藤井棋王が貫禄を見せた第49期棋王戦コナミグループ杯五番勝負(共同通信社と観戦記掲載の21新聞社、日本将棋連盟主催)で立会人を務めた藤井猛九段。本稿では、第1局で現れ、後に升田幸三賞を取るに至った伊藤匠七段の持将棋定跡に関する藤井九段のコメントを抜粋してご紹介します。

2024年4月3日に発売された、『将棋世界2024年5月号』(発行=日本将棋連盟、販売=マイナビ出版)掲載の「見えないものが見える棋士」より、一部抜粋してお送りいたします。

(以下抜粋)
○水面下のAIの結論というのは結局、正史には関係ない

――棋王戦第3局の立会人を務められた藤井猛九段に解説をしていただきます。

「第3局だけど、実質は第2局みたいなものですよね」  

――第1局が持将棋でしたからね。先月号の本誌に伊藤七段のインタビューが掲載されていましたが、藤井九段はあの持将棋局をどうご覧になりましたか?

「まず前提として、自分は角換わりを指さないのでそこまで詳しくありません。将棋世界を読んでみると、分岐がたくさんあるから最初から持将棋を狙って用いたわけではないということでしたね。以前に持将棋定跡というのが話題になっていたじゃないですか。AIの研究を2人でなぞって持将棋になったという印象を持つ方もいるようですけど、そうではない。持将棋になりやすい変化がある将棋を指しただけのようですね。かなり早い段階で持将棋を意識できる珍しい順だったわけですが、注目されるタイトル戦の舞台でこういう将棋が現れることが大事だと思っています。将棋の技術の歴史の中でインパクトになるでしょう。結局、研究の段階というか水面下の手順はどれだけ興味深くても、オフィシャルなものとしては残りませんから」

――確かに記者も研究段階のものを知っていたとしても書きにくい意味はあります。

「そう。水面下のAIの結論というのは結局、正史には関係ないんですよね。でも今期の棋王戦第1局は、『偶然ではない持将棋的な将棋が現れた』と棋史に残るでしょう。今後も話のネタになりますし。公式戦で出していかないと、いろいろな変化が研究の段階で消えてしまう。AIの登場でそういう状況が加速度的に進んでいますが、それはあまりよくない傾向だと思っています」

――いまはAIで解析させるとすぐに結論らしきものを出すので、評価値が少しでも芳しくなければその順を用いない人が多いと聞きます。

「新手が生まれる前にみんな消えちゃってるんですよね。コンピュータにかけて評価がよくなければすぐにポイって捨ててしまう。実際に指してみないと何とも言えない部分もあるはずなんです。だから公式戦に大事な変化が出ない。ある手が公式戦で出現しても、そのあと突然消えてしまったりと、どうなったのかフォローできないケースが増えています。観戦側としては、その変化がどうなったか最後まで見届けたいと思うんですけどね」

――1990年代に藤井九段が編み出した「藤井システム」は、進化の過程が公式戦で理解できました。

「当時はAIがないから新手、新戦法の寿命が長かった。藤井システムは必ず公式戦で出て、長い期間をかけて定跡が進みましたよね。いつかは破れるんだけど、破れるときもちゃんと公式戦に出て、こういう形で敗れ去りましたと説明できます。だからいまは本当に定跡の変遷が理解できません。他の棋士に聞いても相当詳しい人じゃないとわかりませんから。そういう意味で持将棋になった第1局は非常に意味があると私は思っています」

(第49期棋王戦コナミグループ杯五番勝負第3局「見えないものが見える棋士」より 解説/藤井猛九段 構成/大川慎太郎)
(将棋情報局)

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