BTSSEVENTEEN、NewJeans、LE SSERAFIMなどグローバルアーティストを擁するHYBE。K-POPビジネスのトップランナーが、今度はゲーム業界に本格参入する。

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 アクションRPG『星になれ ヴェーダの騎士たち』を4月2日にリリースし、サービスを開始した。数々のグローバルアーティストを輩出してきたHYBEが、なぜゲーム事業に本腰を入れるのか。同社のゲーム事業を手掛けるHYBE IMのチョン・ウヨン代表取締役を直撃した。(武田信晃、アイティメディア今野大一)

平手友梨奈をグローバルモデルに起用 業界参入の理由は? 

 『星になれ ヴェーダの騎士たち』は、“プレニス大陸”の闇の中で繰り広げられる2DアクションRPGだ。圧制と闇に立ち向かう盛大な物語をテーマにしている。2014年に韓国のFLINTが開発し、世界で累計2000万ダウンロードを突破した「ドラゴンスラッシュ」の続編となる作品で、HYBE IMがパブリッシャーとして携わる。グローバルモデルには、HYBE JAPAN傘下のNAECOに所属している平手友梨奈を起用した。

 筆者も体験させてもらったが、グラフィックは非常に美しく、快適な操作性が印象的だった。自分のゲーマーとしての能力も試されるゲームだと感じたので、クリアした時の達成感は大きそうだ。

 エンターテインメントライフスタイル・プラットフォーム企業を標榜(ひょうぼう)するHYBE。事業は「レーベル」「ソリューション」「プラットフォーム」の3つを柱にしていて、HYBE IMはソリューション事業の1つに属する。音楽ビジネスが中心のHYBEがレッドオーシャンのゲーム事業になぜ参入したのか? チョン代表は永続性を持つための取り組みだと説明する。

 「HYBEの創業者であるバン・シヒョク議長の言葉を引用させてもらいますが、HYBEは総合的なエンターテインメントビジネスを展開しています。ゲームはエンターテインメントと関連した全ての要素が含まれている魅力的なコンテンツです。HYBE IMを通じて総合エンターテインメント企業としての永続性と競争力を強化していくために参入するのです」

 チョン代表はゲーム業界に20数年身を置いており、業界の表と裏を知り尽くしている。

 「最初はネクソンでゲームのプログラマーとして開発をしていました。その後、企画やプロデュースもするようになりました。同社のトップを務めていたパク・ジウォン氏が2021年にHYBEのCEOになったのですが、彼から誘いを受け、悩みましたが引き受けました」

 HYBEがゲームに力を入れるのは自然な流れという印象を受ける。だが、最初からゲームありきの話ではなかったという。

 「エンターテインメントビジネスは、いろいろな企業と競争しながら、消費者の余暇時間をどれだけ占有できるかという属性を持つ業界です。インタラクティブ性なくして占有枠に入ることができないという考えを、バン議長は10年以上前から持っていました。バン議長がパク氏と知り合い、20年にBig Hit Entertainment(HYBEの前身)に招へいしたわけですが、最初は『ゲームはしない』と言っていたそうです。しかし、一緒に働いているうちに、インタラクティブ性があるゲーム事業をすることになったそうです」

 人間には体が1つしかないため、音楽とゲームを同時に楽しむのは不可能だ。音楽とゲームは客層が微妙に異なるように思える。どのようにお互いの顧客に関心を持ってもらい、取り込もうとしているのか。

 「HYBEはエンターテインメントライフスタイル・プラットフォーム企業を目指していて、音楽やゲームのほかウェブトゥーン(デジタルコミックの一形態)も提供しています。つまり、顧客がどれを選んでも楽しめるプラットフォームの設計をすることが重要だと思っています」

 客層が重なればベターではあるものの、もし重ならなくても、個々に楽しんでもらえれば良いということだ。それは、SEVENTEENの「THE CITY」の記事でも紹介したように、収益化を第一の目的とするスタンスではない。基本的な考え方が日本とは異なるのだ。

●独自のIPを作ることが重要

 チョン代表は、24年にゲームパブリッシング事業に本格参入すると語った。自らゲームを開発することも視野に入れているようにみえる。

 「実は、区分を設けていません。大義名分は『良いサービスを顧客に提供すること』です。それができるのであれば、自社開発でもパートナー企業の作品を世に出すのでも、どちらでも構いません。確実に言えるのは、パブリッシャーだけで永続したビジネス展開はできないので、独自IPを持つことは重要です」

 例えば、任天堂はゲームをパブリッシングする一方で、マリオといったキャラクターも抱えている。HYBEはBTS平手友梨奈といったアーティストを抱えており、これをゲームに生かすことも、ビジネス的な展開としては可能性があるだろう。IPの方向性をどう考えているのか。

 「大勢のアーティストがいるので、ゲームの開発や販売をする際に、相乗効果を狙って活用するのはいいと思います。外から見ると、シナジーを生むために起用したように感じるかもしれません。しかしHYBE IMのIPとは、自ら創作した新たなIPを意味しています。なぜならゲームのファンがいて、それがコア化することでIP化できると思っているからです。ゲームのファンダムを作り、確保していくのが一番の目的なのです。究極的には、大勢のファンを獲得できれば売上増につながると考えています」

●良いゲームができたときにリリースしたい

 HYBE IMは多くの大手がすでにいる中で、後発企業としてゲーム業界に参入することになる。業界が抱える課題について聞くと、チョン代表は危機感を持っているようだ。

 「韓国のゲーム業界に身を置いている人間の視点でいえば、日本以外のアジアの特徴をみると、国ごとに特定のジャンルに売り上げが偏っていて、多様性が失われている気がしています。企業としては利益を追求するために、そちらに注力しがちなのは理解できますが、長期的な視点に立てばゲーム業界の成長を害してしまいます。多様なタイプのゲームに投資することが必要だと思います」

 チョン氏はプログラマーであり経営者でもある。自分は今、どちらだと思うかを問うと、苦笑した。

 「そうですね……。クリエイターの傾向が強めの経営者だと思っています。私がHYBE IMの代表にスカウティングされたのは、今述べたゲーム業界の課題における共通認識を持っていたからだと思っています。ビジネスの論理だけでなく、クリエイターの視点も持って経営してほしいという狙いが、きっとあったのでしょう」

 HYBE IMの従業員は120人で、そのうちエンジニアが4割を占めている。ゲームのリリース本数や頻度など、企業としてのスタンスを尋ねた。過去に筆者がアーティストのYOSHIKIにインタビューしたとき「スケジュールありきでリリースするのではなく、自分が満足する音楽ができたときにリリースするのが理想」という話をしていたからだ。

 「悩ましい点です。販売頻度が上がれば企業の認知度も上がる一方、ゲーム開発の労力は膨大ですからスケジュールを優先すると、質の高さを担保できずに客をがっかりさせる可能性があるからです。それでは開発者の夢も叶わないのです。弊社のスタンスも満足できてから販売するという方向を目指したいです」

 世界には強力なゲーム会社が無数にあるが勝算をどう考えているのだろうか。

 「競合他社より長けているといいますか、努力しているのは、ユーザーとの頻繁なコミュニケーションです。意見を直接聞くことに時間を割き、フィードバックをどのように反映させるのかも、私の過去の経験も踏まえながらやっていくのが、結果につながると信じています」

●ゲーム以外の周辺部分もコンテンツに

 筆者が面白いと感じたのは「開発は360度=全方位」だとチョン代表が話したことだ。

 「良いゲームを製作するのはもちろん、ゲームを作る時のストーリーも面白いですし、プレイ中のユーザーの話も面白いのです。それもコンテンツ化できると思っています。例えば、HYBEで歌を作る時のドキュメンタリーがあったりしますが、HYBE IMとしてもゲームのみならず、面白い話を発掘して、何かできたらいいと考えています」

 AIが世界的な広がりを見せているが、ゲーム業界でも活用方法は何か考えているのか。

 「当社もAIの研究をしていますが、いかなる状況でも創作者の権利を侵害してはいけないと考えていて、その範囲の中で利用していくという状況です。例えば『BTS Island:インザソム』というパズルゲームを開発した時、難易度を設定しないといけませんでした。何十万回とプレイしたAIが、難易度設定について私たちに提案してくれて、それをベースに設定しました。とにかくAIは、まだ社会的な合意も形成されておらず、法律も整備されていないため、慎重に扱っていきます」

 チョン代表が日本のゲームで感銘を受けたのは「真・三國無双シリーズ」や『悪魔城ドラキュラ -キャッスルヴァニア-』などだそうだ。日本のゲームにも親しんできたことが分かる。彼の話を通じて、HYBEとHYBE IMの企業風土、慣習、マーケティングなど多くのものが日本のスタイルとは異なるように見えた。ゲームを作る時のストーリーもコンテンツ化するというアイデアは日本人にはあまりないかもしれない。

 彼らのゲーム事業の成否は、今までのゲーム業界になかったことを具現化、製品化できるかにかかっていそうだ。

(武田信晃、アイティメディア今野大一)

インタビューに応じるHYBE IMのチョン・ウヨン代表取締役