―連載「沼の話を聞いてみた」―


カルトは誰も幸せにしない。つくづくそれを、実感しています」


これまで誰にも話せなかった……と重い口を開いてくれたのは、50代の藤井麗華さん(仮名)だ。仏教系の新宗教にどっぷりと沼入りしていたのは、麗華さんの叔母(母の妹)である。



※写真はイメージです(以下同)



その新宗教は超有名教団ではないが、本部の立派な建造物や全国各地に支部があることから、それなりの規模の教団だろうと推察できる。麗華さんがそれを「カルト教団」と呼ぶ理由は、医療を否定する教えにより、叔母が自死をしたからだ。


鬱を悪化させたが、処方された薬を“毒”と拒否し、長年苦しんだ挙句、叔母は60代で首を吊った。


叔母が信者たちと連れ立ち、霊感商法のような手口で親戚知人を勧誘してまわっていたことも、麗華さんはいまだに腹立たしく思っている。高齢である麗華さんの母は、実家をめちゃくちゃにされたと(詳細は後述)、ずっと嘆きつづけている。


◆弱みにつけ込むのは定番
叔母カルト教団に入信していることがわかったのは、麗華さんの夫が難病を患い、入院したことがきっかけだった。ある日突然、叔母が訪ねてきた。インターホンを見ると、見知らぬ女性を連れている。



中肉中背の地味な中年だった。グレーのセーターとスラックスという質素な装いで、印象は薄い。「この人誰……?」と不気味に思いながらも付き合いがあるので無下にもできず、とりあえずお茶を出した。


すると、ふたりが話しはじめた。叔母はこう言う。


「麗華ちゃん、ご先祖さまをちゃんと供養している? してないでしょう? だから、こういうことになるのよ……。うちの先生がね、そういうの全部わかっちゃうのよ」


◆たとえ親切心からでも…
阿吽(あうん)の呼吸で、謎の女性が話をつなげる。


「そうそう、ご供養はきちんとしませんと、こういうことが起こるんですよ。いまからでも遅くないから、きちんと仏壇のお世話しましょう?……こういうことはね、ダンナさんだけじゃ終わらないもんなんですわ。連れ合い……もしくは子どもさんにも、いずれ障りが出ることが多いんですよ」



“こういうこと”とは、暗に夫の病気のことである。要は「自分たちの教団に入信しないと、家族全員の健康が危うくなる」という脅しだ。謎の女性は、叔母の布教仲間だった。ちなみに麗華さんに子どもはいないので、「叔母よ、打ち合わせ不足だ」と心の中でツッコんだ。


姪の夫が病魔に侵されたと知り、叔母は絶好のチャンスとばかりに飛んできたように思える。本人たちは「供養しないから病気になった」と心の底から信じ、親切心で助け舟を出しているつもりかもしれないが……。


仮に純粋な気持ちからだとしても、夫の入院で弱っているところへ脅しに近い言葉で誘うのは悪質だ。そう考えた麗華さんは、ほかにトラブルに巻き込まれている人はいないかと、周囲の親戚に連絡を取ってみた。すると、出てくるわ出てくるわ。


麗華さんの従妹は妊娠中に、叔母がやはりふたり連れで来たという。



「あなたの家系には、成仏できない霊がとりついている。生まれてくる子に障りがあるといけないから、お祓いが必要だ」


妊婦に向かって、なんてことを言うのか。


◆つらいことが次々訪れる人生
「しかし信仰を持つこと自体は自由ですし、叔母の人生を思うと、仕方がない部分もあると思っているんです。姪の立場である私から見ても、つらそうな人生でしたから」


麗華さんの母と叔母の姉妹は学生時代、父と弟をつづけて亡くしている。父は水の事故で、弟は災害が原因だった。


不幸中の幸いか、母の実家が資産家だったため経済的に困窮することはなかったが、多感な時期につづけて家族を亡くすのは、想像を絶するつらさだろう。



成人後、麗華さんの母は結婚で隣県へ行ったが、叔母は実家に残り、母親(麗華さんにとっての祖母)との同居という条件をのんでくれる相手と結婚。叔母、叔母夫、祖母の3人で暮らすなか、叔母は20年近く不妊治療を行い、そのあいだに祖母の介護もはじまっている。


◆真面目に教えを実践する日々
のちに調べた結果、叔母はおそらく不妊治療中に入信していたようだ。


「治療の甲斐あって娘がひとり生まれましたが、叔母にとっては、子どもを授かったのは“信仰のおかげ”なのかもしれませんね」



勧誘のほか、叔母が“教え”として実践していたのはこのようなことだ。


・仏壇に水を張った器を置き、水面が揺れると「お告げがあった」というサイン
・就寝は夫婦別室でなければならない
・服薬やワクチンは“毒”と考え、断固拒否


門外漢(もんがいかん)から見れば、“水面のお告げ”は、そこに何を読み取るか、自分の心と向き合うワークのようなものだろうか。夫婦別室は、安眠という点では個人的に賛成できる。


いちばん困るのは、医療の拒否だろう。


◆壊れる叔母、荒れる家
50代に入ると叔母は鬱を発症したが、夫と娘に言われて精神科へ通院したものの、「毒だと教えられている」と、服薬を拒否。症状を悪化させ、家庭内では少しでも注意しようものなら泣き叫び、家事は基本放棄していたようだ。家はゴミ屋敷と化していった。



10年以上かけて状況が悪化していき、ある日首を吊っているところを家族に発見された。


「叔母が自死した後、その夫と娘はさっさと別の土地に引っ越してしまったので、私が屋敷の清掃に行くことになりました。それはもう、凄まじい状態でしたよ。


買い物依存に陥っていたのか、ペットはいないのに動物用のケージがいくつも転がっていたり、開封していない通販の段ボールが山積みになっていたり。台所は腐海と化し、冷蔵庫の食材は液状化。料理が上手できれい好きな人だったのに……と胸が痛くなりました」


◆立派なお屋敷だったのに
入信してからというもの、叔母が暮らす屋敷は信者たちの集会場所と化していた。麗華さん母の言葉を借りると“カルトの巣窟(そうくつ)”だ。信者たちが集っていたであろう客間と仏間、叔父、姪の個室だけは清潔に保たれていた。



麗華さんの母は一度一緒に来たものの、実家の変わり果てた惨状を見て寝込んでしまった。


「思い出深い実家を、カルトの巣窟にされた」
「あの家で自死をするなんて」
「立派な屋敷だったのに、ゴミ屋敷にして」


母は「怒りがおさまらない」と、事あるごとに麗華さんに苦しい心情を語る。


麗華さんは「一体どうなぐさめればいいのか、途方に暮れている」と話す。誰もが穏やかに過ごしたいと願う人生の終盤に、そのような思いを抱えることになるとは、ただただ気の毒だとしか言いようがない。


医療を拒む信仰については、さまざまな沼の体験談を聞くなかで、筆者もたびたび耳にしている。疾患によって奇跡を感じたり、神がかった状態が生まれることも少なくなさそうで、治療しないほうが都合がいいのだろうか。


◆数千万の遺産をつぎ込んでいた
叔母の入信した教団も医療を拒否していたため、あきらかな精神疾患であったが服薬を頑(かたく)なに拒んだ。そして首を吊った経緯を見ると、心の平穏を求めての信仰であったはずなのに……と、皮肉な結末に思えてしまう。



叔母やその教団がどのような死生観を持っていたのか知るすべもないが、麗華さん家族にとっては悔いしか残らない最期となった。


「叔母にとって信仰が必要だったのはわかります。わかるけど、結果だれも幸せにならなかった。


叔母の懐には祖母の遺産があり、毎日のように集まる場も提供していたので、きっと教団でも優遇されていたんじゃないでしょうか。お布施も数千万はつぎ込んでいたようです。鬱が悪化するまでは、平穏に過ごせていた時期もあるのかな……。でも私と母はいま、とてつもない無力感に襲われています」


◆問題は終わっていなかった
「誰も幸せにならない」とくり返す、麗華さんの言葉はとても重く聞こえた。


麗華さんの体験は「叔母一家」という関係にも、もどかしさがある。


叔母が信仰につぎ込んでいる財産は実家からの遺産ということから、麗華さん母は無関係ではないが、麗華さんの家庭には影響はない。叔母一家が心配ではあるものの、口出しできる範囲もかぎられている。



友人、同僚、義家族など、関係性は違えど、周りが心を乱されストレスを負うケースは巷に多々あるだろう。本人は「救われた」と感じていても、こうした沼は周りに苦しさを振りまく。


麗華さん叔母の場合は悲しい結末となったが、麗華さん親子からすれば長年の気がかりが終わったというのも本音だった。ところが、だ。しばらく経って、めずらしく叔父から連絡が入った。


叔母のひとり娘である姪も、その教団に入信しているらしいと。麗華さんの悪夢は、いまも終わっていなかったのだ。


<取材・文/山田ノジル>


【山田ノジル】自然派、○○ヒーリングマルチ商法、フェムケア、妊活、〇〇育児。だいたいそんな感じのキーワード周辺に漂う、科学的根拠のない謎物件をウォッチング中。長年女性向けの美容健康情報を取材し、そこへ潜む「トンデモ」の存在を実感。愛とツッコミ精神を交え、斬り込んでいる。2018年、当連載をベースにした著書『呪われ女子に、なっていませんか?』(KKベストセラーズ)を発売。twitter:@YamadaNojiru