ベーシックインカムは、多くの場合、最低限の暮らしを保障するための政策という文脈で語られますが、よりイノベーティブな意味合いを持つ可能性についても議論されています。社員数50名の新聞販売店を23年間経営し、多くの企業の経営支援に携わってきた米澤晋也氏が、自身の知見から得た洞察をもとに、ベーシックインカム中小企業にもたらす可能性について解説します。

「自前のベーシックインカム」が持つ可能性

ベーシックインカムは、最低限の生活を守るという、社会保障的な文脈で語られることが多いのですが、一方で、食いっぱぐれる心配がなくなることで色んなことに挑戦でき、社会にイノベーションが起きる可能性としても議論されています。

企業経営においても、安定的な収入がある企業の方が挑戦の機会が増え、イノベーションを起こす確率が高まります。

VUCA化(未来の予測が難しくなる状況のこと)が進む社会では、試行錯誤ができる環境づくりが成功の鍵を握りますが、その基礎となるのが安定的な収入……「自前のベーシックインカム」であると考えています。

本記事では、中小企業ができる最も確実な構築法について考察したいと思います。

中小企業は「感性価値の高い」商品・サービスで勝負する

まずは、中小企業が置かれている状況を確認したいと思います。

世の中の商品・サービスには「万人受けする便利なもの」と「特定の人に好まれる感性価値の高いもの」の2種類があります。前者は、主にスーパーマーケットや電器店などが扱う生活財です。こうしたものは、以前は地域の中小企業が供給してきましたが、今はほぼ大手が独占しています。

後者は、「わざわざ足を運んででも買いたいもの」、「送料を払ってでも取り寄せたい商品」といったものです。ニッチですが商圏は広く、価格帯は高くなる傾向にあります。昨今、気を吐いている中小企業のほとんどが後者を扱っています。

今、日本は「便利なもの」に一通り満たされた成熟社会です。便利なものは、1製品につき1つあれば十分です。どんなに優れた洗濯機があっても「もう1台買おう」とはなりません。加えて、ますます人口は減っていく見通しなので、便利なものの市場は、勝者が総取りをするレッドオーシャンになります。

モノに満たされた生活者は、「もっと充実した毎日を送りたい」、「心を満たしたい」といった感性価値を求めるようになりました。感性価値は非常に多様なので、勝者が総取りすることはありません。むしろ、マスを相手にする大企業が苦手な分野です。

この領域こそが、中小企業の強みが活きるフィールドと言えるでしょう。

安定的な収入がなければリスクは取れない

感性価値には「正解がない」という特徴があります。生活者自身、「なんだか満たされない」、「もっとワクワクしたい」といった漠然とした不満や望みを持っていても、じゃあどうすればよいのか、答えは持ち合わせていません。

正解がないということは「やってみなきゃ分からない」ということですので、「たくさん試してみる」ことが最も有効な対応策になります。たくさん試し、顧客の反応を観察するうちに、しっくりくる答えが観えてくるのです。

そのためには、企業は試行錯誤に耐えるだけの財務的基盤を持つことが欠かせず、それを自前で作る必要があります。

不確実性の研究家であるナシム・タレブは、リスクの異なる2つの収入源を持つことを「バーベル戦略」と名付け提唱しています。

例えば、アインシュタインは特許庁で審査委員を務め、ベーシックインカム的な安定収入を得ながら、後に物理学に革命を起こすことになる歴史的論文を書いていたことが知られています。

世の中には、「リスクをとって裸一貫で飛び出す」ことを称賛する風潮がありますが、それは、よほど肝の座った人の話で、普通の人は、経済的な不安があるとリスクを取りにいけません。まさに「貧すれば鈍する」で、意欲も創造性も減退してしまいます。

安定収入を支える「関係性資産」をつくる

「便利なもの」と「感性価値が高いもの」は販売方法もまったく異なります。前者はマスメディアと非常に相性が良く、多額の広告費を使い、消費者の生活に入り込みます。訴求ポイントは「こういうものを、こういう価格で売っていますよ」といった定量的なものが主になります。

一方、後者の伝達には、それに関心を持つ特定の人に、ダイレクトかつ継続的に情報を発信することが求められます。それはSNSの登場により、低コストで可能になりました。

訴求ポイントも「商売への思い」や「製造へのこだわり」といった定性的なものが主になります。また、SNSは日記的な投稿が歓迎されるので、提供者の「人となり」を伝えることができます。情報の受け手は、提供者をまるで友人のように慕うようになり、情報を心で受け止めてくれるようになります。

提供者と顧客との関係性にも決定的な差異を生みます。

「万人受けする便利なもの」の購買は、「取引関係」の意味合いが強く、顧客が商品・サービスの対価を払えば関係は終了します。取引は決して楽しいものではなく、むしろ面倒を伴うので、できるだけ早く、楽に、安く済ませたいと願います。コンビニエンスストアがその典型で、だからこそセルフレジが歓迎されるわけです。

「感性価値の高いもの」の購買は、「推し活」の性質を有します。つくり手・売り手の人柄に「好感」を持ち、仕事ぶりや人柄に「信頼」を寄せ、商売の思いに「共感」を抱きます。

顧客は、商品・サービスの対価を払うだけでなく、提供者に感謝や応援の気持ちを投げかけます。支払ったお金は「おひねり」の性質を帯びます。

もはや顧客は、単なる消費者ではなく、提供者にモチベーションと、試行錯誤を支える財務的基盤を与える「生産者」なのです。

顧客は、自分が応援したことで、提供者が喜ぶ顔を見ることが嬉しいし、応援された側も「もっと喜ばれたい」と思い腕を磨くという、応援の循環が生まれます。

私は「好感」「信頼」「共感」を合わせて「関係性資産」と呼んでいます。関係性資産が醸成されると、業績は急に良くなったり悪くなったりせず、非常に安定します。それが「自前のベーシックインカム」と名付けた所以です。

心の充足という、正解がない望みに応えるためには、たくさんの試行錯誤が必要になります。そこには粘り強いモチベーションと、試行錯誤に耐えるだけの収入基盤が必要になりますので、それらの源泉である「関係性資産」を構築することが最も重要であると考えるのです。

(※写真はイメージです/PIXTA)