「春はあけぼの」と聞けば、おそらく多くの人が『枕草子』を頭に浮かべるだろう。これらは多くの人に通底する普遍的な感情を描き、一刻で消費されない強さや何度も鑑賞したくなる奥深さを持っていたからこそ、今の時代まで“名作”として語り継がれている。名古屋にて2020年に結成されたバンド・えんぷていが3月13日(水)にリリースした2ndフルアルバム『TIME』は、誰しもが抱える感情を描いた、いつの時代にも鳴り響く1枚である。そして神谷幸宏(Dr)と赤塚舜(Ba)を正式メンバーに迎え、5人体制として初のアルバムとなった今作は、時間の不可逆性や愛と対峙した全10曲が収められている。今回SPICEでは、4月18日(木)より自身初の東名阪ワンマンツアーとなる『2nd ALBUM「TIME」ONEMAN TOUR』も控え、更なる飛躍を遂げようとしているえんぷていの奥中康一郎(Vo.Gt)に新作についてはもちろんのこと、音楽との出会いや“普遍的な作品”とはなにかについて語ってもらった。

奥中康一郎の音楽遍歴。始めは「消去法的に音楽を選んだ」

ーー先ずは、奥中さんと音楽の出会いを教えてください。

小学校1年生の時、習い事でピアノを始めたのがキッカケでした。本当は空手を習おうと思っていたんですが、道場を見学した時に怖すぎて。消去法的に音楽を選んだので、最初からやりたかったわけではなかったです。

ーーいざピアノを始めてみたら、音楽にどっぷりとハマったんですか?

ピアノを習っていく過程で、ほんのりと興味を持ち始めました。両親のカーステレオで流れていたaiko槇原敬之スピッツなど、19902000年代のJ-POPが好きでしたね。

ーーギターを始めたのはいつ頃ですか?

これも消極的な理由なんですけど、中学校2年生の時ベーシストの友達に「俺がベースを弾くバンドをやりたいから、ギターをやってくれ」と言われて始めました。

ーーそこから高校で軽音楽部に入り、石嶋一貴さん(Key)と出会ったんですね。

石嶋が1年1組1番で、僕が1年1組6番で同じクラスでした。もともと石嶋はずっとクラシックをしていたので、ポップスには明るくなくて。一方で僕はオルタナティブロックとJ-POPを聴いてきていたので、お互いに「分からない」って言いながら、部室で好きな音楽をシェアしていましたね。

ーー石嶋さんとの出会いがキッカケで、興味範囲外の音楽にも触れ始めたんですか?

それもありますし、もう1人全然趣味の違う友達がいたんです。その子が渡してくれたCDが、はっぴいえんどの『風街ろまん』とThe Beatlesの『Magical Mystery Tour』でした。そこで生まれて初めて、能動的に聴いた音楽を理解できなかったんですよね。何でこれがマスターピースとされているのかが分からなかった。でもそれを分かるまで聴いてみようと思っている内に、ふと腑に落ちたのが17、18歳の頃でした。

ーーバンド名もはっぴいえんどゆらゆら帝国の「空洞です」から由来しているとのことで。一聴で分からなかったからこそ、由来になるくらい大きな存在になったんですか?

ええ。分からないものも理解しようとすることの大切さを教えてくれた作品だったと思っています。今までは一聴で分からなかったものをスルーしていた自分が、音楽をフラットに聴くようになったキッカケでした。『風街ろまん』はもちろん大好きな作品ですが、それ以上に自分の視野を広げてくれた作品ですね。

ーーはっぴいえんどをはじめ、様々な影響を受けていると思うのですが、えんぷていを通じて自分たちのルーツを再構築している感覚なのでしょうか?それとも、好きな音楽と自分たちの音楽は別軸で考えていますか?

もともとは、僕たちなりに好きな音楽を昇華してみようと思っていました。でもだんだんと、その行為が“表現”かどうか分からなくなってきて。自分たちが1から作り上げるものに、文脈のようなものが必要なのかに疑問を感じたんです。そこからはえんぷていとしての価値を作っていく方向になっていきました。

ーーその転換はいつごろだったんですか?

1stシングル「コンクリートルーム」(2020年9月リリース)と2ndシングル「Sweet Child / 微睡」(同年12月リリース)の間ですね。1作目は自分たちが聴いてきた音楽を昇華したものだったのが、2作目からは内側に眠るものを表現した作品になりました。今もその転換の延長線上にいて。好きな音楽からエッセンスとしての影響は受けつつも、えんぷていとして表現したいことが先行している状態だと思います。

ーーその時期は、サポートメンバーを入れて活動し始めた時期とも重なっていますね。

最初は奥中と石嶋、比志島(國和、Gt)ともう2人メンバーがいたんですけど、表層的な部分から表現にシフトチェンジする過程で意見が食い違ってしまって。そこで、サポートメンバーを入れての活動になりました。バンドの中心が3人になったことで意見がまとまるようになって、よりコンセプチュアルになっていったかなと思います。

過ぎ去っていく時間と対峙した2ndフルアルバム『TIME』

ーー今作『TIME』は、前作『QUIET FRIENDS』(2022年11月リリース)で提示したえんぷていらしさはそのままに、新たな側面を見せる1枚だと思いました。改めて今作を振り返って、奥中さんはどんな作品になったと感じていますか?

前作の『QUIET FRIENDS』は明確にコンセプトが決まっていたので、長い1曲を10等分してピースを当てはめていくような感覚でした。一方で、今作はコンセプトを最初に決めなかったので、1曲1曲物語を完成させるような気持ちで作ったアルバムになりましたね。

ーー短編を作っていくような感覚でしょうか。

そうですね。ただ、その短編を同時期に作ったり、同じモードで作曲していたことで自然とコンセプトになっていました。それが“TIME”だったんです。時間が過ぎていくことや戻したくても戻らないこと。それに対してどう向き合うかを表現しようと思いました。もともと、僕らは“TIMELESS”をテーマにしていて。これは“普遍的なものは時代を選ばない”、“いつ聴いても良いと思えるものを追究する”ということですが、前作以上に相手に届ける意志を前面に出したことで、より開けた作品になったと思っていますね。

ーーちなみに、コンセプトの“TIME”はいつごろ浮かびあがってきたんですか?

かなりアルバムの制作が進んでからですね。時間にまつわる歌詞を入れようとは一切意識していなくて。終盤になって、どの曲も“戻らないこと”について歌っていると気づきました。その気づきの後、最後に書いたのが「あなたの全て」です。

ーー「あなたの全て」をはじめ、「斜陽」や「Pale Talk」など前作以上に愛について歌った曲が多いと感じたのですが、いかがですか?

愛はすごく考えたテーマですね。人間は常に何かを失っていくと思っていて。友や若さ、時間など全てを無くしていく過程で、それを取り戻したいと願うと思うんです。でも実際には取り戻せないし、取り戻す必要もない。その代わり、愛を獲得していくんじゃないかなと。

ーー不可逆な時間の中で獲得していくものが愛だということですね。

愛するという行為は、何か見返りを求めることではなく、自己完結しているものだと思っているんです。自分が愛しているかどうかが最も重要で、思っていること自体が愛なんだという結論を歌っていますね。

ーーそういった結論に至ったキッカケは何だったのでしょう。

一昨年の冬、突然友人がこの世を去ってしまったんです。その人に対して僕がしてあげられることは、何も無かった。たとえ一方的であっても、残された側の人間がその人を忘れないことや忘れても思い出すことに意味があると思うんです。それが『TIME』には表れていますね。

ーーずっと考え続けていたことが、自然にコンセプトとして結実したんですね。神谷さん(Dr)と赤塚さん(Ba)が正式メンバーとして加入し、5人としては初のアルバムになりますが、その点はいかがでしょう。

僕はメンバーがプレーすることを想定して、それぞれに弾いて欲しいと思うフレーズを作っているんです。みんながそれを汲み取った上でアレンジをしてくれたので、1人1人の個性が出たのびのびとしたアルバムになったかなと。

ーー前作も今作も結果としてはコンセプチュアルなアルバムになっていて。なぜそういった作品になったと思いますか?

シングル主流の世の中に対するアンチテーゼなのかもしれないです。プレイリスト文化を否定するつもりはないんですが、サブスクの普及で美味しいところをかいつまんで食べるようになってしまった。でも、アーティストを深く理解するためには1枚を通して聴くことが必須だと思っているんです。だからこそ僕らは深く理解されうるものを提示しなくてはならないし、通して聴くことで感動できる、曲同士が結びついた作品をゴールにしていますね。

ーー深く理解することができる作品を作ることは、何度も聴きたくなる作品を作ること、時代や場所を問わず愛される普遍的な作品を作ることとも密接に関わっていると思いました。奥中さんが思う“普遍的な作品”とは、どういったものですか?

開かれた作品だと思っています。消費されない音楽であり、商業的ではない点は意識しましたし、やっぱり僕は、本当に音楽を好きな人の総数が減ってほしくないんですよね。どんどん世の中がファストになって時間の価値が高まる中で、たっぷりと時間を使って味わう芸術が音楽だと考えていて。僕自身、過去の人間が体験してきたように時間を使って音楽を聴くことが好きだからこそそれを守っていきたいし、インスタントになっていくことへの抵抗はあります。

ーーそれはアルバムをコンセプチュアルにする、つまり時間を使って聴けるようなものにすることと繋がっていますよね。

そういうことです。もちろん短い曲も作るんですが、適した長さを大切にしたくて。偶然なんですが、前作も今作も10曲入りの37分だったんです。もしかすると、自分の中の気持ちいい時間がそれなのかもしれないなと。

ーー普遍的な作品を目指すことは、ある種ポップになる側面も帯びていると思っていて。ポップスに対するアンチテーゼを標榜することと開いた普遍的な作品であることの両立は難しいようにも感じたのですが、このアンビバレンスに関してはいかがですか?

大衆に受け入れられたくないとは思っていないんですが、ただ、度が過ぎたキャッチーなものは違うとも感じていて。歌詞の奥ゆかしさを無視して、耳に残ったり、数字が良かったりする曲を“いい曲”として捉えるよりも、消費されない美しいものを選びたいなと。芸術的でありながらも、分かりやすい形で届ける。このバランス感はすごく大切にしています。もちろん1人で作品を作って芸術に全振りするのも良いと思うんですが、曲やライブを通じてお客さんと交流するバンドの楽しさを僕は求めているので。

ーー2023年は『SWEET LOVE SHOWER』への出演や自主企画『平熱都市』の開催など、活動の幅も広がったと思います。そういった中で見えてきた課題や、意識している点を教えてください。

自分たちに目を向けるようにしています。数多にバンドがいるからこそ、周りを見て自分のポジションを探ることもあると思うんですが、最終的な判断を誰かに委ねては駄目だと思っていて。やりたいことに素直でいるようにはしていますし、メンバー間でその価値観のすり合わせは怠らないようにしています。僕らの目標は、長く続けることなので。

ーー長く続けるために、バンドの形が変わっていく可能性もあると思うのですが。

えんぷていの5人で鳴らせる音楽であれば形が変わってもいいと考えていて。それぞれが違う楽器を演奏することになっても大丈夫です。ただ、やはりギタリストにはギターを、ベーシストにはベースを弾いて欲しい。バンドメンバーだけで完結することが美しいと思っているので、あくまでも5人で表現できる範囲内のことをやっていきたいですね。

ーー4月18日(木)大阪・Live House Pangeaより、初の東名阪ワンマンツアー『2nd ALBUM「TIME」ONEMAN TOUR』がスタートします。大阪では初のワンマンにもなりますが、どういったツアーにしたいですか?

最近はライブや練習を重ねるごとに、次々と最高点がアップデートされている感覚があって。今回のワンマンツアーは記念すべきものになると思っていますし、えんぷていが持っているポテンシャルを最大限引き出して臨みたいです。関西で初めてのワンマンでもあるので、今まで見たことがある人の度肝を抜くライブができたらいいなと思っています。気合いはばっちりです!

取材・文=横堀つばさ 撮影=桃子

えんぷてい 奥中康一郎(Vo.Gt)