定年退職か再雇用か、年金はいつから受け取るか、など老後について考え始める機会が増える50代~60代。年金制度や各種手当について知っているかどうかで、老後の手取り額も大きく変わることをご存じでしょうか。本記事では、Aさんの事例とともに退職のベストタイミングについて、FP1級の川淵ゆかり氏が解説します。

定年退職の年齢

2013(平成25)年4月に「高年齢者雇用安定法」が改正されましたが、これにより希望者は原則65歳まで継続して働けるようになりました。企業の定年年齢は何歳になっているのでしょうか。

厚生労働省「就労条件総合調査結果の概況」(令和4年)によると、定年制がある企業のうち一律に定年制を定めている企業は96.9%で、そのうち60歳を定年とする企業は72.3%、65歳とする企業は21.1%となっています。なお、勤務延長制度や再雇用制度がある企業のうち、「再雇用制度のみ」は63.9%、「勤務延長制度のみ」は10.5%、「両制度併用」が19.8%という割合です。

65歳定年の企業に勤務していた同期入社のAさんとBさんの給与はともに月収約50万円。2人ともまだまだ元気で、働く気力は十分にあります。

Aさんは定年となる65歳まできっちり勤め上げましたが、Bさんは64歳11ヵ月で突然退職してしまいます。Aさんは、「なぜ、Bは定年退職目前で辞めてしまったのだろう?」と不思議に思っています。

65歳以上で定年退職した場合に受給できる「高年齢求職者給付金」

さて、元気なAさんは定年退職後もなにか仕事はないか、とハローワークを訪れ、就職活動を始めます。そして、65歳以上が受給できる「高年齢求職者給付金」があるということを知ります。

なお、高年齢求職者給付金を受給するには、以下の3つの条件をすべて満たしている必要があります。

■受給条件 ・離職日以前の1年間に、被保険者期間が通算6ヵ月以上あること。 ・ハローワークに求職申し込みをしていること。 ・現在失業中であること。

また、支給額は次のように計算されます。

■支給額 給付金額=基本日額×支給日数 基本日額=退職前6ヵ月の賃金合計÷180(日)×5割~8割程度 通勤手当や役職手当などの各手当は含めて構いませんが、賞与など臨時の賃金および3ヵ月を超える期間ごとに支給された賃金は除きます。 支給日数は、雇用保険の被保険者期間が1年以上の場合は50日、1年未満は30日

なお、高年齢求職者給付金は一時金で支給されます。公的年金との併給調整は行われないため、受給しても年金が減らされることはありません。

Aさんは、思ってもみなかった一時金に喜びますが、ある日、高校の同級生だったCさんと食事に行き、驚きの話を聞かされます。

Bさんが突然辞めた真相が明らかに

Cさん:「へぇ。65歳が定年退職の会社って羨ましいなぁ。僕の会社は60歳だったよ」

Aさん:「求職者給付金とかいう一時金まで支給されたから得した気分だよ」

Cさん:「あれ? 失業手当じゃなくて? 僕は仕事が決まるまで何ヵ月か失業手当をもらえたよ。65歳になっちゃうともらえないのかなぁ?」

Aさんは、この話を聞いて調べたところ、65歳未満だと失業手当が受給できることを知りました。

「もしかすると、Bは失業手当をもらうために65歳になる前に辞めたのか?」

定年退職してももらえる失業手当

定年退職後に再就職したくても退職時点でまだ仕事が決まっていない65歳未満の人は、失業手当(雇用保険の失業等給付の基本手当)を受け取ることができます。ただし、退職後にしばらく休もうと考えている人や、仕事を探さない人は受け取ることができません。

失業手当の対象となるのは、65歳未満の人です。65歳以上の人が離職して再就職先を探す場合は、Aさんのように失業手当ではなく、高年齢求職者給付金になります。

定年退職後に失業保険をもらうには、以下の3つの条件をすべて満たす必要があります。

・就職の意志や能力があるが現在失業中であること。 ・離職日以前2年間に被保険者期間が通算12ヵ月以上あること。 ・定年退職日が65歳誕生日の前々日より前であること。

定年退職日が65歳の誕生日の前々日よりも前である、というのは、法律によって誕生日の前日に満年齢を迎えることが決まっているからです。ですから、失業保険をもらうためには、65歳になる前(65歳の誕生日の前々日)までに退職している必要があるのです。

自己都合退職でも、条件を満たすことで失業保険が受けられます。失業保険の給付の給付日数が最大150日(定年退職した場合)であるのに対し、高年齢求職者給付金の給付日数は最大で50日です。失業手当の日額の計算方法は高年齢求職者給付金とほぼ同じですから、給付できる日数で受け取れる金額が大きく変わってくることがわかります。

退職するなら「64歳11ヵ月」のタイミングといわれる理由

65歳からの退職は、失業手当ではなく高年齢求職者給付金になります。ですから、失業手当を受け取るためには65歳になる前に退職すればいいのですが、

・特別支給の老齢厚生年金を受給する場合  -男性の場合、昭和36年4月1日以前生まれ  -女性の場合、昭和41年4月1日以前生まれ ・老齢年金の繰り上げ受給をする場合

など、65歳前に受け取る年金については、失業手当の手続きをすると支給が停止されてしまいます。したがって、「64歳11ヵ月」に退職するのがベスト、ということになります。

必ずしも65歳前の退職が有利とは限らない

以上のように、65歳になる前に退職して失業手当を受給する方が一見有利のように思えます。ですが、辞めるタイミングによっては、受け取れるボーナスの金額が減ってしまったり、もらえなかったりする場合もあるので、注意が必要です。

さらに、定年前の退職は自己都合退職になります。この場合、退職金の計算に大きく影響する可能性がありますので、会社の退職金規程を確認するようにしてください。定年退職と自己都合退職では退職金が数割違ってくるケースもあります。

また、退職金には、在職中に功労があったと認められる社員に対しては、特別功労金が加算して支給されることもあります。定年前に辞めてしまうことで、特別功労金にも影響が出てしまうのはもったいないお話です。ですから、AさんよりもBさんが必ずしも得をしたとは言い切れないのです。

川淵 ゆかり

川淵ゆかり事務所

代表

(※写真はイメージです/PIXTA)