日本では「生涯未婚率」が急上昇しています。多様性の時代、結婚だけが幸せの必須条件ではなくなりましたが、未婚のまま過ごすことによって高まるリスクが存在するのもまた事実です。本記事ではAさんの事例とともに、生涯独身を貫く場合に必要となるリスク管理について、長岡FP事務所代表の長岡理知氏が解説します。

日本で急上昇している「生涯未婚率」と健康状態の意外な関連性

日本では「生涯未婚率」が急上昇しています。

生涯未婚率とは、生涯を通して未婚である人の割合ではなく、50歳時の未婚率のことです(50歳で未婚であれば生涯未婚である可能性が高いとする統計上の推測です)。この生涯未婚率は、国立社会保障・人口問題研究所の『人口統計資料集(2023)改訂版』によると、男性25.25%、女性は17.81%となっています。男性は4人に1人、女性は5人に1人が生涯未婚であるということです。

終戦時1950年の生涯未婚率は、男性1.45%、女性1.35%でしたが、1990年を境に現代まで上昇を続けています。この原因として考えられるのは、バブル経済の崩壊から続いている経済環境の悪化と、価値観の多様化、見合い結婚のような伝統的成婚手段が減少したことなどが考えられます。これらの原因によって少子化が進み、社会保障制度の根幹を揺るがす事態になっているのは多くの方がご存じかと思います。

未婚かどうかは生き方の選択でもあるため、一概に問題視するのは見当違いでしょう。しかし婚姻状況と健康状態の関連性についての研究も存在します。

文部科学省が助成した大規模コホート研究(JACC Study)によると、独身男性では、既婚男性と比べて、循環器疾患で3.1倍、呼吸器疾患で2.4倍、外因死で2.2倍、全死亡で1.9倍の死亡リスク上昇が認められたと報告されています。「独身男性は既婚男性よりも倍の確率で亡くなる」という話題がSNSなどでときどき取り上げられるのをご存じの方もいるかもしれません。

この原因はどこにあるのでしょうか。ひとつに独身男性の社会的孤立によるストレスが挙げられています。また独身男性の喫煙率の高さ、生活習慣・食事習慣の乱れもあるとされます。

健康のみならず、独身男性のなかでも収入が高い人は、ゆとりがある生活ゆえに金銭管理が緩慢になっている傾向があります。「普通に生きていても貯蓄ができる」という状態の人が多いせいでしょう。しかし特に収入が途切れたり、大病をしたりしたときのリスク対策が取られていないケースも多く見かけます。

事例では未婚男性が病気をきっかけに大きな不安を持つに至った経緯をご紹介します。

関東地方の中小企業に勤務する会社員のAさん

<事例>

Aさん 会社員 49歳

未婚(婚姻歴、子供なし)

年収 690万円

貯蓄 4,000万円(普通預金のみ)

家賃 10万円

北海道出身

Aさんは関東地方中小企業に勤務する会社員です。

結婚はしたことがなく独身。これまで女性と交際したこともありません。恋愛に興味がないということ以上に、人間関係全般が苦手なのです。会社員も長いので仕事上は他人とコミュニケーションを取ることができますが、あまり続くと疲れ果ててしまいます。自分の意見を言うことが子供のころから苦手で、すぐに周囲に合わせてしまい結局疲れてしまうことの繰り返しでした。

仕事ですら疲れてしまうのに恋愛なんてとんでもないと、ずっと避けてきたのです。

Aさんは若いころには趣味がいくつかありました。大型バイクもそのひとつです。仕事で疲れた夜は少しバイクを走らせると気分転換になりました。長期休暇のときにはひとりで遠出をし、温泉宿などに宿泊することも多くありました。両親が健在だったころは、実家のある北海道函館市までバイクで帰省することもありました。青森でフェリーにバイクを積み、津軽海峡を眺めながら乗船するのが楽しかったといいます。

また、筋トレや古い喫茶店めぐりも若いころの趣味でした。どの趣味も「他人と関わらなくて済む」という点で共通しています。

住まい選びにも人付き合いの苦手意識が反映されていて、現在の住まいは賃貸マンション。隣の部屋には住民が長く入居していません。隣の部屋はかつて住民が自殺をしてから2週間ほど放置されていた現場だったのです。いわゆる心理的瑕疵物件であるため入居希望がまったくありません。常に空室です。

Aさんがその隣の部屋を借りるときに不動産業者は状況を告知してくれました。Aさんが借りようとしている隣の部屋にまで異臭がし、引っ越してしまったと言われました。現在はクリーニング済みであるため異臭はありません。

一般的な感覚では「気持ちが悪い」と思うものかもしれませんが、Aさんにとっては「朝、隣人と顔を合わせなくて済み、物音が聞こえてくることがない」というのは、何物にも代えがたい快適さなのです。その一点が気に入って入居を即決したAさんでした。

Aさんは職場でも必要以上のコミュニケーションを避けています。

職場の歓送迎会も15年以上断り続けています。社員旅行などの社内行事も同様です。指導するべき部下ができることも嫌い、昇進も拒み続けています。かといって仕事を怠けていることはなく一生懸命であるため、会社としては面倒な存在であるのは否めません。

兄が2人いますが、どちらも出身地の北海道で結婚をし子供がいます。兄たちの家族と話をするのが億劫であるため、次第に帰省しなくなりました。相次いで両親が亡くなってからは一度も帰省していませんし、兄からの電話やメールも無視し続けています。

このように人間関係が苦手なAさんですから、恋愛なんてもってのほか。自分は自分の生き方で人生を謳歌している……そう考えて生きてきました。

ところが、2年前のある時期をきっかけにAさんは「最高のおひとり様人生などない」と悟ります。

突然の病気

Aさんが47歳のある日、職場の廊下で突然体調が悪くなり倒れてしまったのです。幸いすぐに同僚が発見し救急車で病院に運ばれました。

診断は脳卒中でした。1ヵ月ほど前から強い頭痛やふらつきがあったものの放置していたようです。

北海道から兄とその妻が駆け付けてくれて、入院中の身の回りの準備や職場への連絡などをやってくれました。これまでいい加減な扱いをしてしまった兄夫婦に対して深く感謝すると同時に、Aさんは今後の人生を考えるきっかけになったのです。

運よく後遺症はありませんでしたが、2ヵ月の入院が必要でした。医療保険には加入していませんでしたが、Aさんには潤沢な貯蓄があったため問題ありませんでした。

退院してからひとり暮らしを続けることに義姉はいたく心配していましたが、仕事も復帰するつもりなので仕方ありません。しかしいままでと同じような生活が難しいと知るのはすぐでした。

まず日々の食事の準備が難しいのです。家のなかで調理はできるものの、外出することに不安感があります。退院時期が真冬だったためヒートショックを起こすのではないかと不安になるのです。

職場には発症から半年後には復帰する予定にはなっていましたが、それもできるかどうか不安です。同僚との人間関係を粗末にしてきたといっても過言ではないため、周囲のサポートが得られるのかどうか、自信がありません。

もし自宅内で再発し亡くなってしまったら、自分も隣人と同様に放置されて孤独死するのではと想像してしまいます。

兄も同じように考えたらしく仕事をやめて北海道に戻ってこないかと言いましたが、北海道で転職をしていまと同じ年収を得ることは不可能に近いはずです。そもそも大病を経験した自分を地元の中小企業が採用するとは思えません。自分が採用担当者だったら、きっと避けるだろうと思いました。

バイクや旅行、筋トレなどの趣味も当面できそうにありません。Aさんは仕事復帰への不安を抱え、思いつめるように自宅でひとり療養を続けていました。

Aさんが不安の思ったのは次のようなことです。

・仕事が続けられなくなった場合、生活していくお金はあるのか ・現在の賃貸住まいで今後大丈夫なのか、持ち家を買うべきか ・今後の医療費はどうなるか ・再発し障害を負ったらどうなるか

このような金銭面での不安のほかに、Aさんは深い孤独感を味わうようになりました。「結婚していたら、少なくとも交際する人がいたら、不安を吐露できる場面もあったのかな……」と思うのです。

とりあえずは、金銭面の問題を解決するためにもFPに相談してみることにしました。

今後の家賃の不安

FPが言うには、「まず、まだ療養中の身なので仕事を続けられるか不安かもしれませんが、障害が残らなかったので前向きに考えてもいいと思います」ということでした。

そのうえで、もしこのまま退職してしまったら今後の金銭面はどうなるのか、シミュレーションしてみました。すると、現在の貯蓄が4,000万円と潤沢ですが、一生仕事をせずに生活するのは不可能ということがわかりました。障害がないため障害年金がないこと、賃貸暮らしのため家賃の不安が非常に大きいことが原因です。

では賃貸暮らしをやめ、持ち家を買うべきなのかというと、FPは「あまり意味がない」と言います。

そもそも病歴から住宅ローンに必須の団体信用生命保険(団信)への加入が難しいことが挙げられます。仮に団信なしの住宅ローンを借りた場合、民間の生命保険で備えなければ死亡時に兄2人に負の遺産を残すことになります。

住宅ローンの返済期間は一般的に80歳までしか契約できません。老後も長く住宅ローンが残るうえ、もし貯蓄で繰り上げ返済をすると自分の介護費用が残らなくなります。つまりキャッシュフローが破綻してしまうのです。

もし今後も独身のままだとしたら、亡くなるまで自宅で1人で生活できないかもしれません。そうなると住宅ローンを抱えながら老人ホームの費用を支払う必要性も出てきます。家を損失なく売却できるのは、都心のタワーマンションか自己資金を多く入れた場合のみと考えていいでしょう。多くは負債を残して売却することになります。

また、もし今後結婚あるいは誰かと一緒に住むことになったら、相手の事情によっては家を売却する必要性に迫られます。この場合も負債を多く残すことになり、金銭的なデメリットが大きくなります。

生活が落ち着いたら、状況に応じて中古住宅、中古マンションをオールキャッシュで買えるようにするのが現実的かもしれません。

今後、病気が再発して障害を負った場合はどうなるでしょうか。

「病気の再発」というAさんが抱える最大のリスク

実はここが最もリスクが高い状況だとFPが指摘します。

Aさんは生命保険等にまったく加入していなく、身体障害時の保障を持っていません。状態によって障害年金を受給できますが、それだけで生活できるほどの額は支給されません。Aさんの病歴で身体障害時に生活を支えてくれる保険に加入できる商品は、現時点ではどの保険会社にもありません。

Aさんが生命保険に加入していなかったのは、YouTubeで「保険は不要」と主張している有名人の言葉を信じたため、と言います。たしかに4,000万円の貯蓄があれば入院やがんを保障する保険は不要かもしれません。しかし生活のリスクは人それぞれに特有のものがあり、リスク対策の専門家の家計分析を行ってから判断すべきでした。

Aさんが今後やるべきこととしては、

・仕事に復帰し定年退職まで勤め上げられるよう、健康に留意する ・今後の状況(結婚や同棲の予定)を見極めてから、中古住宅などをキャッシュで買えるように準備していく ・身体障害を負い仕事が出来なくなった場合に備えて、貯蓄を増やす ・同僚のサポートを受けられるよう、日ごろからコミュニケーションに励む

当たり前の対策しかありません。しかし健康の不安を抱えてこれらを考えていくのは酷というもの。まずは仕事に復帰し続けられることが優先です。

「孤独死しないのが一番なので、これからやれることから取り組みたいと思います」とAさんが言います。

結婚、同棲を人生の選択肢に入れるメリット

生涯未婚で生きるというのも、生き方のひとつです。収入がしっかりあれば一人で生きていくのは十分に可能です。

しかし、病気やケガなどによって収入が途絶えてしまったとき、そのリスクを対策するものを備えておく必要があります。貯蓄、保険など、やれることを整理する必要があります。

また、人生の困難な時期にともに過ごしていける伴侶の価値を、もう一度選択肢として考えてみてもいいかもしれません。

「結婚など無意味」と言い切るのは簡単ですが、精神的な支えがありがたいと思えるときがくるかもしれません。何歳であっても、どんな状況であっても、結婚という形を取らなくても、パートナーがいる人生は精神面でも金銭面でもプラスになりえます。

長岡 理知

長岡FP事務所

代表

(※画像はイメージです/PIXTA)