厚生労働省・環境省

近代国家の基礎は官僚制と常備軍である。今もそれは変わらない。政府の仕事が増えている今日、優秀な官僚機構がなければ国家は動かない。しかし、官僚は試験で採用されており、選挙で選ばれた政治家と対立することがある。

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■スポイルズ・システム(猟官制度)

日本国憲法前文には、「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動」すると記されている。官僚は国民に奉仕する公僕であり、国民の代表である政治家が官僚を指揮する。自由な民主主義国家においては、選挙の結果成立した政権に官僚は従うべきであり、政権交代が頻繁にあると、そのことが認識される。

アメリカでは、建国以来、政権交代があると、主要官庁の幹部のみならず、下級役人や町の郵便局長まで交代させられた。これを猟官制度(spoils system)と呼ぶ。こうなると、官僚が政治に翻弄されることにもなり、近代官僚制が損なわれる危険性がある。

その行き過ぎに対抗するためには、官僚の「中立性」や「自律性」が必要であり、その点では、日本やフランスは、先進民主主義諸国の中で高く評価される官僚制を維持してきた。

 

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■トランプが返り咲いたら?

アメリカ大統領選挙の結果がどうなるかは予測できないが、トランプ勝利の可能性は十分にある。日本をはじめ諸外国も、「もしトラ」に備えて、トランプ・シフトをとりつつある。

トランプは、「腐敗したワシントンに民主主義を取り戻すために、質の悪い官僚たちを排除する」と述べている。トランプは大統領任期が終わる直前の2020年に大統領令を発令し、仕事ぶりの悪い連邦政府の役人を解雇できる道を開いた。しかし、次期大統領に当選したバイデンは、この大統領令を失効させている。

もし、11月にトランプが当選すれば、4年前の大統領令を復活させる予定である。そうなると、かつての猟官制度の復活ということになり、官僚の任用は、能力ではなく、トランプへの忠誠度が基準になってしまう。

従来は、政権交代に際して閣僚などトップ行政官約4千人が交代する慣わしであったが、これに加えて、約5万人が政治任用されるという。官僚機構の能力低下が懸念される。

 

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■政権交代

難しい公務員試験を合格した日本の官僚の優秀さはよく知られているが、政権交代が頻繁になく、自民党が長期にわたって国政を支配している日本では、官僚の「中立性」や「自立性」が深刻な問題として浮上したことはあまりない。日本では、「自民党·霞ヶ関連合体+経済界」が政治を主導していると言っても過言ではない。

2009年9月から2012年12月まで民主党政権となったが、外交防衛政策をはじめ多くの政策分野で大きな転換はなかった。

2012年12月の総選挙で政権復帰した自民党は、民主党政権に協力的であった幹部官僚たちを左遷した。選挙で選ばれた政権に官僚が協力するのは当然の義務であるが、この自民党の安倍政権の対応は問題であった。この結果、優秀な役人が抜けた省庁では政策の効果的な遂行ができなくなった。厚生労働省新型コロナウイルス対策がその典型例である。

 

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■内閣人事局

霞ヶ関の省庁の縄張り争いについて、かねてから「省あって国なし、局あって省なし」と言われるような状況であった。そこで、この縦割り行政を改革し、一省庁のためではなく、国家全体のために働く官僚を養成するという名目で、2014年5月30日に創設されたのが内閣人事局である。この組織は内閣官房の下に置かれ、内閣が各省庁の幹部職員の人事を一元的に扱うことに決まった。

ところが、実際に運用してみると、プラスよりもマイナスのほうが大きくなった。制度自体に問題があるのではなく、運用に歪みがあったのである。

人事権が官邸に移るということは、皆出世したいので、幹部官僚は官邸のご機嫌を伺うようになる。それが、森友、加計、「桜を見る会」に見られるような忖度行政につながったのである。

 

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■安倍政権の問題点

しかも、各官庁から派遣される首相の秘書官の在任期間が長すぎた。首相であれ、大臣であれ、秘書官は2年くらいで後退させるのが普通であり、首相や大臣の好き嫌いや好みが考慮されるわけではない。

ところが、安倍政権の下では、それとは逆のことが行われた。その結果、選挙で選ばれたわけでもない官僚が異常な権力を持ち、世間の常識も通じなくなってしまった。アベノマスク、アベノコラボ、GoToTravelキャンペーンなど、失敗が山積した。結局、この人事がコロナ対策の失敗を生み、安倍退陣を早めたのだから皮肉のものである。

官僚と政治家の関係をどうするのか、民主主義の大きな課題である。

 

■執筆者プロフィール

舛添要一

Sirabeeでは、風雲急を告げる国際政治や紛争などのリアルや展望について、元厚生労働大臣・前東京都知事で政治学者の舛添要一(ますぞえよういち)さんが解説する連載コラム【国際政治の表と裏】を毎週公開しています。

今週は、「官僚」をテーマにお届けしました。

【舛添要一連載】「もしトラ」でアメリカはどうなる? 官僚機構の能力低下に懸念も