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 これまでの損害保険/生命保険ビジネスの枠を越えて、より広範な社会課題を解決するリスクソリューションプラットフォーマーへの進化を――。

 MS&ADインシュアランスグループホールディングス(以下、MS&ADグループ)では、「お客さまに保険本来の価値と合わせて補償・保障前後の価値の提供により、お客さまや社会が抱えるリスクや課題を解決すること」を掲げている。そうした従来からのビジネス変革を目指すため、新規ビジネスアイデアをグループで募集し、オープンイノベーションなど様々な手段で実現に取り組む「ビジネスイノベーション チャレンジプログラム」を展開してきた。2019年のスタート以降、累計でおよそ6500件のビジネスアイデアが寄せられ、そこから実現したサービスも出ている。

 5年目となった今年の同コンテストでは、グループ内から468件の応募があったという。2024年3月1日に開催された「JAPAN INNOVATION DAY 2024」の同社セッションでは、そのうち7組の優秀ビジネスアイデアが紹介された。

「リスクソリューションプラットフォーマー」を目指すMS&ADグループ

 MS&ADグループでは、「レジリエントでサステナブルな社会を支える」というビジョンのもと、従来の保険会社の役割を越えた「リスクソリューションプラットフォーマー」への進化を目指しているという。

 リスクソリューションプラットフォーマーとは、いったいどんな存在なのか。同セッションの司会を務めたMS&ADインシュアランスグループホールディングスの稲葉正人氏は、次のように説明する。

「事故発生時の経済的損失の補填を行なうという本来の保険機能に加えて、事故が発生する前の予防・予兆、あるいは事故発生後の早期復旧を支援する、補償(保障)前後のサービスもあわせて提供することが、リスクソリューションプラットフォーマーの目指す姿です」(稲葉氏)

 実際に、MS&ADグループではさまざまなパートナーの協力を得ながら、30を超える新しいかたちのリスクソリューションサービスを展開してきた。たとえば、サイバー攻撃による被害を保険で補填するだけでなく、あらかじめ脆弱性診断を行なって被害防止につなげる「MS&ADサイバーリスクファインダー」。生命保険では、病気の予防や早期発見から、病後の重症化予防や再発予防までをトータルにサポートする「MSAケア」などだ。

従来の保険ビジネスの枠を越えたビジネスアイデアを募集、サービス化

 こうした新たなビジネスと提供価値の創造を加速させるため、MS&ADグループが2019年からスタートしたのが、「ビジネスイノベーション チャレンジプログラム」である。グループ社員3万人が、「デジタル」や「データ」を活用した新たなビジネスアイデアを応募し、優秀アイデアは実際のサービス化に向けた取り組みを行なう。

「この取り組みを通して、社員一人ひとりが、自身の置かれた環境の中でお客さまや地域・社会にどのように貢献できるのかを考え、実行していくことで、当社グループの目指す姿を実現できると考えている。また、取り組みを通じて習得した学びや気づきを各職場のメンバーに伝え、取り組みを拡げていくことにより、イノベーション風土の醸成に繋がる」(稲葉氏)という。

 同プログラムはサービス化も前提とした実践的なコンテストであり、実際にこのチャレンジプログラムから生まれたサービスもある。

 2023年度は、「補償(保障)前後の価値提供」と「3つの重点課題解決(多様な人々の幸福、安心・安全な社会づくり、地球環境との共生)」をテーマにアイデアが募集され、468件の応募があった。審査を経て、そのうち14件が「優秀アイデア」と評価され、2024年度のサービス実現候補としてサービス化の取り組みを進めているという。

 今回のJAPAN INNOVATION DAY 2024では、この優秀アイデアのうち7件について、どのような社会課題を解決するものなのか、具体的にどんなサービスのかたちになるのかといったことが、それぞれの発案者からプレゼンテーションされた。以下では、発表された多様なアイデアの概要をご紹介する。

電力データから高齢者のフレイルリスクを早期発見し、予防を図る

 MS&ADインターリスク総研の木村雄貴氏は、高齢者宅の電力使用データをAI分析することで、身体の虚弱化(フレイル)リスクを早期発見し、虚弱化の予防につなげるサービスアイデアを発表した。

 虚弱リスクの早期発見を図るために、AIエンジニア企業や電力会社とのアライアンスを組み、虚弱リスクの判定レポートや予防のための相談機会を提供するという。さらには、高齢住民の健康維持に取り組む自治体とのコラボレーションも考えられるとした。

 木村氏は、このサービスを通じて高齢者がより良い健康状態を謳歌し、同時に社会保障費の増加という社会課題の解決にもつながる、「健康長寿社会」の実現に寄与したいと語った。

物流業界の“2024年問題”解決を「中継輸送プラットフォーム」で支援

 あいおいニッセイ同和損害保険の佐藤大知氏は、自動車保険の保険金支払い業務での経験から考案したという、物流運送業界向けの「中継輸送プラットフォーム」ビジネスのアイデアを披露した。

2024年問題”として知られるとおり、物流運送業界ではドライバーの人手不足が深刻化している。この問題を解決する方法のひとつとして期待されるのが、長距離、長時間のトラック運行において、途中でドライバーを交代する「中継輸送」の仕組みだ。ただし、中小運送事業者が導入するには「ハードルが高い取り組み」だと、佐藤氏は指摘する。

 そこで提案するのが、中継輸送に取り組みたい運送事業者間のマッチングを行なうプラットフォームサービスの設立だ。同社が持つ全国の代理店網や運送事業者とのパイプを生かし、事業者同士のマッチング、中継輸送基地のシェアリングなどを進める。また、取り組み方法のわからない事業者向けのセミナー開催、中継輸送実施時のリスクに対応した保険商品の開発といった取り組みのアイデアも挙げた。

住宅に設置された火災報知器を“猫のように”かわいがってほしい?

 あいおいニッセイ同和損害保険の片貝有人氏は、一般住宅に設置された火災報知器(住宅用火災警報器)の定期的なメンテナンスを、スマホアプリを通じて楽しく促す「きゃっとガーディアン」のアイデアを紹介した。

 消防法改正によって、2011年以降すべての住宅において、火災による死者数と損害額を半減する効果があると言われる火災報知器の設置が義務づけられた。ただし消防庁の調査によると、設置されたものの6割がメンテナンスされておらず、1割が電池切れや故障したままで放置されているという。「自主的に定期メンテナンスを行なう」という行動変容を起こすにはどうすればよいか――そこで考えたのが火災報知器の“ペット化”だ。

 具体的には、耐用年数が約10年という火災報知器のライフサイクルを「猫の一生」になぞらえて、火災報知器の稼働状態と「猫」の健康状態を連動させる。たとえば、火災報知器の清掃を長期間怠っている場合は猫の毛並みがボロボロになったり、電池切れになれば「お腹がすいた」と訴えたりするイメージだ。「そして、猫が寿命を迎えるときに火災報知器の交換をうながす、そんなことを考えています」(片貝氏)。

海外駐在員と同伴家族の医療不安を軽減する「おくすりトラベル」

 三井住友海上火災保険の福原悠介氏は、現在83万人いる日本企業の海外駐在員や同伴家族に「日本の医療水準と安心感をお届けする」という、新たなソリューションを提案した。「おくすりトラベル」と名付けている。

 海外では医療費の高騰が続いており、それに伴って海外旅行保険料も高騰しているため、企業にとっては海外駐在員のコスト増加が悩みの種となっている。一方で、海外駐在員やその家族も、駐在先では「日本語で医療相談ができない」、「日本語対応の病院が遠い」、「身体に適していない薬を服薬せざるをえない」といった不安を抱えているという。

「日本からのオンライン診療サービス」と「処方薬ポーチ」の提供によって、こうした課題を解決するというのがおくすりトラベルのアイデアだ。日本語で医師に相談できる安心感に加えて、ポーチの薬を使って症状を改善させるケースを増やせば、現地病院にかかる医療費(=保険支払い額)が減ることになり、保険料の抑制にもつながる。

多様なデータ分析と装置販売の仲介で「野生動物との共生」目指す

 三井住友海上火災保険 北海道支店の早川怜那氏は、「野生動物との共生」をテーマにしたビジネスアイデアを提案した。近年、野生動物による人的被害、農林業被害、自動車事故や鉄道被害などが増加し続けており、特に被害や事故の多い北海道では、その対策が大きな課題となっている。

 早川氏は2つのアイデアを提案した。まず予防策としては、動物出没情報や事故発生地域、エサ資源、天候、地形といった多様なデータを集約分析して、動物出現予測マップを作成する。このデータを運送業者、道路管理者、自治体などに提供して、獣害予防対策や啓発、安全な運航ルートの検討などに役立ててもらう。もうひとつ、被害防止、軽減策として、動物撃退装置の販売を同社が仲介して、自動車のドライバーやレンタカー会社、鉄道会社、農家などに提供するというものだ。

 なお早川氏は、野生動物との共生の問題は「世界的な課題」となっており、特に道路建設が急速に進むアジア各国市場に対しても、アジアに強みを持つ同社のネットワークを使って広く展開できる取り組みにしたいと語った。

ブラックボックス化”している貨物損害の原因をIoTデータで解明

 三井住友海上火災保険の張立夫氏は、貨物の損害保険を手がける普段の業務経験を生かして、物流業界向けソリューション「SmartLogiGuard(スマートロジガード)」を提案した。

 長距離を移動する貨物は、航空機、船舶、鉄道、トラックなど、複数の輸送手段を使って目的地まで運ばれる。しかし、輸送中の貨物の状態は「ブラックボックス化」しており、貨物の損害(破損など)が発覚するのは「輸送の完了後であることがほとんど」だと張氏は指摘する。「貨物損害の多くは『いつ、どこで、どのように』発生したかわからない」(張氏)。そのため原因究明や適切な事故防止策の実施が困難になっているという。

 そこで、貨物に輸送環境記録計(IoTデバイス)を取り付け、輸送中の異常を検知/記録する「貨物トラッキングサービス」と、新たに開発する事故予測モデルでIoTセンサーデータを分析する「計測データの分析サービス」の2つを提供する。データ分析に基づく事故防止策を提案するほか、貨物に異常が発生した場合は迅速な通知や保険金支払いが行なえると説明した。

EV車向けリチウムイオンバッテリーの国内リサイクルを実現したい

 三井住友海上火災保険の井上太翔氏は、EV車に搭載されるリチウムイオンバッテリー(LIB)のリサイクル事業を提案した。10年後をめどに急拡大が予想されるLIB市場だが、「レアメタルの供給不足」「廃棄に伴う膨大なCO2排出」といった課題もある。LIBのリサイクルによってその課題は軽減されるが、EV普及の遅れている日本ではリサイクルを事業化できるほどの使用済みLIBの回収が難しいという。

 ここで、同社が“商社”としての役割を果たし、LIBの回収、レアメタル精錬事業者への使用済みLIBの提供、自動車メーカーなどへのレアメタルの販売といった取引を仲介する、これが提案するアイデアだ。損害保険ビジネスを通じて全国の自動車整備事業者、中古車販売店などとのパイプを持っており、これを生かすことでLIBリサイクルによる国内安定供給モデルが実現すると説明した。

 今回は7つのビジネスアイデアが紹介されたが、いずれもMS&ADグループが持つリソースやノウハウ、販売チャネルを活用しながらも、これまでの「保険ビジネス」の枠を大きく越え、それぞれにユニークな提案になっている点が興味深いところだ。

 稲葉氏は、今年度もこのプログラムを継続して「リスクソリューションの開発に積極的に取り組んでいきたい」と述べたうえで、パートナーとして共に新規ビジネスを立ち上げたいという企業はぜひお声がけいただきたいと来場者に呼びかけ、セッションを締めくくった。

5年間で累計6500件のビジネスアイデア 保険の枠を越えた“進化”目指す、MS&ADグループが取り組むイノベーションプログラム