企業の価値創造活動の仕方が変わった。『AIファースト・カンパニー』(原題「Competing in the Age of AI」、マルコイアンシティ、カリム・R・ラカーニ著、吉田素文監訳、英治出版)は、産業革命以来続いてきた大量生産という価値創造活動の在り方から、新たな価値創造活動の在り方に産業界が移行し始めたことを宣言した最初の本だと思う。 

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 これまでの企業活動は、大量生産という方法で価値を創造してきた。製品を一つ一つ生産するよりも大量に生産することで、一個当たりの生産コストが下がる。つまり大量に生産することで、価値を創造できるわけだ。製造業は当然のことながら、スーパーマーケットコンビニエンスストアなどの小売業でさえ、この大量生産的な考え方で価値を創造してきた。

 ところが、この大量生産という方法には1つ問題がある。規模が小さいうちは創造される価値は大きいが、規模が大きくなるにつれ創造される価値の増加率が小さくなっていくのだ。経済学で言うところの収益逓減の法則だ。(図の中の「伝統的なオペレーティング・モデル」)

 一方でAI時代の価値創造の方法だと、収益は逓増する。規模が大きくなればなるほど、指数関数的にもうかるようになるのだという(図の中の「デジタル・オペレーティング・モデル」)。

●AI時代でのみ有効? 収益が倍々ゲームになるワケ

 なぜそのようなことが可能なのか。本の中では「AIファクトリーの好循環」という言葉でこの現象を説明している。AIファクトリーというオペレーションの仕組みでは、AIで作業を自動化するだけでなく、人間が行ってきた判断さえもAIで自動化することで、スピード、コスト、正確さの面で、より効率的な実行が可能になる。効率がよくなれば利用客が増え、事業が拡大し、ネットワーク外部性が働きやすくなる。そうなればプラットフォームの価値がさらに高まり、より多くの顧客を引き付ける。

 そしてこのサイクルが回り続けることで、指数関数的に価値が高まるのだという。AIがほぼ無人の先進的な工場のように勝手に価値を生み出し続ける。なので著者はこの現象をAIファクトリー(工場)と名付けたのかもしれない。

 この「AIファクトリーの好循環」の現象を、エクサウィザーズの大植択真常務取締役は、著書『Web3時代のAI戦略』(日経BP)の中で、「AIぐるぐるモデル」という言葉で表現している。同書は『AIファースト・カンパニー』の原書『Competeing in the Age of AI』に大植氏がインスパイアされて書いた本だ。

 AIは大量のデータの中にあるパターンを見つけ出し、賢くなる。AIが賢くなると製品やサービスの質がよくなる。質がよくなると、顧客が増える。顧客が増えるとデータが増える。データが増えるとAIがさらに賢くなる。さらに賢くなると、製品の質がさらによくなる……。人を介さないので、このサイクルはぐるぐると勝手に回り続け、勝手に事業が拡大する。これが「ぐるぐるモデル」の基本的な仕組みだ。

 個人的には「AIファクトリーの好循環」より「AIぐるぐるモデル」という表現や説明の方が、この概念をイメージしやすいのではないかと思うが、どうだろうか。

 ぐるぐるモデルの分かりやすい事例は、検索エンジンだろう。キーワードで検索すると、そのキーワードに関連するWebページがリストアップされる。検索エンジン側のAIに、どのキーワードのときにユーザーがどのWebページにアクセスしたのかというデータが集まる。そのデータを基に、次に同じキーワードで検索された場合に、どのWebページをリストの上位に表示するのかを決める、という仕組みだ。

 またキーワードの漢字表記やスペルを間違った場合でも、「もしかして」と正しい漢字やスペルを提案してくれることがあるが、これも結局どのWebページにアクセスしたかというデータから、ユーザーが意図した漢字やスペルをAIが推測してくれる仕組みだ。

 こうした仕組みは、ユーザーが増えれば増えるほど、データが増える。データが増えれば増えるほどAIが賢くなる。キーワード検索の領域で後発の検索エンジンがGoogle検索をなかなか超えられないのは、Google検索のぐるぐるモデルが回っているから。性能がどんどん勝手に向上し、後発が追いつけないからだ。

 検索エンジンのようにAIが核になっているサービスでなら、ぐるぐるモデルの重要性を理解しやすいだろう。しかし『AIファースト・カンパニー』の中では、IKEAやWalmartのような店舗を持つ企業やフィットネススタジオまでもが、ぐるぐるモデルで業績を上げた事例として取り上げられている。一般企業にも、この価値創造の仕組みの変化が当てはまるというわけだ。

 実は、このぐるぐるモデルの図を私が最初に見たのは、7年前のことだった。当時リクルートのAI研究所の所長だった石山洸(エクサウィザーズ前社長、現チーフAIイノベーター)の講演のスライドの中にこの図があった。

 石山は、この図がAIビジネスの神髄であると語っていた。私がこれとまったく同じ図を『Competing in the Age of AI』の中に見つけたときは、驚きを隠せなかった。この本の著者であるハーバード大学の教授の2人も、石山も、同じことに気付いていたわけだ。違いは、石山がこのモデルをAIビジネスの神髄と捉えていたのに対し、著者の教授の2人は、これからの多くの企業の価値創造の手法の主流になるとまで宣言したことだ。

●生成AI時代に、ぐるぐるモデルはさらに重要に

 しかし本当にぐるぐるモデルが全ての企業の価値創造の手法になるのだろうか。検索エンジンのようにAIが核になるサービスならまだしも、一般企業にとってAIがビジネスの中核になることなどあるのだろうか。2年前にこの本の原書を読んだときは、本の中に引用された一般企業の事例を見ても、無理やりこじつけているようにしか見えなかった。

 そんな中、生成AIの時代が到来した。生成AIはホワイトカラーの業務の生産性を大幅に向上させることは間違いない。ただ多くの人がまだ気付いていないのが、生成AIによって企業のDXが、まったく別の次元にまで昇華される可能性だ。

 生成AIの代表は言語AIである。言語AIをチャット型にしたChatGPTは、それ単体でもホワイトカラーの生産性を向上させるが、プラグインと呼ばれるプログラムやデータベースとつながることによって、その可能性が何十倍、何百倍にも拡大する。

 同様に今後企業が言語AIを導入し、言語AIにありとあらゆるソフトやデータベース、機器をつなげていけば、言語AIがソフトやデータベース、機器を操作するようになる。「こういうシステムを構築して」と命令すれば、言語AIがどのプログラムとどの機器を結びつけるべきかを自分で判断してシステムを構築するようにもなるだろう。さらには「顧客満足度を10%向上させて」というような具体策を示さない命令にも、言語AIはいろいろなプログラムや機器を操作し、目標を達成するまで試行錯誤を繰り返すようになるだろう。

 マーケットが変化したり消費者のニーズが変化したとしても、言語AIが即座にシステムを改良してくれるようになるかもしれない。使えば使うほどAIはぐるぐるモデルで賢くなる。言語AIのおかげでシステムを考案したり構築したりする部分までが、ぐるぐるモデルの中に取り込まれることになるわけだ。これが今後の企業DXの方向性だ。

 エクサウィザーズは、こうした時代が来ることを早くから予見し、相互に接続しやすいような形にしたAIモデルやツールを「exaBase」というAIモデルを中心としたプラットフォームの中に取りそろえてきた。またそれをパズルを組み合わせるような手軽さで接続できるようにした「exaBase Studio」というノーコード・ローコード的なツールも開発している。そして言語AIでexaBase Studioを操作できるようにもなってきた。

 『AIファースト・カンパニー』の原書が執筆されたのは、今回の生成AIブームが始まる前。なので生成AIが企業システムに与える影響には言及されていない。しかしAIのぐるぐるモデルを回さなければならないというこの本の主張は、生成AI時代になった今、さらに的を射たものになってきたと言えるだろう。

 ChatGPTで生成AIブームを巻き起こした米OpenAI社のSam Altman(サム・アルトマン)は、言語AIを活用してfly wheel効果を生み出した企業が、それぞれの業界に君臨するようになると予測している。「中にはGoogleを超えるような大企業も誕生することだろう」と語っている。

 fly wheelとは「はずみ車」のことで、はずみ車とは一度回転し始めると回転に弾みがつく仕組みだ。fly wheel効果とはデータが増えれば増えるほど、AIが賢くなっていく現象のことを意味しており、ぐるぐるモデルのことを指している。つまりぐるぐるモデルがこれからの企業の成功の法則になるという話だ。逆に言えばAIのぐるぐるモデルを回せない企業は、周りの企業が収益を指数関数的に伸ばしていく中で、競争に負けてしまうということだ。

 生成AIの登場で、全ての企業はAIファースト・カンパニーになっていく。企業の価値創造活動は、この方向で進化していくことは間違いない。著者の2人の教授が宣言したように、企業の価値創造活動の仕方が、大量生産時代とはまったく異なるものになろうとしている。生成AIの登場で、その動きは今後加速していくことになりそうだ。

(エクサウィザーズ AI新聞編集長 湯川鶴章)

AI時代の価値創造の方法は?