「親を捨てる」って悪いこと?

 ある公営住宅の一室で、代行業者が部屋の片付けを行っている。依頼したのは、この部屋に住む70代男性の息子。男性は1月に体調不良で入院、今後の一人暮らしは困難だとわかり、30年間疎遠だった息子に病院から連絡が入った。しかし、息子は「面倒を見たくない」と代行業者に依頼。公営住宅を退去し、介護付き施設に入れる手続き、そして葬儀・お墓の手配も「家族代行サービス」が行う予定だという。サービスを手がける一般社団法人LMNの遠藤英樹代表理事は「ここ2、3年で、依頼は3~4倍になっている」と語る。

【映像】「書斎で毛布をかぶせられ失神。風呂の水に頭から漬けられたことも…」母から受けた虐待の数々

 「親を捨てたい…」ネット上には親の面倒を見ることに限界を感じる子どもたちの声がある。そんな中、先月『母を捨てる』なる本が出版された。「私は何度も何度も、母に『殺された』」の書き出しから、ノンフィクション作家の菅野久美子氏が、自身の体験をもとに綴った一冊だ。『ABEMA Prime』では、当事者とともに「親を捨てる」ことについて考える。

■3年前に母を捨てた菅野氏「自分自身の問題と向き合わなければと感じた」

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 菅野氏は3歳から母による虐待を受けていた。小学生の時には“スポーツ刈り”を強要され、中学では懇願されて私立中学に進学するも、いじめにより不登校となって家庭内暴力も受けた。高校からは精神的な支配から逃れられず、母から「地元の同級生が結婚・妊娠・出産した」という話題が増えていく。そして38歳で、新聞連載に虐待を告白し、母への“別れのメッセージ”を載せた。

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 教育虐待は3歳から、肉体的虐待は4歳から始まったという。菅野氏は当時について、「母もできるだけ外にわからないように考えた」と振り返り、「父の書斎で毛布をかぶせられ、息ができず気を失う。水のたまった風呂に、頭から漬けられることもあった。ピアノなどの習い事に通わされ、練習でミスをすると定規で太ももを叩かれた。ただ、褒められると『自分が認められた』と、条件付きながら、母の愛を得られる唯一の手段だった」と明かす。

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 しかしながら、次第に「母も弱者だ」と気づいていく。「母が“自分の人生”を生きられず、その身代わりとして、私にいい大学へ行かせて、脚光を浴びせたかった。『母の人生を生きなければ、存在意義がない』と骨の髄まで染みこんでいたが、孤独死の取材をするようになり、自分自身の問題と向き合わなければと感じた」と心境の変化について語った。

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 強制的な勉強や過干渉など、子どもの気持ちや意見を無視した行為である「教育虐待」。家族代行サービスのLMNには、そうした相談も多く寄せられているという。遠藤氏は「最初は『いい教育をしてもらっているのに、なぜ』と思っていたが、相談が多くて驚いた。行政にも『それだけ幸せな家庭で育っているのに』と実情をつかめず、当事者も外に出さないから、余計に見えないことが多い」と述べた。

■家族代行サービスで身寄り問題の解決も?

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 LMNが行う「家族代行サービス」は、高齢者と行政、病院、業者などをつなぐ“連絡役”の役割を担う。登録料は44万円で、定期訪問・緊急時の駆けつけや、入所・入院時などの手続き代行、葬儀・供養の手配などの「生活サポート」は1回4時間程度、1万1000円(交通費別途)に設定されている。

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 「『親を捨てたい』はパワーワードだが、どちらかというと、介護ができない家族の代わりに、介護から葬儀までを全部やる仕事だ」と遠藤氏は語る。

 家族を代行する形で、周囲がサポートする仕組みとして「成年後見制度」も存在するが、違いはどこにあるのか。「家族代行サービスは、病院に呼ばれたり、外出できない人の行政手続きをしたりなど、リアルに家族がやる必要があるところをサポートする。成年後見人は契約行為や金銭管理など、比較的上層でのサポートを行う」と答えた。

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 LMNへの依頼は、家族や兄弟のいない高齢男性の“お一人様”が増えていて、家族がいても「捨てられそうだから」と自分で依頼してくることもある。また、“捨てられた親”ほど自分を“毒親”とは思っていない傾向があるという。

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 サービス開始当初は「高齢者のサポート」が軸で、毒親などの相談はなかったが、「最近は8割程度がそういう相談」になっている。「帰るときに『ありがとう』ではなく、『肩の荷が下りた』『楽になった』と言われる。私たちへの依頼は、とにかくどうにかしてほしいとの思いから」。

 また、病院からの依頼も増えてきているという。「十数年ぶりに親のことで病院から連絡が来て、『介護をしなくてはならないが、やり方がわからない』との電話も来る。もう少し行政で制度化できると楽だと、歯がゆく感じる」と述べた。

■親との縁は完全には切れない?

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 日本には現状、親子関係を解消する“絶縁”の制度はない。旭合同法律事務所・川口正広弁護士監修の資料によると、親から逃げる手段として、住所を明かさず距離を置く「住民票の閲覧制限」、接触したくないことを意思表示する「内容証明で警告」、所在などの情報をわかりづらくする「戸籍の分籍」、名字を変えて情報を追うことを困難にする「養子縁組」などが考えられる。

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 しかしながら、NPO法人「あなたのいばしょ」理事長の大空幸星氏は、「分籍して1人戸籍になっても、父母の欄は残る。見えなくすることはできても、戸籍から『自分がAさんとBさんから生まれた』という過去を消し去ることはできない。親の戸籍にも『この人が抜けた』と記録が残るため、精神的にちょっと楽になるぐらいだ」と指摘する。

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 菅野氏は「まずは母親による肉体的な支配から回復して、セルフネグレクト状態から脱して、自分の心と体を大切にするところから」と語るが、戸籍を分けることは「あまり考えてない」。「どこかで『母も幸せであってほしい』と思っている。母も傷ついた人生を送ってきた。すごく憎いというわけではない」とした。(『ABEMA Prime』より)

「親を捨てる」って悪いこと?「家族代行サービス」依頼が急増? 3年前に母を捨てた作家「母も“自分の人生”を生きられなかった弱者」