世界の映画祭を賑わす名作から、世代を超えて楽しめるエンタメ作まで幅広い作品を生み続けているイタリア映画。現在Amazon Prime Video チャンネル「スターチャンネルEX」では、そんなイタリア映画のいまを紹介する「イタリア娯楽映画の進行形」シリーズ第2弾「特集:ゴー!ゴー!パオラ!~イタリア娯楽映画の進行形~」が配信されている。今回スポットを当てたのは、ジャンルを問わず多彩な大衆作で活躍している人気女優パオラコルテッレージ。格差や性差別など、社会問題を鋭く突いたエンタメ作で人気を誇る彼女が主演した5作品の特集だ。そこでイタリア文化の魅力を日本に紹介する「京都ドーナッツクラブ」の主宰者で、5作のチョイスも担当したラジオDJ・翻訳家の野村雅夫にコルテッレージの魅力や作品の注目ポイント、イタリア映画事情を語ってもらった。

【写真を見る】時にCAに変身し、時に流暢なアラビア語を披露…カメレオン役者の国民的女優パオラ・コルテッレージ(『マイ・ライフ:インポッシブル』)

■地形や文化、さらに社会問題まで…イタリアと日本には類似点がある?

古くは『自転車泥棒』(48)や『道』(54)、『若者のすべて』(60)から、『ニュー・シネマ・パラダイス』(89)、『ライフ・イズ・ビューティフル』(97)まで、数々に名作を送りだしてきたイタリア映画。その歴史は日本映画に似ていると野村は指摘する。「イタリア映画は1920年代に最初の黄金期を迎え、アメリカで歴史劇が大人気になりました。40年代にはネオレアリズモ(既成概念にこだわらない撮影手法で社会問題、現実を描写する潮流)が名作を生み、60年代には多くの巨匠が活躍しました。その後カウンターカルチャーの流れが生まれ、70年代以降は既存のシステムが機能しなくなり、90年代は低迷していったんです。時代劇から独自の歴史を築き、松竹ヌーベルバーグ(大島渚、篠田正浩、吉田喜重など60年代前半の松竹出身の映画監督たち)以降は下降線をたどっていった日本映画と似ています」。

そんななか、新たな世代の作り手たちが登場し2000年代にはコンスタントに良質な作品が生まれるようになったという。「イタリアを舞台に、ハリウッドへの憧れを込めたおもしろい映画を撮る人たちが増えています。その一方で伝統的な名監督の作品に魅せられ映画業界に入ってくる人たちもいる。様々なジャンルが花開く、よい状況になってきたと感じています」。

野村はイタリアと日本は国土的に独自性を持つと分析する。「イタリアは日本と似たところがあるんです。地理的にヨーロッパ大陸と地続きですが、イタリア半島は南北に長く山があり海に囲まれているためイタリア人は島国に近い感覚を持っています。文化的にもフランスとは感覚がまったく異なります」。映画も日本人が共感できる要素が盛り込まれているという。「少子高齢化や晩婚化、経済の低迷といった社会問題は日本とよく似ています。日本に限らず多くの先進国が抱えている問題ですが、イタリアは日本の約半分と人口が少ない分、早めに問題が露呈するんです。文化は違っても、似たようなことで悩んだり喜んだりしているんだなと感じるでしょう」。

■「コルテッレージは、観客やカメラの向こうで人々が自分をどう見ているのかも感じ取っている」

そんなイタリア映画を代表する旬の女優と野村が推すのがパオラコルテッレージだ。シリアスドラマから大衆的なコメディまで幅広いジャンルで活躍。「この5、6年は乗りに乗っていますから、彼女の顔と名前を覚えておくとイタリア映画を観るのが楽しくなります」と断言する。コルテッレージの魅力は多彩な役をこなす演技力だけではない。「自分で脚本を書けるうえ、作品選びのイニシアティブをとれるポジションにいるので、自分がどう見られるか?を考えて選択しているんです」。そんな彼女の出演作の多くに共通しているテーマが、「社会の歪み」だ。「たとえドタバタコメディでも、自分の生き方や家族との在り方など、観たあとになにかしら考えさせられる作品が多いですね。生きづらさを共有し、それをどうやって克服するか。映画を通してずっとその問いかけをしているように感じます」と分析する。

コルテッレージはキャリアもユニークだ。演技だけでなく高い歌唱力の持ち主で、日本の紅白歌合戦にあたる国民的な音楽番組「サンレモ音楽祭」の司会経験のある彼女。若手時代にはモノマネ番組に出演し、次から次にエンドレスでモノマネを披露したこともあったそう。「政治家のモノマネをするなど風刺の精神も持っています。皮肉も上手いし、観客やカメラの向こうで人々が自分をどう見ているのかも感じ取っていると思います」と言い、そんなキャリアが女優活動に活きていると考える。

今回配信されるのは、コルテッレージらしさが味わえる作品として野村が厳選した5作品。「彼女ならではの切り口の作品をピックアップしました」と自信をのぞかせる野村に、各作品の見どころやポイントを語ってもらった。

■『あゝ無慈悲』低賃金、晩婚化、少子化…日本人も共感できるテーマ

『あゝ無慈悲』(15)は、低賃金や晩婚化、少子化を題材にしたシリアス寄りの作品だ。田舎町の工場で働くルチャーナは、妊娠がわかり喜ぶが、それをきっかけに職を失う。気のいい夫は無職で、ビジネスでも失敗続き。ルチャーナはそんな夫のある行動によって精神的に追い込まれ、職を取り戻そうと実力行使に出る。「暮らしが安定していたカップルが、妊娠を機に悪循環に陥っていくお話です。不動産事情もあり、経済的に安定して子育てをするのが難しいイタリアの現状を描いています」と解説する。本作の舞台はローマを州都とするラツィオ州の田舎町。コルテッレージが演じる主人公は、妊娠をきっかけに職を失ってしまう。「周囲の人々は『子どものことを考えないと』とか『子どもは宝だから』と言いながら、彼女から仕事を奪っていく。妊娠だけでなく、親の介護など家計を支える女性が仕事を離れる機会はたくさんあります。日本人にとっても非常にわかりやすい作品だと思います」。

■『マイ・ライフ:インポッシブルトム・クルーズばりに体を張ったパオラカスハラ問題に挑む

一方、『マイ・ライフ:インポッシブル』(19)はアクションコメディ。女手一つで娘を育てるジョバンナは、表向きは財務省勤務だが、実は人知れず国家を守るスパイ。爆弾テロ犯を追う最中、突然学生時代の友人から同窓会に招かれ、一般人との接触を避けるという掟を破り、旧友たちと再会する。中年になり、どこか人生が上手く行っていない彼らと話していると、それぞれが周囲の“とんでも人間”に困っている様子。ジョバンナはこっそり復讐を代行しようとするが…。「パオラトム・クルーズばりに、モロッコで屋根の上を走ったり体を張って頑張ってます(笑)」。ただし社会性も盛り込まれている。「シングルマザーの子育てもので、モロッコからもマッハで幼稚園にお迎えに行く(笑)。シングルマザースパイの組み合わせはなかなかありません」。世間の“困った人たち“にもスポットを当てている。「行き過ぎた消費主義のなかで生まれたカスハラ問題にも触れています。モラルの低下が人を生きづらくさせている、そんな部分も見てほしいですね」。変装して“ミッション“に挑む姿も見どころだ。「CAになったりアラビア語をしゃべったり、得意のモノマネが活きていますね」。

■『環状線の猫のように1&2』郊外の貧困を風刺を交えて描く

環状線の猫のように』(17)は郊外住宅地を舞台にしたコメディジョバンニ欧州議会シンクタンクで、イタリア各都市に広がる郊外の貧困を解消するために調査をしている。出張からローマに戻ってきたジョバンニは、13歳の娘アニェーゼから恋人ができたことを告げられる。その恋人というのは、郊外の中でも治安の悪い地区に住むアレッシオだった。愛娘を救いだそうと決意したジョバンニは、アレッシオの母モニカと衝撃的な出会いを果たす。「ローマ郊外を描くのはネオレアリズモのころからの定番」だと言う野村は「次々に家やマンションができ、都市が大きくなる一方、家を持てない人たちは街の外に出て行きます。低所得者のほか、移民も増え、社会のあらゆる問題が街の郊外に集まることになったんです」と解説。コルテッレージは郊外の粗暴なヤンママ役で、息子の恋人の父親でシンクタンクに務める生真面目な男と惹かれ合う。監督はコルテッレージの夫リッカルド・ミラーニだ。「リベラルな男を郊外に放り込む、その発想がいいですね。ミラーニ作品の持ち味は、誰かを貶めるのではなく笑いながら融和させること。団地に住んでる人たちは笑えるだろうし、スノッブなインテリ層も耳が痛いけど笑えちゃう。よく考えられた明るい作品です」と絶賛。

続編『環状線の猫のようにPART2:バック・トゥ・ザ・ビーチ(21)は、前作から3年後、双子姉妹が犯した万引きの責任を取って刑務所に入ったモニカが、政治家のツテを持つジョバンニに助けを求めるところから物語が始まる。「パオラのファッションも含め、次はもう少しエスカレートしてほしいなと思ってたので、その期待に応えてくれています。コメディ要素が増しましたが、親子ともども住む世界が違う者同士の結びつきがおもしろく描かれています」。

■『こどもたち』元彼と一緒に「2人目問題」に向き合う?

『こどもたち』(20)は第2子の誕生を機に、夫婦の間に亀裂が走る姿がシニカルに描かれる。サラとニコラは共働きをしながら、6歳の一人娘と慎ましくも幸せに暮らしている。第二子の妊娠が発覚し、改めて力を合わせて生活することを誓い合う2人だったが、お金と時間に余裕がなくなり夫婦関係に亀裂が走る。「2人目の苦労ですから『あゝ無慈悲』を乗り越えると、こちらが待っているという(笑)。日本でも家庭環境や労働環境によって同じ悩みを持つ人も多いでしょう」。コルテッレージが演じる妻は、仕事に復帰するため両親に育児の協力を頼むが拒否される。「経済的な面だけでなく、親が頼りになるかどうかも重要です。変に子どもっぽいリタイア世代のリアルがきちんと描かれていると思います。90年代の映画だったら、親との関係も違ったでしょうし、そういう意味で時代を映した映画ですね」と考察する。さらに夫役のヴァレリオ・マスタンドレアの意外な素顔も教えてくれた。「20年くらい前、実生活でパオラの恋人だったんです。別れたあとは共演NGだったかどうかは不明ですが、2人はこれが初共演。イタリアでは有名なので狙った起用でしょうが、2人の相性はバッチリでした(笑)」。

イタリア映画祭2024ではパオラコルテッレージ初の監督作を上映

毎年、日本でもイタリア映画祭が開催されている。先で紹介した『環状線の猫のように』と『こどもたち』は、過去イタリア映画祭で上映されていた作品でもある。野村が代表を務める「京都ドーナッツクラブ」は翻訳やパンフレットの寄稿などで、映画祭に携わっている。5月1日(水)から6日(月・祝)に東京、5月18日(土)・19日(日)に大阪で開催される今年の映画祭について、「ほとんどが日本で公開が決まっていない2023から24年にイタリアで公開された作品。希少性が高いのは、映画祭ならではのお楽しみですね」と期待を寄せる野村。今年の見どころを聞くと、「もちろん、パオラコルテッレージです」と答えた。「パオラの初監督・主演作『明日がまだある』(23)が上映されます。イタリアでは2023年秋に公開され、年間興行収入1位になった大ヒット作です。驚いたのは、1946年ローマを舞台に当時の女性の地位の低さを描いたモノクロ映画ということ。DVシーンもありますが、暴力をダンスに置き換えて、いままで見たことのない表現で描いていました。テーマは重い作品ですが、ユーモアの要素も持っているのでぜひ観てほしいですね」。

もう1本、俳優の監督作が上映される。「東京だけになりますが、マルゲリータ・ブイの初監督・主演作『ヴォラーレ』(23)が上映されます。彼女はパオラりひと回り上のイタリア映画を支えてきた大スターの1人。飛行機が苦手な女優が、それを克服しようとするライトなコメディです。男性が多い業界システムのなか、『やりたい』と声を上げた女性は映画界で最重要の2人。その2本が上映されるのは、今年の大きなトピックでしょう」と語ってくれた。

京都ドーナッツクラブで、イタリアン・ホラーの巨匠の自伝「恐怖 ダリオ・アルジェント自伝」(フィルムアート社刊)の翻訳を手掛けるなど積極的に活動している野村。今後のイタリア映画に対する期待を尋ねると「近年の傾向から見てですが」と前置きをして、エンタメ分野の盛り上がりだと語った。「若い世代がどんどん出てきています。映画祭で賞を取るような作品だけでなく、ヒーロー映画『ディアボリック』(21)のようなかつてのイタリアのジャンル映画の豊潤さを取り戻す作品にもどんどん出てほしいですね。世界的ヒット作の登場に期待しています」。

取材・文/神武団四郎

イタリアの国民的女優、パオラ・コルテッレージって知ってる?(『マイ・ライフ:インポッシブル』)/[c]2020 WILDSIDE S.R.L. – VISION DISTRIBUTION S.P.A.2019 WILDSIDE –VISION DISTRIBUTION S.p.A.(Foto Claudio Iannone)