12歳で離ればなれになった初恋の相手と、24歳で連絡が取れ、36歳でついに再会を果たす。大人になった2人は、かつて相手に抱いていた想いとどう向き合うのか…。そんな切なくも、共感度満点のラブストーリーが世界中の観客を夢中にして、今年のアカデミー賞では作品賞と脚本賞の2部門にノミネートを果たした『パスト ライブス/再会』(公開中)。驚くのは、監督デビュー作でこれだけの成果を成し遂げたこと。12歳でソウルからカナダへ移住したセリーヌ・ソン監督は、自身の体験を基に本作の脚本を書き上げた。ニューヨークで劇作家として活躍していた彼女が、初めての映画にどのように向き合ったのか。次回作などにも話がおよぶと、日本の俳優への熱烈なラブコールまで飛び出した。

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■「授賞式の一員になれたことは心からうれしかった」

3月10日(現地時間)に行われた第96回アカデミー賞では、残念ながら受賞はならなかったが、どんな気持ちで授賞式に出ていたのだろうか。

「受賞の確率は何パーセントなんだろう…なんて考えませんでしたが、初めての映画でノミネートされ、あのような授賞式の一員になれたことは心からうれしかったです。敬愛していた映画の作り手たちにも会えるわけですから。とりあえず受賞した際のスピーチのメモは用意していました(笑)。私は人前で話すことやアドリブが苦手です。でも書くことは仕事なので、それなりに得意。一応メモをポケットに忍ばせておきましたよ」

■「個人的な経験を映画にするのは、意味がある行為」

本作が、なぜアカデミー賞に辿りつけたのか。作品の魅力はもちろんだが、いま最も人気のスタジオ、A24が製作を手掛けたことも要因だろう。しかも『パラサイト 半地下の家族』(19)を手掛けた韓国のCJ ENMとの共同製作である。初監督作としては、最高の環境が用意されたと言える。

A24が私の脚本を読んでくれて、主要人物の3人が最善の人生を送ろうとする姿を評価してくれたのだと思います。その後、A24がCJ ENMと配給権などで合意してくれたおかげで、韓国での撮影ではCJが大きな助けになりました。私たちのスタッフは、みなニューヨーク出身なので、韓国へ向かうまでにどのような協力が得られるか理解できたのはよかったです」

作中で韓国系のノラは、アメリカ人の作家アーサーと結婚し、ニューヨークに暮らしている。そこにソウルから初恋の相手ヘソンが24年ぶりに訪ねてきて、3人はバーで会話をしている。この冒頭シーンは、ソン監督の実際の経験から生まれたものだ。

「個人的な経験を映画にするということは、私にとって意味がある行為です。同時にこれは、多くの人に伝える価値があるストーリーだと確信していました。本作の登場人物の衝動は、誰もが想像することが可能だからです。一方で、モデルになった私の夫や韓国の幼なじみを正確に描いたわけではありません。あの夜のバーでの会話が、新しい物語となって花を咲かせた感覚です」

■「セリフではなく、俳優の位置で意味を伝える」

アカデミー賞ノミネートが示すように脚本のクオリティが本作の魅力だが、同時に人物の捉え方から編集まで「演出」が秀逸なので、観る者は引き込まれてしまう。演劇の世界から映画へとシフトしたソン監督は、「映画の撮影では太陽の光をコントロールできないのが、演劇との大きな違い」と初体験での苦労を告白しつつ、演出に関しては経験が役立ったという。

「私は10年以上、演劇の世界を経験したことで、人物をどこに立たせるかという、ブロッキングの技術を学びました。人の配置がストーリーを作り出すのです。俳優とは“空間”および“時間”をうまく使って仕事をしてきました。『パスト ライブス/再会』では、そのブロッキングをカメラを通して行ったわけです。ノラとヘソンがメリーゴーランドの前に座っているシーンでは、2人の距離で、お互いのすべてを知らないもどかしさを表現しました。仲がよかった子ども時代の心は、すでに彼らの肉体には存在していません。でも大人の女性、男性としての欲求があり、近づきたいとも感じています。このように俳優をある場所から別の場所へ移動させる際に、セリフではなく位置で意味を伝える手法を、私は黒澤明監督の『天国と地獄』で学びました」

■「ユ・テオとジョン・マガロは、撮影の本番まで会わせないようにした」

俳優の演出に関しても、ソン監督の柔軟な対応、あるいはこだわりが発揮された。

「もちろん俳優たちには、そのシーンでなにを感じているべきかを正確に伝えます。『愛している』という感情を、まったく違うセリフで表現することもありますから、そこは俳優の演技にかかっています。クライマックスのUberのシーンのように、多くの指示を与えなかったケースもあります。俳優たちが『ここでこうする』と気にしすぎると、動きの流れが悪くなる可能性があったからです。また、ヘソン役のユ・テオと、アーサー役のジョン・マガロを、撮影の本番まで会わせないようにして、初対面の感情を出させようとしました。リハーサルの段階で、ノラ役のグレタ・リーには、彼らそれぞれに対し、『あの人は、こんな人』と前情報を与えてもらい、それによってテオとジョンは相手がどんな人なのかを想像します。そして実際に会った時、想像とどう違っていたのか、その印象をカメラで収めたかったのです」

ノラとヘソンは24歳でSNSでコンタクトをとり、Skypeで話すようになるが、このシーンの撮影でソン監督の苦心は実を結んだという。

「ノラとヘソン、それぞれの部屋のセットを作り、両方をケーブルでつなぎました。12年前という設定なので、ネットの通信が不安定な状況も再現したくて、両方が見えるブースにいた私が、あえて接続を悪くしたり操作したのです。俳優たちはラップトップの画面で相手を見て演技をしたのですが、その視線を観客にも感じてもらいたくて、モニター部分にカメラを向けたりして、かなり試行錯誤しましたね。そして部屋で話す俳優を撮る時は、彼らが孤独でいることを強調しました。それらをうまく編集することで、私にも予期せぬ効果が表れたと思います」

■「A24は、アーティストの希望を守ることを重視する」

韓国系アメリカ人だからといって、韓国のドラマやK-POPにはそこまで詳しくないというソン監督は、ヘソン役を選ぶ際、「韓国では、ある程度名が売れた俳優をオーディションする習慣はない」と知って驚くなど、カルチャーギャップも経験。それでも「ほかの映画やドラマを観ただけでは判断できない」と、ヘソン役のユ・テオをオーディションで選び、自分のやり方を貫いたりもした。本作の成功で期待される次回作は、再びA24と組み、富裕層向けのマッチングサービスを描いたロマンティックコメディになる予定。ダコタ・ジョンソンクリスエヴァンスに出演交渉中という噂だ。

「普通に暮らす人にとって最も劇的なのは、恋に落ちる経験でしょう。またもや私は自分の興味のある題材に取り組むことになります。A24はリスクを厭わないスタジオで、アーティストの希望を守ることを重視します。監督の編集の権利も守ります。『パスト ライブス/再会』で組んだ時も、初監督の私が物怖じしないように心掛けてくれました。ハリウッドのスタジオでこうした体制はとても珍しく、私はありのままの自分として映画を撮ることができるのです」

■「私は小栗旬と共に成長したと言ってもいいです(笑)」

では、映画作家として今後の野心はどうなのか。黒澤明の話も出たので、もしかして日本の才能でソン監督の心を刺激し、今後、一緒に作品を作りたい人もいるのではないか。そんな質問をぶつけると、うれしそうに次のような答えを返してきた。

小栗旬!私は彼と共に成長したと言ってもいいです(笑)。映画では『クローズZERO』や『銀魂』で夢中になりました。彼は何歳?(自分でパソコンで調べながら)41歳ですか。あのキャリアだから、もうちょっと上かと思ってました。小栗旬は英語も話すんですね、それはラッキー。いつか一緒に仕事をしたいです。『銀魂」はほかの俳優も好きで、メガネのキャラを演じた人も気になってます(志村新八役の菅田将暉か)。私はマンガが大好きで、『NARUTO -ナルト-』や『ONE PIECE』はもちろん、『DEATH NOTE』や『BLEACH』を愛読していて、これらは私のカルチャー世界で大きな部面を占めてるんですよ。いまは『進撃の巨人』も読みたくて…。同時に宮崎駿作品の大ファンですし、あとは金城武。ウォン・カーウァイ映画の彼はすばらしい」

小栗旬、金城武と、セリーヌ・ソン監督の好きな俳優の傾向はなんとなく伝わってくる。彼女と日本人俳優とのコラボレーションがいつ観られるのか。その未来は、それほど遠くない気もする。

取材・文/斉藤博昭

宮崎駿の「崎」は立つ崎が正式表記

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