毎月150冊出る新書からハズレを引かないための 今月読む新書ガイド
(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は2008年)

■01『電車の運転 運転士が語る鉄道のしくみ』宇田賢吉・著/中公新書

■02『ポスト消費社会のゆくえ』辻井喬、上野千鶴子・著/文春新書

■03『グーグルに勝つ広告モデル マスメディアは必要か』岡本一郎・著/光文社新書

■04『著作権という魔物』岩戸佐智夫・著/アスキー新書

■05『変貌する民主主義』森政稔・著/ちくま新書

■06『愚か者、中国をゆく』星野博美・著/光文社新書

■07『象徴天皇制と皇位継承』笠原英彦・著/ちくま新書

■08『日本をダメにした10の裁判』チームJ・著/日経プレミアシリーズ

■09『カレーライスの謎 なぜ日本中の食卓が虜になったのか』水野仁輔・著/角川SSC新書

■10『クモの糸の秘密』大﨑茂芳・著/岩波ジュニア新書

今回(5月発売分)の新刊は135冊。日経プレミアシリーズが6点を携え創刊しました。目玉は小泉元首相の『音楽遍歴』ですが、これはパスします(笑)。

①42年間JR(国鉄)で運転士を務めた著者が、電車のしくみと運転の仕方を解説した本です。本当にただそれだけの本で、新人運転手のテキストにそのまま使えそう。しかし、贅肉を削ぎ落とした、わずかなディテールをもおろそかにしない綿密な記述は、実用書といったレベルを超えた不思議な感銘をもたらすでしょう。各章の扉に鉄道をモチーフとした短歌や俳句が掲げられておりどれも面白いのですが、これらを「鉄道文学」というなら、この本もまた文学作品です(通俗な意味ではなく)。
電車の運転―運転士が語る鉄道のしくみ
『電車の運転―運転士が語る鉄道のしくみ』(中央公論新社)著者:宇田 賢吉


②セゾングループの社史編纂にもかかわった上野千鶴子を聞き役に迎え、元セゾン総帥・辻井喬(堤清二)が、自らの足跡を振り返りつつ、戦後消費社会と消費社会のこれからについて語った一冊。教養、というとややズレるのですが、元共産党の作家(詩人)にして経営者という複雑な人格が見る消費社会はそれに応じてやや分裂気味なのに(厚みともいえますが)、一方で、ペンネームの「辻井喬」と実業家の「堤清二」がさほど乖離していないあたりが面白い。

ポスト消費社会のゆくえ
『ポスト消費社会のゆくえ』(文藝春秋)著者:辻井 喬,上野 千鶴子

③タイトルに「グーグル」とあると「またか」と引いてしまう昨今ですが、ウェブ2.0幻想に食傷した人こそがターゲットでしょう。マスメディアとインターネット(とくにグーグル)、それぞれにおける広告機能の本質的差異を明示し、各メディアの採るべき戦略を浮き彫りにしていきます。殺伐とした理詰めの果てには、マスメディアは民主主義を担保しうる最後の砦、という意外な結論が。

グーグルに勝つ広告モデル~マスメディアは必要か~
グーグルに勝つ広告モデル~マスメディアは必要か~』(光文社)著者:岡本 一郎

④ノンフィクション作家による著作権をめぐる冒険です。手放しで「おすすめ!」とは言い難い本なのですが(とくに、インターネット先進ユーザーの会「MiAU」以降)、最近の著作権問題と、重要プレーヤーの見解が概観できるのでピックアップしました。

著作権という魔物
著作権という魔物』(アスキー・メディアワークス)著者:岩戸 佐智夫

⑤陳腐なお題目に成り下がっている「民主主義」。その意義と変遷を現在の目で掘りかえした、ありそうでない主題の一冊です。新自由主義以降の世界、つまり「いまここ」における民主主義の意味を問いなおすという現実味のある着地点を設定しているのですが、議論が難しすぎるのが残念。

変貌する民主主義
『変貌する民主主義』(筑摩書房)著者:森 政稔

天安門事件の2年前、留学先で知り合った著者とアメリカ人マイケルの、香港からシルクロードへいたる一大鉄道旅行記です。が、記述の大半は汽車の切符のこと。ともかく取れない! なぜこんなに切符がないのか――不合理きわまりない鉄道システムに運ばれる旅をとおし洞察された、まだ市場経済導入以前だった中国の、20年前のリアルな姿。これはちょっと白眉ですね。長く読み継がれるに違いない一冊です。

愚か者、中国をゆく
『愚か者、中国をゆく』(光文社)著者:星野博美

⑦05年に起こった皇位継承問題はまだ記憶に新しいところ。皇統断絶は戦後GHQにより仕掛けられた「時限爆弾」だったのだ、象徴天皇制を守るには皇室典範の改正が急務である! と著者は断言します。システムとして天皇制を捉えた一冊。

象徴天皇制と皇位継承
『象徴天皇制と皇位継承』(筑摩書房)著者:笠原 英彦

⑧映画『それでもボクはやってない』は、冤罪の痴漢が有罪確定してしまう裁判の不条理を描いた秀作でした。本書は不正義を助長している判例10例を分析したもの。裁判といえども絶対に正しいというわけではないのです。

日本をダメにした10の裁判 日経プレミアシリーズ
『日本をダメにした10の裁判 日経プレミアシリーズ』(日本経済新聞出版社)著者:チームJ

⑨「インド人もびっくり!」というカレー・ルーのCMがありましたが、日本のカレーを食べさせると、本当に、インド人は口を揃えて「うまい!」というのだそうです。そんなスペシャルな日本のカレーの秘密を、歴史を振り返って解き明かします。さらにおいしくする「四種の神器」つき。

カレーライスの謎―なぜ日本中の食卓が虜になったのか
カレーライスの謎―なぜ日本中の食卓が虜になったのか』(角川SSコミュニケーションズ)著者:水野 仁輔

⑩クモの糸にぶら下がる――なぜか人間の本能に訴えかけるこの夢は、いまや実現しているのです。30年間、実現に取り組んできた著者が明かすクモの糸のミステリー。

クモの糸の秘密
『クモの糸の秘密』(岩波書店)著者:大崎 茂芳


【書き手】
栗原 裕一郎
評論家。1965年神奈川県生まれ。東京大学理科1類除籍。文芸、音楽、経済学などの領域で評論活動を行っている。著書に『〈盗作〉の文学史』(新曜社。 第62回日本推理作家協会賞)。共著に『石原慎太郎読んでみた』(中公文庫)、 『本当の経済の話をしよう』(ちくま新書)、 『村上春樹を音楽で読み解く』(日本文芸社)、 『バンド臨終図巻 ビートルズからSMAPまで』(文春文庫)、『現代ニッポン論壇事情 社会批評の30年史』(イースト新書)などがある。

【初出メディア】
Invitation(終刊) 2008年8月号
天安門事件の2年前、市場経済導入以前だった中国のリアルな姿