中国の不動産危機が深刻な状況にある。ジャーナリストの高口康太さんは「危機の原因は、習近平政権が打ち出した『新型都市化政策』にあるため、危機に対応することは自己否定になる。このため適切な対応を取れないリスクが高まっている」という――。

■不動産危機に対応できていない習近平政権

中国の不動産大手・恒大集団(エバーグランデ)の粉飾決算が明らかになった。2019年に2139億元(約4兆4900億円)、2020年に3501億元(約7兆3500億円)の売り上げた買いを水増ししていたという。合計で11兆7400億円、世界史上最大の粉飾決算となった。

恒大集団の債務危機が浮上したのは2021年末のこと。2年余りが過ぎたが、立ち直る気配はない。債務総額は2兆3882億元(約50兆円、2023年6月末時点)。2021年末から1900億元(約4000億円)ほど減っているのだが、“焼け石に水”であることは否めない。

ちなみに負債のうち1兆566億元(約22兆円)が下請け事業者などの未払い金、6039億元(約12兆7000億円)が前受け金(お金を払ってもらったので建設しなければいけない義務)である。この2項目だけで債務の約8割に該当する。これを放置しておけば、給与未払いや住宅ローンを組んだのに家が完成しないという人民が大量に出現し、暴れかねない。なのでまずはこの2つの債務だけでもどうにかしたいというのが中国政府の考えだ。優先順位が後回しとなった投資家や銀行への返済は望み薄と言わざるをえない。

ところが、先日、倪虹・住宅都市農村建設相が全人代(全国人民代表大会、日本の国会に相当)で「大衆の利益を損なう行為は法に基づいて調査・処分し、しかるべき対価を払わせなければならない」と発言した。“悪い不動産企業を叩く”という見栄えの良いポジション取りで、裏を返せば泥をかぶってでも危機に取り組もうという姿勢はない。習近平総書記も不動産危機について指導力を示している気配は見えない。

それにしても、客からはお金をもらうだけもらって不動産は引き渡さず、実際に工事を行っている下請け事業者には金を支払わない……。悪魔のような商売だが、なぜこんなことが成り立っていたのか。実はこの仕組みは2010年代に中国不動産企業を発展させた“イノベーション”として知られている。

■「高負債、高レバレッジ、高回転」という発想

中国の不動産バブルというとずっと続いている印象がある。確かに1990年代末の住宅取引自由化以来、その価格は一貫してバブル的水準にあった……が、それは北京市や上海市、深圳(シンセン)市に代表される中核都市を中心としたものだった。

現在、崩壊が危惧されている不動産バブルは中核都市ではなく、内陸部や地方都市でのもの。そして、この地方不動産バブルの起点は2015年にある。習近平総書記は新型都市化政策を打ち出し、中核都市への集中を抑える一方で、地方都市の発展を促す方針を示した。その一環として旧市街地改造が進められた。従来は立ち退きする住民には代替住宅を提供するのが一般的だったが、2015年からは立ち退き金を支払い、自由に住宅を購入する方式が進められた。これによって地方には膨大な住宅需要が生まれたわけだ。

習近平総書記の鶴の一声で生まれた、巨大なビジネスチャンス。これをつかむにはどうするべきか。そこで流行したのが「高負債、高レバレッジ、高回転」だった。

高負債、高レバレッジはどれだけ金をかき集められるかを意味し、高回転はその金を使っての建設プロジェクト(土地買収、建設、販売、資金回収の一連の流れ)のスピードをどれだけ短縮できるかを意味する。金を集めて建設プロジェクトを手がけ、その資金を回収するや否や次のプロジェクトを始める。これを繰り返せば急成長できるという考えだ。

■「下請けへの支払いを遅らせる」というテクニック

いま、振り返ってみると借金だらけの規模拡大経営でリスクそのものにしか見えないが、当時はプロジェクト期間の短縮によって企業はリスクを低減でき、手持ち資金以上のペースで成長できる“イケてる手法”だと称賛されていた。

民間不動産デベロッパーを中心に多くの企業がこのモデルを採用した。企業の競争は各フェイズをどれだけ短縮できるかのノウハウで競われる。「超高速で建設しても(そこまで)品質に問題がないマンションの作り方」といったテクニックを全力で磨いていたわけだ。この魔法はすさまじかった。恒大集団の売り上げは2012年に653億元だったが、2018年には4662億元と、7年間で7倍に膨れあがっている。

負債額の推移を見ると、拡大路線がよくわかる。負債総額は2014年の3621億元(約7兆6000億円)から2017年には1兆5195億元(約32兆円)と、わずか3年間で4倍、24兆円も増やしているのだ。

債務拡大といっても、その主動力となったのは借り入れや社債発行などの資金調達ではない。「建材メーカーや建設現場の下請け業者への支払いを遅らせる」というテクニックだ。買い掛け未払い金は2014年時点では226億元(約4750億円)と債務全体の6%だったが、2017年には3995億元(約8兆3900億円)、26%にまで膨れあがっている。売り上げの回収を短縮し支払いを遅らせるのは商売の基礎とはいえ、信じられないような膨張ぶりだ。

■「習近平の肝いり政策」に急ブレーキがかかり…

ところが新型都市化政策に伴う旧市街地改造と立ち退き金の提供は2017年を境に急減する。“習近平総書記の政策”を錦の御旗に、地方政府が乱開発を進めたことを中央政府が危険視したため急ブレーキをかけたとされる。

これではしごを外されたのが、恒大集団をはじめとする急拡大企業だ。「高負債、高レバレッジ、高回転」の仕組みはネズミ講のようなもので、規模が拡大し続けなければ継続できない。前述のグラフを見ても2018年には債務拡大のペースが止まっている。

2021年から再び債務が爆増しているが、これは「未払いにブチぎれた下請け事業者やサプライヤーが仕事を放棄して建設工事がストップ」する流れが広がり、前払い金を受け取ったものの引き渡しできていない不動産が増加したためだ。

中国の新築住宅は予約販売制だ。何も手を着けていない状態の物件を販売するのはさすがにダメということで、建物の最頂部まで完成したら販売開始して良いという決まりになっている。そのため突貫工事で一番上まで作るものの、その後は急ぐ動機がないために放置。下手すると壁も作らずに野放しにされていることも多い。

というわけで、新型都市化政策がキーだったことを考えると、粉飾決算は今回指摘された2019年、2020年だけではなく、2018年の売り上げもごまかしていた可能性もあるのではないか。ともかく規模を拡大しないと生きていけないため、売れなくても新たな建設プロジェクトを始め、下請け業者への支払いを遅らせに遅らせまくって当座をしのいできたわけだ。

恒大集団は新型都市化政策によって企業規模を躍進させた代表的企業の一つ。しかし、ほかにも同じく債務危機に陥っている碧桂園(カントリーガーデン)や融創中国(サナック・チャイナ)など同様のモデルを採用していた企業は多い。これらの企業は2021年半ばぐらいまでは業績好調が続いたとの決算を出しているが、果たして本当なのか。恒大集団ほど豪快なごまかしかどうかはともかくとして、他の不動産企業にも疑惑の目は向けられている。

■「恒大集団のEV参入」とはなんだったのか

これまで、中国の不動産危機は2020年の不動産規制が出発点とみられてきた。しかし、粉飾決算によって2018年、遅くとも2019年には変調していたことが明らかとなった。専門家にとってもサプライズだ。

そうすると、伝説となった「恒大集団のEV(電気自動車)参入」もまた別の視点で見えてくる。

恒大集団の創業者、許家印(シュー・ジャーイン)は2019年にEV事業参入を発表した。不動産デベロッパーが門外漢の自動車をどうやって作るのか、誰もが不思議に思ったが、許氏は発表会で驚きの戦略を明かしている。

■「客を囲い込めばなんとかなる」と考え大失敗

それが「買買買、合合合、圏圏圏、大大大、好好好」(発音は「マイマイマイ、フーフーフー、チュエンチュエンチュエン、ダーダーダー、ハオハオハオ」というもの。意味は「技術はよそから買ってくる。買えないものは他社と提携すればいい。ともかく客を囲い込んで会社をでっかくすれば大成功なのである」となる)という、これぞ成金思考というEV開発戦略だ。

このEV事業が奇跡の大成功を収めてテスラぐらいの時価総額になっていたら、50兆円の債務も返せたのだが……。しかし、車作りはそう甘くはない。なかなか量産できず苦しみ、体制が整ったのは2023年に入ってから。その頃にはEVが量産できればそれだけで株価爆上がり……という時代は終わり、激しい値引き競争をくり広げる戦国時代に突入していた。

親会社が死に体ということもあり、1年後に存続しているかどうかもわからないメーカーの車を買おうという物好きはそうそういない。半年で1000台ほどを量産したが、その後は工場の運用もストップしているという。EV事業に突っ込んだ資金は約500億元(約1兆円)と見られている。それで作った車は1000台で打ち止めとなると、1台あたりの開発・製造コストが10億円という超超超高級車という計算になる。

成金が甘い考えで車作りに参入し痛い目に遭った……というのが当時の印象だったが、内情がわかると「もう不動産は無理。最後のギャンブルにでるしかない!」という心境だったのだろうか……などと邪推してしまう。

■「2つの大問題」を解決できる見通しが立っていない

このように経緯をまとめると、恒大集団の台頭と失墜、そして中国不動産危機は政策に振りまわされた感は否めない。

大都市だけではなく地方都市も発展させようという、麗しい目標を掲げた新型都市化政策が地方不動産バブルの引き金となり、ひたすらに債務を積み増して肥大化する新興不動産デベロッパーというモンスターを生み出した。その債務膨張を抑止しようと規制をかけると、今度は資金不足から建設現場の工事がストップするように。

ならばと、工事資金に用途を限定する形で銀行から不動産デベロッパーに融資させているが、作りかけ物件が多すぎて終わりが見えない……これがイマココの現在地である。抜本的な対策ではないため、明確なゴールが見えないままでの泥沼の撤退戦が続いている。

その場しのぎの対策しか出てこない中国、その様はバブル経済崩壊後の日本とかぶってみえる。税金で銀行を救うのかとの世論の批判が強く、日本は金融システムの救済が遅れた。そのことがバブル崩壊のダメージが拡大した要因になったとされる。

中国は金融機関ではなく不動産デベロッパーが俎上(そじょう)に上がっている点は大きな違いとはいえ、「建設中不動産の完成」と「未払い金の支払い」という2つの大問題は、公的資金の投入など抜本的な対策がなければ解決できず、遅れればダメージが大きくなるばかりという点で構図が似ている。

■“庶民人気”に配慮せざるを得ない習近平

「中国は一党独裁だから世論の反発を気にせず大胆な決断ができる」「過去の金融危機を教科書にできるのが強み」とよく言われるが、いまの中国を見ていると、本当はどうなのだろうかとクビをかしげてしまう。

ここまで見てきたとおり、中国の不動産バブルは新型都市化政策の副作用という側面が強い。中国共産党も問題を知っていたからこそ政策を転換したのだが、その時点で不動産企業の過剰債務問題を、税金を投入してでも解決していれば被害は小さかった。現実はというと、前述の図表2で示したとおり、遅れた分だけ問題は拡大している。そして、いまにいたっても不動産企業に責任を押し付け、根本的な解決から目を背けている。大胆な決断もなければ、過去の金融危機解決の教訓も見られない。

それはなぜか。

実は中国にもポピュリズムがあり、政権は世論を大いに気にしている。特に習近平総書記は歴代総書記以上に庶民人気に配慮している。政権発足以来、汚職官僚退治や官僚の浪費排除、そして「共同富裕」やIT企業規制で金持ちや大企業を締め上げる正義の指導者としてのイメージを構築し、庶民人気を後ろ盾として“皇帝”としての地位を固めてきたという経緯がある。

国民から生活の自由を奪うゼロコロナ対策の失敗と景気悪化によって、その人気に傷がついたタイミングで、今度は成金不動産デベロッパーを税金で救うなど、絶対にやりたくないのだろう。

■不動産危機は習近平体制を揺るがしかねない

この世論への配慮は命取りになりかねない。エコノミストの多くは「正しい対応ができれば、中国経済は今回の危機を乗り越えられる」との見立てで一致しているが、「正しい対応」が絶対条件だ。ずるずると長引かせれば話は変わってくる。

習近平総書記は少なくとも2032年までは指導者であり続ける算段のようだ。習近平総書記は2007年の党大会で中国共産党の最高指導部である常務委員となり、実質的な次期トップとしての地位を固めた。現在、後継者は見当たらない。2027年の党大会で後継者が選ばれれば2032年で交代、選ばれなければ習近平体制がさらに長期化するシグナルだ。

ただ、これはあくまでアクシデントがなかった場合の話である。経済失政、人民の不満の高まり、社会秩序の混乱といった事態が深刻化すれば、超長期政権への批判は強まる。今の不動産問題に「正しい対応」ができるか否かは、政権そのものの未来を揺るがしかねない問題となりつつある。

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高口 康太(たかぐち・こうた
ジャーナリスト/千葉大学客員准教授
1976年生まれ。千葉県出身。千葉大学人文社会科学研究科博士課程単位取得退学。中国経済、中国企業、在日中国人社会を中心に『週刊ダイヤモンド』『Wedge』『ニューズウィーク日本版』「NewsPicks」などのメディアに寄稿している。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか』(祥伝社新書)、『現代中国経営者列伝』(星海社新書)、編著に『中国S級B級論』(さくら舎)、共著に『幸福な監視国家・中国』(NHK出版新書)『プロトタイプシティ 深圳と世界的イノベーション』(KADOKAWA)などがある。

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2024年3月11日、北京の人民大会堂で第14期全国人民代表大会(全人代)閉会式が終わり、拍手を送る習近平国家主席。 - 写真=AFP/時事通信フォト