テレビアニメ『声優ラジオのウラオモテ』(TOKYO MXほか)の第1話4月10日に放送された。同じ高校に通う現役女子高生声優コンビの活躍を描く声優青春エンターテインメントで、伊藤美来が歌種やすみ(本名・佐藤由美子)、豊田萌絵が夕暮夕陽(本名・渡辺千佳)を演じている。声優デビュー当時やラジオにまつわる思い出、2話以降の見どころを聞いた。(撮影:上野留加/文:遠藤政樹/編集:櫻井偉明)

【写真】ミニスカ姿で美脚チラリ!豊田萌絵&伊藤美来のソロショットも

■デビュー当時、声優活動を周囲に明かしてた? 伊藤美来豊田萌絵は正反対の答え

 素顔は根暗な地味子・夕暮夕陽(本名・渡辺千佳)と生粋のギャル・歌種やすみ(本名・佐藤由美子)は、収録が終われば大ゲンカをするほど仲が悪い。しかし、プロ根性で世界をダマし、作品ではファンにバレたら終わりの前途多難な声優ラジオの様子が描かれている。

――やすみと夕陽は声優活動をクラスメイトに隠していますが、お二人も10代後半から声優活動を始めています。その頃は友人に声優だと打ち明けていましたか?

【伊藤】 やすみと夕陽と一緒で周囲に言っていなかったです。仕事があるときは、友達から「この後、遊ぼうよ」と誘われても、勉強は苦手なのに「ちょっと塾があって」みたいなウソをついていました(笑)。結局、高校3年生ぐらいでバレましたが、それまでは全然バレなかったです。

――豊田さんはどうですか。

【豊田】 私はバリバリ言っていました!(笑)むしろみんなに「声優になってくるね!」と言っていたぐらいです。オーディションに受かったのもすぐ報告しました。当時からみんな応援してくれていて、一緒にサインを考えてくれたり、今でもイベントに内緒で来てくれて、うちわを作ってくれたり(笑)応援団みたいな感じです。先生にも、もちろん言っていましたし、誰にも隠していなかったです。

――お二人のスタンスは真逆ですね。作中の2人が周囲に隠している心情は理解しやすかったでしょうか?

【伊藤】 そうですね。心配させたくないとか、売れなかったら恥ずかしいというのもあって言わない気持ちはわかります。

【豊田】 私の場合は茨城出身で、美来は東京という違いは大きかったかも。茨城の噂は東京にまでは届かないみたいな田舎的感覚があって、周りのみんなも「すごい!東京に行くの!?」のような、ビッグイベント的な雰囲気がありました。夕陽とやすみは東京出身なので、地域性で周囲に明かすかどうか心情の違いはあると思います(笑)。

■ラジオのフリートークで困ったときの対応法

――ラジオがテーマの作品ということで、伊藤さんと豊田さんもラジオ経験がある中、第1話ではネタにちょっと困るシーンもありました。お二人が実際にラジオをやっていてトークのネタに困ってしまった経験はありますか。

【伊藤】 私は毎回、困っていました(笑)。今は週1で1個しゃべるかぐらいで頻度が減りましたが、以前8本録りがあったときは、フリートークと言われても、1個出せるか出せないかみたいな感じで大変でした。携帯に保存された写真を見ながら「何かなかったかな…」と探しても、仕事の写真しかなくて……。

【豊田】 逆にもうネタがないことをネタにしていましたね。

【伊藤】 私的には自分自身に幻滅していました(笑)今振り返ると、もっとアンテナを張って生活するべきだったなと反省しています。

――成長への糧となったのですね。ではそういった状況になった際、どう切り抜けていたのでしょうか。

【伊藤】 素直に何もないですと言っていました(笑)そうするとブースにいる作家さんが少し話題を振ってくれるんです。「これあったよね」とか「こういうのをやっていなかった?」と、こそっと言ってくれたりカンペで出してくれたりしました。あとはリスナーさんに話題を募集したりもしていました。

【豊田】 してたね(笑)。私は困ることはなかったです。ネタがなくてもネタを作るのが好きだったので。

――どういうことでしょう。フィクションということですか?

【豊田】 作り話はしていないです!(笑)。でも困ることはなかったかな。

――ネタが舞い込んでくるのか、それとも自分からネタを探しに行くのでしょうか?

【豊田】 舞い込んできていました。私の場合、エピソードトークが多くて。「どこどこに行ってきた」とか「こないだ何したらこういうことがあって」といった割と日常を友達に話す感覚で、オチがあるないではなく、その出来事を話すと何となくオチがついていました。

――それはすごい!それでも舞い込んでこなかったら、どう切り抜けていたのでしょうか。

【豊田】 本当にないときは、ディレクターさんとか作家さんとかマネージャーさんを巻き込んで、サイコロで出た目の人にしゃべってもらうなど、困ったら困ったでそれを正解にするような違うコーナーを勝手に作っていました。スタッフさんたちは震え上がっていましたけど(笑)。

――第1話終盤には公開録音のシーンもありましたが、お二人も最初にファンの方々と交流したときの思い出はありますか。

【伊藤】 初めてお渡し会で話したとき、すごい熱量にびっくりした記憶はあります。そんなに私のことを好きでいてくれる人がいると思っていなかったので、「好きです」と伝えられて、「声優として活動している」という実感が湧きました。

【豊田】 ファンの方と話す機会よりも前でしたが、初めてファンレターをいただいたとき、私も出る側の人間になれたというのを実感しました。まだ自分がメインで出る場がそこまでなかった頃だったので、「みつけてもらえていた!」みたいなうれしさを感じたのは忘れられないです。表に出る人間になっていると自覚した瞬間でした。

■ユニット新人時代のキャラ作りは「方針間違ってた(笑)」 黒歴史は否定

――やすみと夕陽は声優として素の性格や行動を変えていますが、お二人は声優デビューした頃、何かキャラ作りのようなものはしていましたか?

【豊田】 ユニットの方針でやっていましたね(笑)。ユニットはアイドル的な活動だったので、やっぱりアイドルには名乗り、自己紹介が必要だとなって、キャッチコピーを作りました。

【伊藤】 なぜ必要だったのかはちょっと覚えていないけど、当時はそういう結論に至って(笑)。勉強は全然だけど、見た目が真面目そうに見えるところから「学級委員長」となりました。

【豊田】 今思うと方針、間違っていたね(笑)

【伊藤】 すごく間違っていた。学級委員キャラじゃないのは、周りの人にすぐバレました。途中で私もそれに気づいて言わなくなりました。言うみたいなふりして言わないというのを、勝手にやっていました。

【豊田】 ちょっとした反抗期(笑)。今は逆にもう一周回って言えるよね。私は「全国のお兄ちゃんの成績を下げてしまう魔性の妹」というキャッチコピーでした。

――だいぶ練られていますね。

【豊田】 私が考えたというかプロデューサーさんが「これがいいのでは」と考えてくれた記憶があります。簡単に言うと。妹キャラをやっていました。

【伊藤】 いい時代だったね(笑)。黒歴史とかじゃなく、すごく良かった。

【豊田】 楽しかったよね。だからキャラクターが大事という由美子たちの気持ちはめちゃめちゃわかります。

――やすみと夕陽は声優2~3年目の新人です。お二人の新人時代のエピソードを聞かせてください。

【豊田】 新人の頃はアフレコの見学はよくせてもらっていました。実は私のデビューは、先輩の石原夏織さんのアフレコを見学させてもらいに行ったとき、ガヤ収録に「参加しちゃいなよ」と言われて下校する生徒のガヤで参加したら、クレジットにも載せてもらえてデビューとなりました。先輩の粋な計らいによってデビューができたという思い出です。

――きっと一生忘れられないような出来事ですね。伊藤さんはどうでしょうか?

【伊藤】 『アイドルマスター ミリオンライブ!』がデビューで、歌の収録に向けて事前にマネージャーさんとスタジオを借りてかなり練習して行きましたが、本番を迎えると緊張で声が出なくなってしまって。ブースの外からマネージャーさんが「あんなに練習したでしょう」みたいなジェスチャーで応援してくれて、背中を押してもらいました。レコーディングや声優の仕事の大変さを知りました。

――最後に、第2話以降の見どころをお願いします。

【伊藤】 キラキラしたアイドル声優やJKの物語かと思いきや、結構スポコンというか。キラキラの奥にはこんなにがむしゃらにドロだらけになって頑張っているウラもある。声優はこういう仕事、キラキラだけじゃない職業というのが伝わるのでは思います。由美子と千佳が人間として声優としてどう成長していくのかを見守ってもらえたらうれしいです。

【豊田】 この作品は人間ドラマで、この先2人がどう成長していくのか、どんな展開になっていくのかを見てほしいです。また、ハートタルトというユニットが結成されてライブのシーンがあるのですが、劇中アニメの主題歌のユニットなので、夕陽によるキャラソンになり、私にとってはキャラソンキャラソンという初めてで面白いことが起きています(笑)。夕陽のキャラ声でもないし…と思考錯誤しながら録ったので、そういうメタ的な面白さにも注目してもらえたらなと思います。

(左から)豊田萌絵、伊藤美来  撮影:上野留加(C)ORICON NewS inc.