清華大学による、放出処理水の拡散シミュレーション
清華大学による、放出処理水の拡散シミュレーション

「バカヤロウ!」
「小日本(シャオリーベン)!!」

昨年8月、中国からとみられるイタズラ電話が、日本各地で突如として激増した。東京電力福島第一原子力発電所の処理水の海洋放出に反対する、中国政府に同調した人々による行為だったと見られている。

ただ、そんな騒動も長くは続かず、処理水問題はすでにほとぼりが冷めたように見えた。しかしここへきて再び不穏な動きが起きているという......。中国人ジャーナリストの周来友氏がリポートする。

【写真】処理水を放出した福島第一原発

*  *  *

昨年8月、東京電力福島第一原子力発電所の処理水の海洋放出をめぐり、中国政府は「核汚染水」であると厳しく非難し、その後9月には日本産魚介類の輸入禁止を発表し、日本の水産業は大きな経済的ダメージを受けてきました。現在も中国政府は日本産魚介類の輸入禁止を継続しており、中国市民の対日感情の悪化も指摘されてきました。

こうした騒動は、中国でいったんは沈静化しましたが、放出から半年以上が経過した今、処理水への不安が再燃しています。

「国内産の魚も、食べるなら今のうちだ」
「夏になっても海で遊ぶのは危険だ」

最近、そんな書き込みが中国のSNSで散見されるようになりました。

背景にあるのは、「日本から汚染水がまもなく到達する」という報道です。最近、「福島原発で放出された汚染水は240日後に中国に到達する」という中国清華大学によるシミュレーションの結果を、政府系メディアである中国青年網や国営放送CCTVをはじめ、中国の大手メディアがさかんに報じているのです。

昨年8月、処理水の放出を開始した福島第一原発
昨年8月、処理水の放出を開始した福島第一原発

この研究結果は処理水放出前にすでに発表されていたものですが、それによって計算される到達日が4月19日に迫っていることから、各メディアが再び話題として取り上げているものと見られます。

同時に、「日本の海でイワシが大量死、核汚染水の影響か」など、本来は気候の変化で発生した魚の大量死についても処理水と関連付けた煽り報道も散見されます。また、こうした記事をインプレッション稼ぎのためにインフルエンサーがさらに誇張した内容でSNSで拡散している現実もあるのです。

中には、深海魚など外観がいびつな形状の魚介類を、「核汚染水によって奇形となった」と拡散する悪質なアカウントも多く存在しています。

世論の間で処理水への懸念が再び高まっていることを受け、行政も動いています。

たとえば今年3月、中国江蘇省のレストランで販売されていた日本の人気ウィスキーブランド「響」を巡り、産地が東京だったことから安全義務違反として購入客がレストランを訴え、裁判所がレストラン側に2万元(約40万円)の賠償命令を下しています。

昨年には、山東省のコンビニで同じく「白州」や「響」を販売していたことを理由に、安全当局により商品の没収や罰金刑が言い渡されるなど、大衆に対し「日本産の物品の管理厳格化」を印象付けています。

こうしたスパイラルの中で心配されるのが、日本からの輸入に対するさらなる規制です。中国では国民の間で危惧が高まっている事象に関し、それがたとえ杞憂だったとしても、政府や行政が規制強化に乗り出すことがよくあります。国民から無策批判されることを恐れているからです。

現在は、日本産魚介類の輸入禁止にとどまっていますが、食品や医薬品、化粧品など、ジャンルを超えた輸入品に対し、安全検査の厳格化や輸入規制が導入されることも考えられます。実際に、日本産の菓子類や雑貨などについてもすでに検査が厳格化しているという情報もあり、中国国内の販売店からは税関通過に以前より大幅に時間を要しているという話も聞きます。

処理水放出の直後は、在中国日本大使館などがSNSで、処理水の安全性に関する情報を中国人向けにさかんに発信しており、一定の効果を発揮しました。しかし、今年に入ってからは、処理水関連の情報はほとんど投稿されていません。

中国で処理水に対する不安が再燃してきた今、日本政府は処理水の安全性に対するさらなる情報発信を行うべきではないでしょうか。

構成/廣瀬大介 写真/時事通信、新京報

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