■外国人観光客にとって東京は「お得な旅行先」

満開の桜の下、スマホのカメラを構える外国人観光客たち。日本の美を堪能しようと訪れる旅行者が、再び目立つようになってきた。都市に賑わいが戻った嬉しい光景だ。

ただし、訪れる理由は純粋な「美」だけとは限らない。日本が「安い国」になったことで旅行先に選ぶ海外客は確実に増えており、手放しで喜んでばかりもいられない。イギリスで発表されたリポートで、衝撃的な事実が浮かび上がった。東京は世界の主要都市のなかでも、ベトナムケニアなどの都市に次ぎ、4番目に安く観光できるという。

リポートは「ホリデー・マネー・レポート」と題し、イギリスの国有企業であり郵便事業を担うポスト・オフィス社が毎年発表している。このたび発表された2024年版(PDF)で、「2024年版 休暇の価値が高い旅行先トップ15」が掲載された。価値が高いランキングと謳っているが、現地の物価の安さをもとに順位付けしているため、実質的に滞在費用の安い都市ランキングとなっている。

世界40都市の滞在費用を比較したところ、安い都市上位は次のようになった。末尾は1日あたりの滞在費用を示す。4月11日時点のレートで英ポンド表記から日本円に換算し、10円未満を四捨五入した。

1位 ホイアンベトナム)……9840円
2位 ケープタウン(南アフリカ)……1万440円
3位 モンバサ(ケニア)……1万550円
4位 東京(日本)……1万1350円
5位 アルガルヴェ(ポルトガル)……1万1470円
6位 シャルム・エル・シェイクエジプト)……1万1790円
7位 サニービーチ(ブルガリア)……1万2000円
8位 クタ(インドネシアバリ島)……1万2170円
9位 マルマリス(トルコ)……1万2700
10位 パフォスキプロス)……1万4090円

■グラスワイン700円、飲料水130円に「格差」を感じる

日本の東京に1日あたり1万1350円で滞在でき、ベトナム南アフリカケニアに次ぐ安さという結果だ。8位には、かつて安価なリゾート地として日本人からも人気を集めたバリ島がランクインしている。東京とバリ島の滞在費用の差は、1日あたりわずか1350円だ。

東京は昨年8位だったが、4つ順位を上げて4位に浮上。英ポンド建てでの滞在費用は、昨年比で16.2%急落した。

ラングの発表を受け米フォーブス誌は、旅行ライターで同誌上席寄稿者のラウラ・ベグリー・ブルーム氏による記事を掲載。「予想外のひねりとして、伝統と現代が融合した活気あふれる大都市、日本の東京が4位にランクイン」したと述べている。

もっとも、同ランキングは宿泊費など実際の諸費用を積み上げたものではない。コーヒーや水、日焼け止めなど旅行中の趣向品や必需品を積み上げ、滞在費用を推計している。東京の場合、グラスワイン1杯(平均約700円)とミネラルウォーター1.5L(約130円)の安さが推定滞在費を押し下げた。

発表元のポスト・オフィス社は、「(同社で扱いのある)ベストセラー通貨のうち90%が、1年前より対ポンドで下落している」と指摘。イギリス人観光客にとって、東京を含め、長距離旅行でリゾートへ向かうチャンスだと示唆している。

■オーストラリアでは東京、大阪、京都がトップ5入り

場合によっては、日本はバリ島よりも安価な旅行先と目されるようになった。オーストラリアでは休暇の旅行先として、地理的に非常に近いバリ島がこれまで人気だった。しかし、シドニーの日刊紙「オーストラリアン」は昨年12月、旅行予約サイト大手のエクスペディアが発表したデータを掲載。

当該データによると、オーストラリアの人々に人気の旅行先として東京が1位となり、トップ5のうち3つを日本の都市(東京・大阪・京都)が占めたという。2位がバリ島、3位はシンガポールとなった。バリ島の首位陥落は8年ぶりとなる。

エクスペディア・グループでマネージング・ディレクターを務めるダニエル・フィンチ氏は、オーストラリアン紙に、不動の人気を博すバリ島を東京がかわしたことに当初は驚いた――と語る。だが、理由は明らかだった。

「データを掘り下げていくと、さほど驚くことではありませんでした。外貨が大きな要素であり、以前ほど円高ではありませんので、それが大きく貢献して興味を惹いたのでしょう」

オーストラリアのYahoo!ファイナンスは、オーストラリアからの飛行機代を除けば、1日あたりの予算はバリ島より安いと紹介している。

バリ島の場合、宿泊費としてホテルのシングルルーム1泊約1万円を含め、屋台などで安価に食事を済ませれば、1人1日あたり1万4000円ほどで滞在可能だと記事は推算。これに対し東京では、閑散期のビジネスホテルで1人1泊5000円ほど。食費はバリ島よりも高く付くが、1人1日合計で1万2000円ほどあれば滞在可能だ。ホテルのランクをもう少し上げたとしても、総費用はバリ島とほぼ同じ水準になる。

■記録的な円安で、訪日客が増加

東京が安い都市に急浮上した最大の原因は、円安にある。ブルームバーグは今年2月15日、「円安のうちに日本にバーゲン価格で旅行(Bargain Vacation)する方法」と題する記事で、33年ぶりの円安になっていると報道。アメリカの連邦準備制度理事会(FRB)などが積極的な利上げ策を実施しているのに対し、日本の中央銀行(日銀)はいまだに金利を最低水準に据え置いており、ギャップで円安が促進されていると指摘する。

こうした円安に押され、訪日客は増加している。日本政府観光局(JNTO)が発表する「訪日外客数」データによると、昨年の訪日外国人旅行者数は2507万人に達した。東京都の人口の1.8倍にあたる外国客が日本各地に押し寄せた計算だ。コロナ前の2019年に記録した3188万人には及ばないものの、2022年と比較して555%増の急激な回復をみせている。

阻害要因がないわけではない。ブルームバーグは、アメリカを起点に考えた場合、アジア行きの便で価格が高い傾向にあると指摘。パンデミック後の便数の回復が、アメリカ=ヨーロッパ路線と比較し、アメリカ=アジア路線では遅れているためだという。それでも大幅な円安が追い風となり、日本行きの便に飛び乗る海外客は多い。

■3つ星レストランがリーズナブルで楽しめる

円安をポジティブに捉えれば、日本を世界に知ってもらう好機でもある。東京は世界一ミシュランの星付きレストランが多い都市としても知られるが、円安でさらに気軽に足を運びやすくなった。「ミシュランガイド東京2024」によると、三つ星12軒、二つ星33軒、一つ星138軒の、計183軒の星付きレストランが東京に集中している。

こうしたレストランが、海外客にとって円安で安価で楽しめるようになった。英金融サービスのジョン・ルイス・ファイナンスは、「ミシュラン掲載のレストランがリーズナブルに楽しめる世界のトップ都市」特集にて、「王冠は東京に」と講評。

星付きレストランの「創作麺工房 鳴龍(大塚・担々麺)」「SOBA HOUSE 金色不如帰(こんじきほととぎす)(新宿・ラーメン)」「銀座 八五(ラーメン)」を含め、東京ならミシュラン掲載の77軒を比較的安価に楽しめると紹介している。

■無料施設の多さも追い風に

食以外では、無料ないし低価格で見学できる施設が多いことも日本旅行を促す誘因となっている。豪Yahoo!ファイナンスは、「ありがたいことに、日本には無料で楽しめる観光スポットがたくさんある」とコメント。

神社やお寺は入場料がかからない場所が多く、美術館や博物館も特定の日が無料になるなどと取り上げている。東京都内に限れば鉄道網が発達しており、500円もあれば1日の交通費をまかなえる、とも記事は述べる。

実際、安価に観光できるスポットは多い。旅行情報サイトの「トラベル」は、一人旅で訪れるべき日本の安価なスポットを掲載している。「日本は一人旅の旅行者にとって、手ごろな値段で楽しめるアトラクションや体験が多く、予算内で楽しめる旅行先だ」と記事は述べる。

朱色の鳥居が立ち並ぶ京都の伏見稲荷大社や、ネオンが美しい大阪の道頓堀、原宿の喧噪とは無縁の明治神宮など、名所中の名所でも入場料を取らないケースは多い。

■海外メディアが「安い東京」に大注目している

観光地としての東京の安さは、その他のランキングでも裏付けられている。英タイムズ紙は独自ランキングとして、「2024年の安価な旅行先26選」を掲載。うち1つに東京を取り上げ、「東京は物価が高いというイメージがあるが、どのような予算の旅行者にも対応できる素晴らしい街でもある」と紹介している。

記事は、カプセルホテルはプライバシーを保ちつつ安価に宿泊できると紹介。ほか、コーヒー1杯350円、夕食1100円、ビール580円など、欧州と比較して安い物価を取り上げる内容だ。

これとは別に英BBCは、「旅行予算にさらなる価値を生む都市5選」を掲載している。リスボンポルトガル)やブエノスアイレス(アルゼンチン)と並び、日本の東京が選ばれた。日本のなかでは物価が高い部類の東京だが、「シンガポールや香港のような同じアジアの都市よりも手頃な価格となっている」と指摘する内容だ。

BBCはさらに、「他国がインフレと戦っているのに対し、日本は円の通貨力を維持すべく、数年にわたりデフレとの戦いを続けてきた」とも背景を論じている。

■日本人にとって海外旅行は「夢のまた夢」になる

訪日客で街が再び賑わうようになったこと自体は、喜ばしい状況だ。単に安いだけでは人は訪れない。訪日客の回復は、繊細な味覚のフード、ていねいで礼儀正しいサービス、日本古来の美とモダンテクノロジーの融合した光景など、日本への訪問に高い価値を感じる海外客が多いことを裏付けている。

だが、手放しで喜べない現状がある。日本の安さが追い風になっていることは事実だ。物価の安さで行き先を決めるスタイルは、かつて日本から途上国へと、収入の少ない若者が押し寄せていた状況を彷彿とする。物価高騰の欧米から見れば、日本は低予算で長期滞在できる国へと明らかに変化した。私たち日本人としては、自らが住む国への視線が変わりつつあることに、戸惑いを覚えざるを得ない。

円安が猛烈な勢いで進行するいま、平均的な私たち日本人にとって、海外旅行など夢のまた夢となってしまった。海外客に日本を楽しんでもらう好機とはいえ、極端な円安の是正が望まれる。

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青葉 やまとあおばやまと
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。

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※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Ratth