最近、自家用車を新調した。自動車マニアでもなく、車についてはよく知らない私だが、コロナ禍以来、移動手段として自家用車を運転する機会が多くなり、年間で8000kmくらいは走るので、ヘビーユーザーのうちに入るだろう。いたって大衆的なHV(ハイブリッド)国産車の現行機種がアップグレードされたというので、非常に腕のいいセールスマンに勧められ試乗してみたらすぐに気に入って、衝動的に買ってしまった。

いつかはEV(電気自動車)に乗り換えるのだろうと思っているが、今回もEVは選択肢にはなかった。自動車業界には完全に門外漢の私ではあるが、EV普及の現状について考えてみた。
充実するHV(ハイブリッド車)の機能と、EVが普及しない日本

年齢を重ねるとともに注意力の衰えが気になって、車の運転においても事故だけは起こさないようにと細心の注意を払っている。新調した自家用車の決め手となったのは安全機能だった。前後左右にセンサーを搭載して、死角でのうっかりの見落としを拾いだしてくれるので、大変に満足している。元来、私はマニュアルなどをよく読むタイプではないが、最初の3か月はやたらと鳴る警告音との格闘のために、助手席には必ずマニュアルを置いていたが、最近では大方の機能は使えるようになったので、これらの機能が装備されていない車にはもう戻れないと思う。燃費、操作性、安全装備、追尾システムなどの各種機能の充実を実感すると、車載用半導体の活躍が手に取るように感じられる。自動車ファンでもなく、自動車ビジネスには完全に門外漢の私ではあるが、半導体がいたるところで活躍し、新車購入の費用対効果を見事に実現していると感じる。日頃のドライブでは、他車の種類がやはり気になる。最近多くなったと感じるのが、テスラのEVだ。モデル3であると思われるが、日本における昨年の新車販売でのEV全台数のシェアは3%前後であるというから、EVの普及にはまだまだ遠いと実感する。

日本でのEVの普及が遅れている理由はいくつか考えられるが、車種が圧倒的に少なく、単価が高すぎるのと、充電ステーションなどのインフラが整っていないのが理由だと感じる。私は、かつては「EVの普及=レベル5(完全自動運転)の実現」であると思い込んでいたが、世界のEV市場では自動運転技術の発展と並行して、大きな変化が起こっている。
急激にコモディティ化するEVと方向性の修正を迫られる各社

世界でのEVの状況を見てみると、市場には大きな変化が起きている。最近多くの報道で、EV市場成長の「失速」を伝えるニュースを目にする。今までEV市場を牽引してきたテスラの売り上げ/利益率が下がって、「低価格モデルの開発計画の中止を検討」という報道を受けて株価は大きく下がった。

かねてより噂されていたAppleからのEV製品の発表は未だになく、EVプロジェクト自体がキャンセルされたという報道も大きな衝撃を与えた。その背景には、新車販売に占める割合が30%以上になるという中国でのEV普及の状況がある。

BYDに代表される新興ブランドが、自国市場での成長をばねに輸出市場にも進出し、EV市場の世界的なコモディティ化を招いているのが現状のようだ。中国に次いでEV普及率が高い欧州では、エコカー減税などの優遇措置が終了し、低価格の中国車の市場侵食が大きな問題となっている。EV普及では無風状態と言える日本の状況と、相変わらずEVへの取り組みに消極的な日本ブランドの動きは、半導体業界での急激な構造変化を目の当たりにしてきた私には、大変にもどかしく感じるが、すでに築き上げたビジネスを防衛しながら新分野にシフトするのはかなりの困難を伴うのだと察する。
半導体産業と自動車産業の構造変化の違い

1970年代後半に現れたLSIを起点とする半導体の歴史は50年程度である。その50年の歴史のうち、私が経験した後半の38年では、下記のような大きな産業構造の変化があった。

かつては多種多様だった半導体製品領域が自然と整理されてゆき、ロジック/メモリー、デジタル/アナログ、カスタム/汎用というように用途分野での分離が起こり、各分野別のブランドが淘汰された
同時に、回路設計と製造(微細加工技術と生産設備)を併せ持っていたIDM(垂直型統合型半導体会社)から、それらを切り離し、得意分野に特化するファブレス企業とファウンドリ企業の分離が起こった
半導体が使用されるアプリケーション分野は初期のコンピューター(軍用/商用)から、パソコン、携帯電話、通信機器、医療機器、産業機器、車載、そしてAIへと飛躍的に広がっていき、サイクルを繰り返しながらも市場全体の成長が継続された
初期の半導体産業はハイテク企業の集合体としてとらえられたが、現在では、産業自体が社会インフラを支える戦略的な重要性を帯びるようになった

これらの激しい構造変化の原動力となったのは、商品のコモディティ化による単価の下落と市場の継続的な拡大である。コモディティ化が急激に起こりながらも半導体市場全体が未だに成長しているのは日々技術革新が起こっているからだ。

元々、何もなかったところから急速に発展してきた半導体と比較して、150年続いた内燃機関からEVへのシフトは市場にとっては非常に大きなものだ。自動車市場におけるEVの状況を考える時に気付くのは、もともとエンジン車で構築した伝統ブランドにテスラBYDのような新興ブランドが普及への挑戦を仕掛けるという構図にあることだ。

長年エンジン車でビジネスを構築してきた伝統ブランドには、急激なEVシフトへの大きな渇望はない。それに引き換え、EVシフトでゲームチェンジを目論む新興ブランドには大きなチャンスがある。これがコモディティ化に対する姿勢の違いに現れると感じる。EVの普及には充電インフラの整備や、環境保護の観点からの政府補助金の事情なども、半導体とは異なる条件があるのは事実だ。しかし、半導体の経験則からいうとコモディティ化の始まりは、市場の急成長と、生き残るブランドの振るい落としの前兆である。半導体業界出身の私としては、なんとも歯がゆい印象がある。

吉川明日論 よしかわあすろ1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、2016年に還暦を機に引退を決意し、一線から退いた。 この著者の記事一覧はこちら
(吉川明日論)

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