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 中百舌鳥エリア発のイノベーション創出に取り組む堺市は、スタートアップや起業家、既存企業の新規事業などを支援する各種プログラムを実施しており、今年度の活動の締め括りとしてそれぞれの成果を発表するデモデイイベント「中百舌鳥イノベーションミーティング」を2月18、19日の2日間にわたり、インキュベーション施設「さかい新事業創造センター S-Cube」で開催した。全部で4つある支援プログラムのうち、前編では「U30堺市起業家輩出プログラムSIP」と「地域社会未来創出プロジェクト」の発表会を紹介する。

教育やメンタルケアなど人とのつながりにも着目したアイデアが揃う

 デモデイの初日は30歳以下の若者起業家輩出を支援する「U30堺市起業家輩出プログラムSIP(Sakai Incubation Program)」に参加した第3期生の発表が行われた。本プログラムは半年間で全4回の事業創造講座を通して事業アイデアの構築と仮説検証を繰り返し、ビジネスアイデアをブラッシュアップするという実践的な内容で、過去に1期生と2期生を合わせて8社が法人化している。

 堺市での起業をサポートするという目的で参加費は無料。全体のプログラム設計と講師を、堺市の出身で学生起業経験があるNEWRON代表の西井香織が務め、デモデイの進行も担当した。3期生の中から6名が登壇し、それぞれ12分の持ち時間内で発表と6名のメンターからアドバイスが行われ、最後にサポーターやメンターから各賞が贈られた。

 デモデイには6名のメンターをはじめ、堺市やサポーター、関係者らが多数参加した。

 最初に登壇した寺田紫衣真氏はコンサルティングファームに所属しながら本プログラムに参加し、学びと対話の時間を届けるオンライン教室「mimamo」の立ち上げに尽力する。寺田氏がターゲットとするのは経済状況などで選択肢が狭まっている相対的貧困層の子どもたちで、相談できる環境をオンラインに作り、定期的な対話により視野を広げることを手伝う。すでに活動を始めており、保護者への情報共有や自習や質問ができる機能も準備中だ。親以外の話し相手ができるという点で利用者の評価も高く、将来的に料金を下げるために協力者を募集している。メンターからは満足感を高める展開や集客へのアドバイスがあり、堺市S-Cube起業賞と、2名のメンターから受賞していた。

 管理栄養士の平田朋佳氏が開発する野菜チョコレート「チョコガール」は、にんじんなどの野菜ジュレが練り込まれた、無添加で健康を意識した一口サイズのチョコレートで、5年以内に実店舗展開を目指し、農家とのつながりや製造場所を作るためにSIPに参加した。野菜を地産地消し規格外品を利用することで廃棄ロスにもなり、チョコレートの産地であるガーナへ支援するなど社会課題解決にもつなげようとしている。商品の完成度は高く、会場で配られた試食品の味も好評だったが、メンターからは見た目の違いがわかりにくくインパクトがあった方がいいといったアドバイスがあり、今後の展開を期待して、大阪信用金庫賞と2名のメンターから賞が贈られた。

 プログラマーの加藤大樹氏は、未経験でIT会社に就職したことによるストレスを茶道で解消できた経験から、「マインド茶道」というメンタルケアサービスの立ち上げを目指している。家にいながらおいしくお茶を点てる方法を、オンラインでいろいろな人から学べるようにすることで、1人の師匠に付いて10年かかるという茶道の敷居を下げることを目指す。リアルへの展開や茶道業界へ還元する方法などをアドバイスを求めており、メンターからは福利厚生やコーチングとしての展開にターゲットの絞り込み方など、具体的なアドバイスが次々に寄せられた。複数のメンターがサービスを利用したいとコメントし、2名からメンター賞を受賞した。

 大阪公立大学工学部で宇宙航空学部の学生である内藤大智氏は、親子で参加する農育と食育を行う「土の子」を立ち上げ、マーケティングや仕組みづくりなどさらなる運営のブラッシュアップのためにSIPに参加した。子ども向けにアレンジしたにんじんとラディッシュの種植え体験を実施したところ好評で、子どもの満足度が特に高かったことから手応えを感じ、今後は野菜染などメニューも増やしたいとしている。メンターからはイベント化やキットづくりなどへの展開がアドバイスされ、今後も伴走して応援を行うNEWRON賞が西井氏から贈られた。

 同じく現役大学生の白濵勇太氏は、近畿大学の同級生らと4人で英語が学べるサッカースクール「Fun Foot English」を運営しており、さらなるビジネス化を目指している。白濵氏がアメリカ留学中にサッカーで友達ができた体験を元にスタートし、イベントも実施している。運営にかかる費用や料金設定も行っているが、メンターからは同じような既存ビジネスがあることからニーズはあるが、親から見た違いを出すのが大事だとのアドバイスがあった。投資を集めるのと平行してコーチ役のスタッフや開催場所を探していることから、地域の学生を応援する大阪シティ信用金庫から賞が贈られた。

 全体的に見て今期のSIPは教育に関連するものが多く、公認会計士の中野貴章氏は会計士向けに実務特化型のオンライン教科書を開発する準備を進めている。公認会計士になるには、試験合格後に最低2年ほどの実務インターンなどをする必要があるが、現場はそれぞれ異なるためあらかじめ準備ができるよう、体系化した教材や個別相談の場を提供しようと考えている。自分のペースで学べることや成功体験が聞けるというメリットがあり、メンターからは人材育成ビジネスとしての展開の可能性もあるのではないかとアドバイスがあった。

 最後の講評でS-Cube代表取締役専務の西本秀司氏は「発表されたみなさんは今の課題に目を向け、教育に力を入れている堺市とも関連性が高いと感じた。起業はとにかくやってみることが大事だと言われており、何はともあれこれからもやり続けてほしい」とコメントした。SIPは次回の4期も実施されることが決まり、応募も開始されているということであった。

既存事業から地域の未来を成長させるビジネスの創出を目指す

 地域や社会を変えるビジネスに取り組む事業者を対象に、社会的、経済的インパクトのあるビジネスプロジェクトの創出をサポートする「地域社会未来創出プロジェクト」は、昨年10月から開始したセミナーやワークショップを通じて、業務プロセスの可視化や仕組化を行う。発表会は協働を喚起するマッチングの機会にもなっており、登壇した8社が発表するビジネスプランに対し、参加者が事業に対する質問や感想をコメントし、さまざまな形で情報共有をして交流を盛り上げていた。

大和合成株式会社「プラスチック製品におけるCO2排出の可視化と貢献度の対比」

 プラスチック成形加工業を手がける大和合成は、最も身近で影響が大きいCO2排出による気温上昇の影響に着目し、日本でも義務化の動きがあるCO2排出量取引制度に向けて、プラスチックによるCO2削減度を算出して貢献度を可視化し、削減につながる製品の提案まで取り組む。困りごとのヒアリングから始まり、削減効果のある材料を提案し、手元になければ開発する。ビジネスプランの完成目標は2025年2月で、かかる予算や収益など具体的な数字も発表された。

株式会社ながおテクノ「建設機械業界におけるリビルト部品提供の仕組み構築」

 ディーゼル車の廃棄ガス浄化装置などを主要製品とするながおテクノは、自動車補修業界向けに行っている流通するリビルト品と呼ばれる使用済み部品の劣化した部位だけを交換し、再利用する仕組みを建設重機に対応させ、ビジネスとして建設業界に新規参入することを狙う。仕組みは自動車業界では確立できており、昨年から建設業界の展示会に出展し、ニーズやノウハウを収集している。

株式会社ロッケン「バスケットボール試合動画から『Shot Chart』をAIで自動的に構築するWeb Platform事業の展開」

 ロッケンは、医療機器ソフトウェアやAIなどの技術を受託開発する大阪公立大学の認定ベンチャーとして設立された。米国のバスケチームで戦略教育ツールとして使用される、シュートの内容や精度を分析する「Shot Chart」をAIで作れないかとの相談から、スマートフォンの動画をアップロードするだけで簡単で安価に使える、新たなシステムの開発に取り組む。日本ではバスケがまだマイナーなことから、客観的に上手くなりたいというニーズや、戦略人材の育成につなげる。

 課題となるAIの開発費用を集めるためにクラウドファンディングを実施し、堺市の「企業による学びの応援プログラム」を活用している。バスケが盛んなフィリピンや欧米をターゲットに「Your Strategist」という名前で年内に公開を予定している。

圓井繊維機械株式会社「中小ものづくり製造業再興戦略」

 1970年に創業された工業用ミシンから多種多様な加工機械を展開する圓井繊維機械では、繊維技術と異分野を組み合わせて、金属を編んだり、医療や半導体向けにも利用できる特殊技術を構築している。大企業向けの案件が中心だが市場がニッチなのでリスクが高く、費用も人手も不足している。そこで自己資金の負担なく新規産業を創出し、新たな収入源を得る仕組みとして、ものづくり老舗とスタートアップが協業し、技術のハブになる仕組みづくりに着手している。

 すでに事例もいくつかあり、医療デバイスの開発では、プロトタイプの製造からものづくり人脈の紹介まで行っている。会場では経済産業省やJETROの「始動」プログラムに採択された、化学系ベンチャーと行ったCO2から作る糸も紹介された。

株式会社ハヤシセーラ費用対効果のある加工方法に基づく加工設備の検索と導入」

 シャフト、ボトルなどの旋盤加工を主体とする軸加工メーカーグループのハヤシセーラは、内製化による一貫加工で製品をアウトプットし、安定した品質と価格、納期短縮などを実現する。対応にあたっては国内外で事例を検索した上で、方法を調査し、効果を検証するまでを一貫して行う。必要な設備や装置の導入についても、内製化による利益改善で回収計画を立てることができるという。

デジタルヒーロー合同会社「堺市デジタルヒーローズジャーニー~たった3年の奇跡~」

 創業2年目のデジタルヒーローでは、中小企業の業務を効率化する無料や安価なツールを作成し、堺市におけるデジタル化の気運を高め、対応できる多くの人材が生まれることで、注目される都市にするまでの歩みを事業目標の一つに掲げている。対象はデジタル化を進めにくいサービス業を中心とし、メディアを作って有益情報を発進したり、コミュニティの構築、セミナー活動などを行う。ビジネスではなく社会醸成として無料でも運営できるよう、伴走支援サービスでマネタイズすることを考えている。

Vectorview合同会社「WEB and DX がシナジー効果を生む 伴走型デジタル人材育成サービス」

 2001年に開業したVectorviewはウェブサイト制作や運営サポート事業でスタートし、2022年に法人化し、中小企業のWebとDX推進をサポートする事業を展開している。ビジネスコンセプトに社内のスキルと社内の仕事をマッチングするための仕組みづくりを掲げ、「ロジカルトレイン」という名称で、ラーニングを併設するコンセプチュアルなコワーキングスペースの展開を目指している。将来的にはAIアバターを取り入れ、ビジネスにおけるロジカル思考をトレーニングすることで企業の競争力を高めることを手伝う。

株式会社Velodash Japan「日本発!海外市場向けオリジナル商品直販事業」

 海外向け越境ネット通販と訪日観光PR事業を行うVelodash Japanは、台北・台中にあるショールームでのオリジナル商品直販や、メーカーが直接商品を企画して販売する際の現地調査を行っている。地域社会の持続可能な発展に貢献することをミッションとし、そのために海外へモノを売り、人を呼ぶ、外需の取り込む「Direct to Consumer=DtoC」を提案する。台湾のネット通販企業とタッグを組み、他社にはできない現地マーケティングを柱に、協業先と新商品づくりを行うことで、海外で注目されライバルに勝てる市場を創造する。

 発表されたビジネスプランは特定の業界に特化した、専門的な分野に向けたものが多かったが、参加者からはさまざまな意見が寄せられ、協業を提案するコメントもあった。事業分析を通じて地域の課題やニーズなども浮き彫りになり、他業種の動きや市場を知る機会にもなっていたことから、今回の発表をきっかけに新たなビジネスアイデアが生まれるかもしれない。

地域に新しい価値をもたらすアイデアが集結 4プログラムによるデモデイイベントを開催[前編]