取引先との交渉時、「すみません、(個人的には理解できるのですが)“上”が納得しなくて……」と言われ、泣く泣く相手方の条件をのんだ経験がある人も多いのではないでしょうか。こうなってしまう背景には、日本企業にはびこる「軍隊的性質」があると、『ただの人にならない「定年の壁」のこわしかた』(マガジンハウス)著者で公認会計士の田中靖浩氏は指摘します。その性質と問題点について、詳しくみていきましょう。

ビジネスの場で「上が納得しない」が“効果的”なワケ

大組織で自己評価高めの男性がよく口にするフレーズに「君は組織というものをわかってない」というものがあります。私がこれまで経験した仕事トラブルにおいて、何人もの相手がこのセリフを口にしました。

そんな「組織というもの」を大切にする人は「上司が納得しない」という言い訳を多用します。私はあなたの言い分を理解するが、今のままでは上司が納得しない。だからあなたが折れてくれ、と、そんな内容です。

私からすればまったく理解不能な説得です。その上司はあなたの上司であって私の上司ではない。よって私はその上司の言うことを聞く必要はない。そう考えるわけです。

しかし「上が納得しない」──これはビジネス界においてとても使い勝手のいいフレーズです。なぜならこれで相手が折れてくれることが多いからです。

私は「知るか」と突っぱねますが、そんな人間はフリーランスでもごく少数。日本人はこれを飲んでしまう人が多いです。とくに年配の男性はこの泣き落としに弱い。無意識のうちに「軍隊的組織である会社」の指揮命令系統と、そこにおける兵士の苦労をわかっているのでしょう。

「上が納得しない」論法に納得できないフリーランスの“秘策”は…

「上が納得しない」に効果があることは認めつつ、フリーランスを目指す方はこれを使わないほうがいいでしょう。フリーランスになったら「上」がいないわけですから、サラリーマンのうちから自力で説得することを心がけましょう。

また、いつも組織人の「上が納得しない」にやられて納得できないフリーランスには、この場でこっそり秘密の技を伝授します。自分も組織相手の交渉の際、「上が納得しない」を使ってください。

本当は自分しかいなくても、「その報酬金額では経理マネージャーが納得しません。私が叱責されるので少々値上げをお願いできますか?」と伝えるのです。

え、ずるいって? いえいえ、そんなことはありません。相手に合わせるだけです。

「直属の上司の言うことを聞け」…軍隊的組織の“超・シンプル”なルール

軍隊的組織において、指揮・命令の系統は極めて単純にできています。これを複雑にすると指示が混乱して、戦いに負けてしまうからです。

その指揮・命令の原則とは、「直属の上司の言うことを聞け」と、これだけです。

会社でも組織は軍隊と同じく三角形ピラミッドの形をしています。社長が1人いて、副社長が2人いて、取締役が5人いて、部長が10人いて……と、下の階級に下がるに従って人数が多くなるカタチ。

そこで命令は上の偉い階級の人から部下に向けて発令されます。すると出された人がそのまた部下に命令を出す、というように上から下に向けて「命令の連鎖」があります。

ここで、すべての指示・命令は必ず直属の上司から発せられます。ここはとても重要なところ。

これを崩してしまうと構成員に複数の上司から命令が届くことになって混乱が生じます。直属の上司であるA上官とお隣のB上官の両方から異なる命令が届いた場合、どちらに従えばいいのかわからなくなります。

よって軍隊では「直属の上司の言うことを聞け」が原則となるわけです。

軍隊的組織に慣れている男性、慣れていない女性

ピラミッド組織に慣れた男性はこれをすぐさま直感的に理解しますが、女性あるいは非軍隊的気質の男性のなかにはこの原則を理解できない方がいます。

たとえば、直属のA上官が頼りにならないからと、隣の部署のB上官にお願いに行く人。本人は「そのほうが早く仕事が進みますから」とまったく悪気がありません。しかしこれは絶対にNGです。軍紀違反でどこかの国なら銃殺されてもおかしくありません。

実際に某企業で発生した事例においてはA上官が「俺に断りもなく、勝手なことをして」とカンカンに怒ってしまい、部下女性はしばらく会議に呼ばれなくなったそうです。ハブられた本人は「何なのよ!」とお怒りでしたが、むしろその程度ですんでよかったです。 

彼女は隣の部署のB上官のほうが問題解決に適していると判断し、その指示を仰ぎました。しかしB上官のほうが優秀だったとしても、これはNGなのです。問題の解決より、指揮命令系統を優先するのがニッポン軍隊企業。この点、柔軟な女性ほど指揮命令系統より問題解決を優先してしまい、混乱を引き起こしてしまうようです。

組織において「上司からの命令」と「自らの判断」が異なる場合、いずれを優先するかは古くて新しい難問です。組織の性質や時代によって正解は変わりますが、大切なことは、いずれの立場に立つ人も、「自分とはちがった反対側の人がいる」ことを理解することだと思います。

田中 靖浩 作家公認会計士

(※写真はイメージです/PIXTA)