森岡さんは中京地区においてスタートアップ支援を実施しており、特許庁が推進する地方創生という理念にかなう活動ということで受賞にふさわしい方と思っている。非常に素晴らしい5名の方々を選定する機会をいただけたことを感謝するとともに、改めて皆様にお祝いを申し上げたい」(鮫島氏)

「日本政府は令和4年11月に『スタートアップ育成5か年計画』を公表し、スタートアップを生み育てるエコシステムを創出することを掲げている。スタートアップが革新的な技術やアイデアをもとにビジネスを成長させていくためには、その技術・アイデアを保護する知財が大きな価値を持つ。そのため、特許庁はこれまでにも知財を活用して企業価値を高めようと考えるスタートアップに対して、知財戦略の構築等の手助けとなる支援策を講じてきた。優れた知財活用や取り組みを行い、今後成長していくスタートアップやスタートアップ支援者の手本となる方々を表彰するIP BASE AWARDを含むIP BASE事業もその一つとなっている。

 IP BASEの目的は2つあり、1つはスタートアップが知財戦略を構築するにあたってカギとなる知財の基礎情報を周知すること。もう1つはスタートアップ、知財専門家、スタートアップ支援者が集まる知財コミュニティを活性化することにある。IP BASE AWARDはそのためにスタートアップやスタートアップ支援者の知財活動における意欲的・模範的な取り組みについて表彰を行っている。グランプリに選ばれた3者はいずれも知財活動において多大な功績のある方で、知財エコシステムにおいて広く模範となる存在だと思っている。

 本セッションをご覧になっている皆様も受賞者の取り組みに注目し、ご自身の取り組みへの参考にしてもらいたい」(濱野氏)

グランプリの背景にある特許に加えて
ノウハウや契約なども組み合わせた使い分け

 後半は2つのパネルディスカッションが実施された。1つ目は「スタートアップはいかに知財でマネタイズするか」をテーマとし、パネリストとして「第5回IP BASE AWARD」選考委員である加藤 由紀子氏(SBIインベストメント株式会社 執行役員 CVC事業部長)、丹羽 匡孝氏(シグマ国際特許事務所 パートナー弁理士)、高宮 慎一氏(グロービス・キャピタル・パートナーズ株式会社 代表パートナー)の3名と、スタートアップ部門グランプリ受賞者である坂本 義弘氏が登壇した。モデレーターとして特許庁 総務部 企画調査課 知的財産活用企画調整官の清野 千秋氏がこれに加わった。(以下、文中敬称略)

清野:東京ロボティクスのどのような点を評価されたのか。

高宮:2点感銘を受けたところがあり、1つ目は知財をただ取ればよいとかたくさん取ればよいということではなく、それぞれの事業の特性に応じて使い分けをしているところが非常に戦略的だと感じた。もう1つは研修などを通じて組織に知財スキルをインストールするということはもちろん重要だが、知財戦略を活用すると競争優位性につながるというカルチャーや雰囲気をインストールしようとしているのではないかと思い、ただの業務ではなく知財活動を経営戦略にまで昇華しているというところに強く感銘を受けた。

丹羽:知財を経営視点で見据えた上で使っているというところが一番評価した点だが、それに加えてノウハウや契約など、特許権以外の部分を総合的に組み合わせて自社の権利を守っているところがある。弁理士としてお客様からの相談事で多いことに特許権の回避があるが、特許だけでは回避されてしまう。特許を突破されてもノウハウや契約などで守っていればより守りが固くなる。そういうところをうまくやっている点を評価した。

加藤:事業・経営・知財と三位一体で創業当初から事業戦略と連携した知財戦略をお持ちだったというところを評価した。それと大企業とのアライアンスでも知財はなるべく自社単独で持つようにといった方針を持っている点も評価した。9期連続で増収・黒字というところに、技術をいかに事業化していくかという経営力の高さが表れているのではないかといったところも評価した。

清野:複数事業それぞれに対して知財戦略を構築していくためにどのように体制や実行力を身につけてきたのか。

坂本:ビジネスが戦場だとすると知財は武器であり、それを安易に他者に渡すことは絶対にしてはいけないことが大前提。その大前提があったうえで、個別の契約の中でここまでは出して対価を貰うといった判断をしている。例えばPOCなどの請負では、実はお客様が欲しがっているのは発明の成果ではなくて実証実験などのレポートやデモビデオのこともあるので、発明・知財は不要に渡さない。ロボットの販売では所有権は渡すけど中の著作権は譲渡しないとか、大原則を置きながらその都度ブレイクダウンして契約にまとめている。そこは我々だけでは大変なので、知財に強い顧問弁護士が契約書のチェックなどうまく調整している。

清野:最後に選考委員の皆様から、スタートアップと知財専門家に向けて伝えておきたいことはあるか。

加藤:VC業界では知財が重要になるディープテック領域に注目が集まっている。日本から世界に羽ばたけるスタートアップをいかに生み出していくか、そのためにはスタートアップ単独の力ではなくて、企業との連携が重要になってくる。その中でスタートアップが戦っていくための武器が知財ということになるが、大企業の側もフェアな立ち位置で意見交換するといった形での取り組みが重要だし望ましいと考えている。

丹羽:知財をマネタイズするという観点から言うと、知財が生み出すものを顧客にどう評価してもらうか、欲しいと思ってもらえるかというところを考えることが非常に大事。これは言うのは簡単だが、知財を生み出す技術系の方は技術のところで止まってしまう。経営側はお客様に欲しいと思ってもらうにはどうしたら良いかと考えるが、技術がそれと結びついていないということが問題だ。技術と経営を一気通貫で見ることができる方は少ないので、そういった点で知財専門家が活躍する余地がある。

高宮:知財のマネタイズのステップゼロはとにかく特許活動・知財活動をやりましょうというところで、次のステップワンは事業に知財を活かしましょうとなる。坂本さんの話を聞いて、「スタートアップはいかに知財でマネタイズするか」というテーマは究極的には単一事業だけでなく企業全体の価値の向上に知財をいかに活用するかにあると感じた。例えば東京ロボティクスがやっているような組織力・カルチャーを創り上げるところに活かすなど。日本のスタートアップが世界で勝つとか新たな産業を作るとかという意味からも、今後はそういったところも意識してスタートアップの皆さんと取り組んでいきたい。

Moatを作るための大きな武器として知財がある
知財でスタートアップが大きく伸びる世界を作る

 2つ目のテーマ「識者が見据える次世代のコーポレートベンチャリングと知財のあり方」のパネリストには、選考委員から鮫島 正洋氏と藤木 実氏(株式会社IP Bridge 代表取締役)、グランプリ受賞者として川名 弘志氏と増島 雅和氏が登壇した。モデレータは引き続き清野氏が担当した。

清野:選考委員のお二人は川名様と増島様の取り組みのどのような点を評価されたのか。

藤木大企業のスタートアップ支援では、オープンイノベーションをやり切っていくということが重要。大企業がスタートアップに対してマウントを取ってしまうといったことがあればそれはもはやオープンイノベーションではない。川名さんは本当の意味でのスタートアップ支援を推進してきた、そういう取り組みを大手企業の立場で実現できたというところが本当に素晴らしいなと感じた。

 増島先生は経産省の産業構造審議会の知財分科会でもご一緒させていただいているが、知財活用という視点からさまざまな発言をされている。例えば大企業とスタートアップとの共同特許の活用に関しても、現状非常に使いづらい権利になってしまっている。そういったものを本当に活用できるようなものにする取り組みをされているというところは本当に素晴らしい。

鮫島:従来の日本のやり方では発明をした人が発明者になり、KDDIがそのいくらかをもらうというやり方だが、スタートアップ支援というのは短期的な利益ではなくて、スタートアップの成長に鑑みた長期的な視野で行われるべきものという理由で権利を放棄している。それは正しいのだろうけど最初にそれをやるということは非常に勇気のいることだし、どれだけ社内説得の労力やエネルギーがかかったか、というのは想像に難くない。素晴らしい実績だ。

 増島先生については、スタートアップとの法務の仕事ということになると、単に特許を取るとか、訴訟をやるとかだけでは全然足りない。資金調達をどうするかなどのコーポレートの話が絡んでくる。私は知財専門以外の弁護士が入ってくると良いなとずっと思ってきた。増島さんはコーポレート出身でかつ知財も専門にして二刀流になった。これが受賞理由。

清野:選考委員からのコメントを受けての感想はあるか。

増島:スタートアップは生き残って勝たなくてはいけない。そのためにMoat(堀)を作らなくてはいけない。そうしないと他のスタートアップに奪われてしまうリアルな状況がある。Moatを作るための大きな武器として知財があるという位置づけになる。ただ単に知財を持ちましょう、などと言われるのには全体的に違和感がある中で、知財をMoatとして使ってどこまで大きくなれるのか。生き残り勝つためにスタートアップにコーポレートのアドバイスをしていくと、知財をどうするかまでアドバイスしていかなければ目的が達成できない。二刀流は必要に迫られた必然だった。

川名:当時、発明発掘したものをどちらに帰属するのかについては悩みながらずっと進めてきた。しかしスタートアップを支援するという姿勢を(スタートアップから)評価してもらえたし、KDDI社内でもCVC運営や事業支援をしている部隊からは支援メニューの1つとして知財支援があることを非常に感謝された。数年続けてきて社内でもじわじわと評価されるようになって初めて確信に変わった。スタートアップは知財で稼がないと成長しないし、成長して初めて大企業との事業共創の中心が大きくなってくる。それがあるから大企業は成長できる、スタートアップ支援とはそういう大きな仕組みだ。

清野:スタートアップは大企業との連携がないと急激な成長は難しいという側面がある。スタートアップ側はどのような姿勢で大企業と向き合っていくべきか。

増島:自分が得をする方法を考えるというのは誰にでもできるが、相手が何を大事にしているか、自分は相手にどういう価値を提供できるかをきちんと打ち出していくところが大事なポイントになる。そのストーリーや座組を作ることが上手い起業家がオープンイノベーションが得意な起業家だと言える。それに加えて冷静な頭も大事で、大企業と組むということは自社のビジョンを実現するための手段・戦略であることを忘れてはならない。Win-Winの関係である限り誠実であるという戦略的な発想を忘れてはならず、単に相手が話を聞いてくれるからといって、自社にとってクリティカルな秘密情報をしゃべってしまってはもはや戦略と言えない。侵害などがあれば戦うということも必要になる。冷静な計算と相手のためになる価値提供の両立がすごく大事。

清野:選考委員の方から補足のコメントなどはあるか。

鮫島:私の事務所にも数か月に1度くらい地球を変えるのではないかと思える技術が持ち込まれる。しかし実際に地球を変えるためには社会実装をしなくてはいけない。米国に比べて投資額の小さい日本では大企業の力を借りるしかない。それが大企業とのオープンイノベーションだと位置づけている。オープンイノベーションは世界中で行われているが、日本のオープンイノベーションはユニークなものであり、これの成否が日本の技術が世界に出ていくかを担っている。

 このオープンイノベーションの成功率をどうやって高めるのかが特許庁と経済産業省とのモデル契約プロジェクトの委員長を受けた時の問題意識だった。モデル契約の本質的な要素があるはずだと思っていた。スタートアップと大企業の企業価値の最大化を目指すというものがそれで、実現できれば日本から世界にどんどん広がっていく。

清野:本日グランプリを受賞されたお二方から、スタートアップや知財業界の将来についてここで話しておきたいことはあるか。

増島シリコンバレーでも韓国でも中国でも、どちらが知財を持っているかなどは二の次で、その知財からいかに稼ぐかを考えている。なぜ日本だけ協業して作った知財で相手の使い方を制限するようなことをするのか。

 知財はあくまで経済財の1つで、使わなければ1円もお金を生まない。発想の転換や実務の転換、さらにその後ろにある考え方や哲学まで踏み込まなくてはいけない。そういったものは10年同じことを言い続けていると結構変わっていくというところがある。私は2017年くらいから言い始めているので、2030年の日本が勝負をかけなくてはいけないと言われている年に向けてがんばっていきたい。

川名:以前は大企業からスタートアップを支援するという色合いが濃かったが、今ではKDDIも新規事業のほとんどにスタートアップが入っていて、大企業の成長のコアをスタートアップが担っていると言っても良い。大企業はスタートアップの技術の社会実装プラットフォームとなっている。

 大企業の成長コアをスタートアップが担っている以上、大企業の知財部門の人間はスタートアップに行った方が良い。KDDIでは業務委託で受ける場合もあるが、スタートアップからどういう人材が欲しいかを聞いて兼務出向で行くこともある。大企業の若手社員が知財担当としてスタートアップに行って大きく成長するということが当たり前の世界を作ることが今後の日本のためにもなると感じている。

清野:選考委員のお二人からスタートアップや知財専門家へ伝えておきたいことはあるか。

藤木:スタートアップの成長のためには資金や人やマーケットへのアクセスなどさまざまなリソースを融合する必要がある。知財は融合のためのドライビングフォースになりうる。今回受賞されたスタートアップや知財専門家もまさにそういう視点で取り組んでいたからこそ受賞に至ったということだ。

 また、大手企業は実はなかなか特許の活用がしづらい組織になっている。顧客やパートナーが多すぎてタコつぼ化し、知財活用の意思決定ができない。良い特許を持っているスタートアップは大企業との連携で係争になっても勝ちきることができる。我々知財の専門家はそこを支援していくことが役割の1つではないか。

鮫島:ずっと民間人として政策に関わってきた中で、どうしてもやらなくてはいけない課題が2つ日本にはある。1つは地方の人材がその地方のスタートアップのインキュベーションができるようにならなくてはいけない。これは今年度関東経済産業局などが取り組もうとしている。

 もう1つは大企業のアントレプレナーシップを回復していかなくてはいけないということ。大企業は何十年にもわたって10を100にする仕事をしてきた。ゼロから1を作れる人材や風土を作っていかなくてはいけない。先ほど川名さんがおっしゃったオープンイノベーションを通じた人材交流なども非常に重要な手法だし、経済産業省では大企業で作った技術シーズを開発者自身がスピンアウトしてスタートアップを作り、社会実装するというカーブアウトプロジェクトを始めた。こういったさまざまな政策を含めて大企業のアントレプレナーシップ、ゼロから1を作る気風を作っていくことができれば、日本はまた復活することができる。

Moatを作るための大きな武器に知財がある。求められるスタートアップ支援の現在