超大国アメリカの軍事力を象徴する存在ともいえる戦略爆撃機が、ボーイングB-52ストラトフォートレス」です。今回は、突出して長い、その活躍の歴史を振り返ります。

初飛行は70年以上前!

超大国アメリカの軍事力を象徴する存在ともいえる戦略爆撃機が、ボーイングB-52ストラトフォートレス」です。原型機の初飛行は1952年4月15日。それから70年超の時が経っても、いまだ一線級の働きをしています。今回は、その活躍の歴史を見ていきます。

B-52は登場時、ジェット機として史上最大の航空機でしたが、東西冷戦の最中に生産が行われたこともあり、この大きさの航空機としては空前といえる744機もの大量生産が行われました。これはアメリカ空軍がこの機に託した役割の大きさを物語っていると言えるでしょう。

そもそも、アメリカの核戦力は「ICBM(大陸間弾道ミサイル)」、「SLBM潜水艦発射弾道ミサイル)」、そして戦略爆撃機の3つで構成され、これらは「核の三本柱」と呼ばれています。

B-52の量産が始まった1954年当時の状況を見ると、SLBMは登場前。ICBMは開発中でしたが、そのICBMは発射準備に時間がかかる液体燃料を使用していたため、敵の奇襲攻撃には対応が難しいという問題を抱えていました。つまり、報復核戦力を確実に温存できる唯一の方法は、長距離飛行が可能な戦略爆撃機しかない状況だったのです。

その後、1957年にソ連(現ロシア)が世界初の人工衛星を打ち上げると、ICBMの脅威はより現実味を帯びました。その脅威に対処するため、アメリカ空軍ではB-52核爆弾を搭載して飛行する頻度を増やしていきます。東西緊張が高まっていた1961年からは核弾頭を搭載したB-52を常時空中で待機させる「クロームドーム作戦」を実施するようになったのも、この一環でした。

1962年10月には、キューバに持ち込まれたソ連のミサイルがアメリカの偵察機により発見され、米ソは核戦争の一歩手前までいった、いわゆる「キューバ危機」が発生します。この時には東西間の緊張が一気に高まったことで、空中待機するB-52の数が増やされ、最大75機にまで達しました。これは、ソ連に対して相当な威嚇になったはずです。

米ソ間の政治的な駆け引きにより「キューバ危機」は解消されましたが、アメリカのミサイルをトルコから撤去する見返りに、ソ連がキューバからのミサイル撤収を決めた背景には、この「クロームドーム作戦」があったことは間違いないでしょう。

戦争だけじゃない、意外な「B-52」の使い方

ただ、その後アメリカがベトナム戦争に注力するようになると、B-52の役割も変わり始めます。当時、彼の地は資本主義南ベトナムベトナム共和国)と、共産主義の北ベトナムベトナム民主共和国)に分かれており、アメリカは前者を支援していました。

そのようななか、「敵」である北ベトナムを攻撃するために、一部のB-52は通常爆弾が搭載できるように改造され戦争に投入されたのです。B-52は、最大27tという驚異的な搭載量を活かして、北ベトナムを爆撃する「北爆」の主力機として、東南アジアの空を飛び回りました。

ちなみに、この大きな搭載能力は研究開発の分野でもいかされました。NASAアメリカ航空宇宙局)では、B-52の翼下に特殊なパイロンを取り付けて実験機を高高度まで運搬する目的で使用しています。ほかにも、有人極超音速機X-15スクラムジェット実験機X-43などが、B-52によって空へ運ばれています。

1980年代には、B-52を装備した18個の爆撃飛行隊が、KC-135空中給油機を装備する空中給油飛行隊と組み合わせて配備されていました。その一部は核弾頭を搭載した形態で24時間アラート待機状態に置かれ、冷戦下における核抑止力を支えていました。

そのころ、B-52の「相棒」として常に行動を共にしたKC-135空中給油機は新型エンジンへの換装と主翼外板の張替えが行われ性能・整備性を飛躍的に向上させました。そこで、B-52も燃費の悪いプラット・アンド・ホイットニー製J57エンジンの一部を性能の良い新型エンジンに換装する計画が持ち上がります。この計画によって、実際にエンジンを換装して飛行テストも行われたものの、結局、予算がつかずエンジン換装は泡と消えました。

まもなく誕生予定の「B-52改」どんなもの?

その後、冷戦終結にともないJ57エンジン搭載機は退役し、省燃費なTF33エンジンを搭載した「B-52H」だけが現役に残りました。

ただ、それでも老朽化が進んだことから、B-52Hのエンジン換装も何度か計画されます。その結果、2021年に現行より燃費が良い、ロールス・ロイスF130エンジンの採用が決定。この新型エンジンに乗せ換えた機体は、B-52Jと呼ばれることも決まりました。

一方、エンジン換装と並行して今年(2024年)からはレーダーも新型に換装する予定です。これによりB-52は、航法精度と目標追跡能力が向上するとされています。

このように、アメリカ空軍はB-52をアップデートしながら、もうしばらく使い続ける予定です。ただ、同機の最終モデルは1962年製です。

つまり、最も新しい機体でも今年で機齢62年に達するということ。そのため、アメリカ空軍には親、子、孫と三代にわたってB-52乗りという一家も生まれているほどなのだとか。

B-52は、その長い就役期間に何度も後継機が登場してきましたが、その後継機の方が先に退役するという歴史を繰り返してきています。過去には、初の超音速戦略爆撃機B-58ハスラー」、試作機だけで終わったマッハ3級大型爆撃機XB-70バルキリー」、さらに近年では、低空侵攻も可能な可変後退翼型の戦略爆撃機B-1B-52より先に退役すると明言されています。

では、アメリカ空軍ではいつまでB-52を使い続ける気なのか。なんと、2050年ごろまでとのことなので、B-52は長寿機としての記録を更新しながら、いましばらくは活躍し続けるようです。

ちなみに、アメリカ空軍の現場で、クルーたちはそんなB-52に親しみを込めて「BUFF(Big Ugly Fat Fellow=デカくて醜い太ったやつ)」と呼んでいます。

アメリカ空軍のB-52H戦略爆撃機。ジェットエンジンを8基搭載している(画像:アメリカ空軍)。