●3号機から導入される新装置「機体把持装置」とは?
宇宙航空研究開発機構(JAXA)と三菱重工は2024年3月21日三菱重工の飛島工場で、H3ロケットのコア機体を報道関係者に公開した。

このうち第1段は、次に打ち上げる3号機で使用される機体となる。3号機は初めて“試験機”がつかない打ち上げとなる。その一方で、打ち上げ前には、発射台に新たに取り付けた「機体把持装置」の試験が行われる。

試験機1号機の打ち上げ失敗、試験機2号機でのリベンジを経て、ついに宇宙の海へと漕ぎ出したH3が、次に挑む3号機のミッションとはどのようなものだろうか。

試験機2号機の打ち上げ成功

H3ロケットは、三菱重工JAXAが共同開発している、次世代の大型ロケットである。

現在の主力ロケットH-IIAの後継機として、日本の基幹ロケット(安全保障を中心とする政府のミッションを達成するため、国内に保持し輸送システムの自立性を確保するうえで不可欠な輸送システム)と位置付けられているほか、国際競争力の強化によって商業衛星の打ち上げ市場で戦えるロケットにし、産業基盤の維持・強化も目的としている。

これを達成するため、これまで日本がつちかってきた技術を集結するとともに、新たな技術にも挑戦し、柔軟性・高信頼性・低価格を兼ね備えたロケットを目指している。

ロケットの全長は57m(ショートフェアリングの場合)、質量は419t(H3-22Sの場合)で、高度約500kmの太陽同期軌道に4t以上の打ち上げ能力をもつ。

H3の開発は2014年から始まり、エンジン開発で遅れを重ねたのち、2023年に試験機1号機を打ち上げた。しかし、第2段エンジンの着火に失敗し、ミッション達成の見込みがないとの判断から指令破壊され、打ち上げは失敗に終わった。

JAXAなどは原因究明と対策を進め、約1年後となる2024年2月17日、試験機2号機の打ち上げに成功し、リベンジを果たした。

試験機2号機の飛行結果については、現在JAXA三菱重工でつぶさにデータを分析しており、3号機以降への反映事項があるかどうか結論を出していくとしている。ただ、全体的に非常に良好な飛行だったことがわかっており、離昇からロケット性能確認用ペイロード(VEP-4)の分離まで、予測値とほとんど誤差なしで飛行したという。

JAXAでH3のプロジェクトマネージャーを務める岡田匡史氏は「ロケットが飛行中、経路をモニターしていたところ、(予測値の)ど真ん中を飛んでいくような状態で、『これ本当かな?』と思うほどだった」と振り返った。

H3ロケット3号機のミッションは?

プロジェクト・チームは、試験機2号機の打ち上げ後、すぐに3号機の準備に取り掛かり、試験機2号機の評価と並行して準備を進めてきたという。

3号機は、H3として初めて“試験機”がつかない、ただの3号機となる。

機体公開が行われた時点で、打ち上げ日時は「2024年度中」ということ以外は決まっていない。搭載する衛星についても未定だが、プロジェクト・チームでは先進レーダー衛星「だいち4号(ALOS-4)」を打ち上げることを見越して準備を進めているとした。打ち上げ時期、実際に「だいち4号」を搭載するかどうかなどは、政府の委員会で決定されるのを待っている状況だという。

機体構成は決まっており、試験機1号機、2号機と同じ、H3-22Sとなる。これは第1段メインエンジンのLE-9が2基、固体ロケットブースター(SRB-3)が2本、フェアリングがショート(S)を示している。

3号機の注目点のひとつが、「機体把持装置」の試験である。これは、移動発射台(ML5)のマスト(塔の部分)に取り付けられた、巨大な2本の腕のような装置で、ロケットを掴んで支える役割をもつ。

もともと、H3の開発当初には、このような装置は想定されていなかった。ところが、開発を進める中で、22形態と24形態(SRB-3が4本の形態)において、推進薬が入っていない状態で風が吹くと、固有振動数の問題で揺れやすくなることが判明した。岡田氏によると、「先端部分が最大で1mほど揺れることもある」という。もちろん、倒れるようなことにはそうそうならないものの、運用の制約条件が厳しくなってしまう可能性があった。

そこで、機体移動前から機体移動中、そして射点に到着直後の、推進薬が入っていない状態のロケットを支えるため、機体把持装置が取り付けられることになった。なお、推進薬の充填が終わると、ロケットから外れ、退避させる。

装置自体はすでにML5に取り付けられており、試験機2号機の打ち上げの際にも、使用はされなかったものの外観を見ることはできた。

3号機ではまず、実際に打ち上げる前に「極低温点検(F-0)」を行う。これは、打ち上げの前に、一度機体を射点に出し、実際に推進薬も入れて、機体と射点設備全体を組み合わせた総合システムとしての作業性や手順の点検を目的としたものである。

極低温点検自体は試験機1号機の打ち上げ前にも行われたことがあるが、今回は機体把持装置の設計の妥当性の検証――たとえば推進薬を充填したあとにロケットからきちんと外れるか、射点上で再度掴む必要があったときにきちんと動くかどうかなどの確認を目的として行われる。

また、機体把持装置をつけるとロケットと地上設備との電波の状況(つながりやすさなど)が変わる可能性があるため、その点が問題ないかどうかの点検も目的としている。

なお、機体把持装置の追加にともなう、ロケット側の改修などは必要ないという。

●第1段エンジンなしで出荷する理由とは? 商業打ち上げの引き合いは続々
第1段エンジンは種子島で取り付け、第2段は後続号機で使用

今回、報道関係者に公開されたのは、3号機以降の打ち上げで使用されるH3のコア機体である。コア機体とは、H3の中で三菱重工が製造を担当している、第1段と第2段機体やロケットエンジン、第1段と第2段の間をつなぐ段間部のことを指す。

機体公開が行われた時点で、コア機体は機能試験を終了し、種子島宇宙センターへ向けた出荷準備作業中の段階にあった。一方、種子島ではすでに、打ち上げに使用する2基のLE-9エンジンが領収燃焼試験(試運転)を終えた状態で待ち構えている。

コア機体は種子島に到着したのち、組立棟に運び込まれ、第1段と第2段を発射台の上で組み立てるVOS(Vehicle On Stand)を行い、LE-9とSRB-3を取り付ける。衛星が入っていない状態の衛星フェアリングも取り付け、そして射点に出して極低温点検を行う。

極低温点検が完了したあと、ロケットは一度組立棟に戻り、空の衛星フェアリングを外して、衛星を格納したうえであらためて取り付け、そして実際に打ち上げられることになる。

今回公開されたコア機体のうち、第1段は3号機で使用されるものの、第2段は後続号機(4号機以降)で使用される。具体的にどの号機で使用するかは決まっていないという。3号機の第2段は、以前に製造を終え、すでに種子島に搬入済みの機体が使用される。

このようなあべこべな状況になったのには理由がある。当初は試験機2号機で、SRB-3のつかない30形態での打ち上げを計画していたものの、試験機1号機が失敗したことで、試験機2号機も22形態で打ち上げることになり、そのための第1段が新たに製造された一方で、第2段はそのまま使用された。また、飛島工場から種子島への輸送は、基本的に第1段と第2段をセットで行う。そのため、それぞれの機体の種子島への搬入のタイミングと、打ち上げに使う順番にずれが生じているのである。

ちなみに、当初の2号機で使用する予定だった、30形態の第1段機体は、種子島宇宙センターで保管され続けている。

また、第1段にロケットエンジンが取り付けられていない点も異例である。

これまでH-IIAやH3は、基本的に飛島工場で第1段エンジンを取り付けたうえで、種子島へ出荷されていたが、3号機ではLE-9なしの状態で送り、種子島で取り付けられる。

これについて、三菱重工でH3のプロマネを務める新津真行氏は、「当初の構想では、飛島工場で取り付けてから出荷することを考えていたが、現在は生産工程などの関係で、種子島で付けることになっている。ただ、飛島工場で付けてから出荷したほうがいいのか、種子島で付けたほうが効率的なのかなど、最終的にどうするかは議論が必要だ」と説明した。

また、岡田氏は「LE-9は開発に時間がかかったため、製造工程に余裕がない状態が続いている。また、領収燃焼試験も種子島で行っているため、種子島でLE-9が仕上がるという状況になっている。そのため、わざわざ飛島工場に戻すことはしない」と説明した。

もともと、種子島でLE-9の装着(つけ外し)をするのは、一時的な、イレギュラーな対応のはずだった。試験機1号機の機体は2021年に、LE-9をつけた状態で種子島へ搬入されたが、その後、LE-9に技術的課題が見つかったことで、一度取り外し、打ち上げ前に改修済みのLE-9が取り付ける必要が生じ、その際に導入されたものだった。

もっとも、岡田氏によると「実際に種子島でエンジンのつけ外しをやってみたら、意外とスムースにエンジンがつけられることがわかった。最初はどこかのタイミングで、飛島工場で取り付ける形に戻さなければと思っていたが、意外と種子島での取り付けでもいけるかも、という感覚がある」という。

なお、LE-9の領収燃焼試験については、将来的には秋田県にある三菱重工の田代試験場で行う計画になっており、現在施設・設備の改修などが進んでいる。もともとH-IIAのエンジンの領収燃焼試験も田代で行われており、また田代で領収燃焼試験を行いつつ、種子島では打ち上げに向けた作業などが並行してできることで、作業効率の向上という利点もある。

岡田氏によると、「現在は種子島で領収燃焼試験をやっているからこういう形になっているが、将来田代で行うことになったら、そのときはまたあらためて判断する」と語った。

3号機以降に向けて

また、やや目立たない点だが、打ち上げの体制も徐々に変わっている。

H3プロジェクトの当初の計画では、3号機から運用を三菱重工に移管することになっていた。しかし、試験機1号機の打ち上げが失敗したことで計画が変わり、3号機は試験機ではないものの、まだJAXA三菱重工が共同で運用するという体制になっている。

ただ、三菱重工が主となって進められる部分については、徐々に任せるようにしていくとのことで、現在その具体的な調整を進めている段階だという。3号機がその出だしとなり、4号機以降も含め、徐々に三菱重工が主として担う割合が増えていき、いずれ完全に移管するというイメージになるという。

なお、H3にはSRB-3を4本装着した24形態、SRB-3を装着せず、LE-9を3基装着した30形態があり、今後どこかのタイミングで打ち上げが行われる。岡田氏は「とくに30形態は、22形態とは大きく異なる点がある。そのため、30形態の打ち上げ前にはCFT (打ち上げのリハーサル)をやるなど、試験機的な要素が強くなる。そのとき(体制などを)どう取り組むかは、三菱重工と相談することになる」とした。

また、試験機2号機の評価は進行中ではあるものの、すでにわかっている改善点については、3号機から適用済みだという。

新津氏は「ロケットは飛ばしてみないとわからないことがある。とくに2段機体は長い間宇宙空間にいるので、タンク内の推進薬がどういう挙動をするか、各所の温度がどうなるか、また軌道を周回してエンジンに再着火する際にどういう状態になっているかなど、フライトでしかデータが取れない。試験機2号機でその点を見ると、少し余裕が少なかったり、予測と違ったりすることがあったので、秒時などのパラメータを少し変えている」と説明した。

新津氏はまた、H3の商業打ち上げについて、「昨今、世界各国で新型ロケットの開発が遅れたり、スペースX一社が独占のような状態になっていたりし、世界的に打ち上げの需要は高くなっており、そこにおいてH3は代替手段になりうる」と説明したうえで、「試験機2号機の打ち上げより前から、諸外国からかなりの数の引き合いが来ている。打ち上げが成功したことで、実際の契約締結に向け、話が進んでいる」と明らかにした。

苦難を乗り越え、ついに打ち上げに成功したH3だが、安定した運用に入るまで、まだその道程は遠い。日本の次世代基幹ロケットと、世界で戦える商業ロケットを目指した挑戦はこれからも続いていく。

鳥嶋真也 とりしましんや

著者プロフィール 宇宙開発評論家、宇宙開発史家。宇宙作家クラブ会員。 宇宙開発天文学における最新ニュースから歴史まで、宇宙にまつわる様々な物事を対象に、取材や研究、記事や論考の執筆などを行っている。新聞やテレビ、ラジオでの解説も多数。 この著者の記事一覧はこちら
(鳥嶋真也)

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