「霞の衣〜池坊北京華月春季花展」が13〜15日、北京市内のデパートで開催されました。前編では花展の様子と北京在住の池坊華道総華督・堀江森花さん(61歳)の思いを紹介しました。後編では華道教室に通う中国人の生徒たちにフォーカスします。彼らは、いけばなのどこに惹かれたのでしょうか。

【衣ゼンさん】稽古歴約6年「花は感謝を伝える表現方法」


30代半ばの衣ゼンさんは北京生まれ。現在は北京市内でフランス料理店を経営しています。

伝統文化が好きな彼女は、以前は上海や京都の茶道表千家の教室に飛行機で通っていました。いけばな教室に通っていた友人の紹介で、堀江先生の教室に通うようになったそうです。 

衣さんにとって、花をいける時間は「暮らしのテンポを緩やかにし、自分の内面に向き合える」貴重なひととき。同時に、いけばなでの表現を通し、周りの人たちに感謝の気持ちを伝えられることも、やりがいになっていると話します。

「私はいつも夜、マンションの公共スペースや自分の店に花を生けています。誰が生けた花なのかを知る人がいなくても、誰かが楽しんでくれていると思うだけでとてもうれしい。花は、私が周りに感謝を伝える表現方法なのです」

衣ゼンさんの作品。来場者からは「宮崎駿の『コクリコ坂から』をほうふつさせる」という感想も

今回の花展で、衣さんは6人の解説員の一人を務めました。開幕直後に行われた金杉大使の見学の解説という大役を果たしたのも衣さんです。

おもてなしの心さえあれば、誰を相手にしようと緊張することはありません。ただ客人をもてなすことに専念するだけです」

最後に、中国でのいけばなについての考えを尋ねると、「私は文化の交流において、特に国を意識したことはありません。何よりも美と心の交わりが大事だと思っています」と目を細めて答えてくれました。

【李婧さん】稽古歴12年「花はゲームであり冒険でもある」


30数人の生徒のうち、一番の古株で「長老」と呼ばれているのは稽古歴12年目の李婧さん(40歳)。花展の開幕の日、李さんは念入りに選んだ明代の漢服を着て、受け付けを担当していました。本職は脚本家で、大のACG(アニメ、コミック、ゲーム)ファン。とくに、『少年ジャンプ』の熱血漫画が大好きで、「いつも二次元の世界にいる」と言われるそうです。

12年前に体験レッスンを受けたときの印象は、「堀江先生はなんと素敵な人なのか。花はなんと美しいのか。この教室はなんと良い雰囲気なのか」というものでした。それが今日まで稽古を続けてきた理由だと振り返ります。「とにかく先生の人柄に惹かれました。心のマッサージを受けているようです」という言葉はとても印象的でした。

李さんは現在、池坊の「正教授三級」の免状を取得しています。今回の花展で李さんは「立花新風体」という1999年に発表されたスタイルで作品を仕上げました。池坊には明治時代に定められた「立花正風体」というスタイルがあります。花展では、この異なるスタイルの作品を隣合わせて見せることで、池坊の時代による変化を表していました。

(左)毛羽新さんの作品(立花正風体)(右)李婧さんの作品(立花新風体)

「革新というのも一夜にしてできるものではありません。まずは基礎をマスターすることが重要」と芸術を語り始めたかと思うと、「私にとって、いけばなはゲームであり、冒険なのです。ゲームでレベルアップを目指すように、いけばなの12年を過ごしてきました。今後も腰を据えて、最高の境地を目指して頑張ります」とACGファンらしい見解を語る李さん。そのアートの冒険は今後も続きます。

【王松さん】稽古歴3年「自分の成長を実感」


子ども向け美術教室の講師をしている王松さんは、北京の池坊華月学会で、三人しかいない男子生徒の一人。

洋の東西を問わず古典が好きという王さんは、稽古を始める前から、本でいけばなについて独学していました。

「画家のジョルジョ・モランディの展覧会に一緒に行った友達から、池坊の体験レッスンのことを聞きました。とても自分に合っていたので、すぐに通うことを決めました」

稽古歴3年の王松さんですが、2022年秋の花展にも出品。「今振り返ると、よく出せたなと思う」と照れ笑いしがら、「それが分かるようになったのは自分が進歩し、目利きができるようになったからだ」と満足げな表情を見せました。

「東洋にせよ西洋にせよ、秩序を重んじることは、古典芸術における重要な共通点だと思います」

王松さんの作品、「桃の枝の扱いがとても難しかった」と話す

このように芸術を語る王さんは、「稽古は雑念を取り払い、集中することができる。必ず週一回は通っている。今後は、とにかくもっとたくさんのスタイルを習いたい」と、意欲を見せました。そして、飽くなき探究心の源について、「それぞれのスタイルにはそれぞれのこだわりがあり、植物の生長を詳細に観察して決められたものも多い。そういったことに大変魅力を感じている」と語りました。

【金煜さん】稽古歴8年「より仲睦まじい世界に通じるいけばな」


王松さんが西洋美術をきっかけとして、いけばなと出会った一方、金煜さんは東洋の哲学思想を切り口として、2016年にいけばなの道に入りました。

大学では金融を専攻し、若い時は仕事に追われた時期もあったという金さん。現在はフリーランスになり、好きなテーマで研究をしたり、気がむくままに文章を執筆したりして過ごしています。

金さんはいけばなに内包された「生きること」にまつわる理念に惹かれ、稽古を始めたと言います。また、今回の花展では体験レッスンの講師の一人として活躍していました。

「一輪の花でも、見る角度によって見える姿が違ってきます。この考え方を広げると、他人と異なった認識というものは、往々にして見る角度によるものであり、優劣や正否とは関係がないということができます。それを知っていれば、もっと優しく包容力ある目線で世界と向き合い、より仲睦まじい世界を築いていくことができると思います。」

そう話す金さんのレクチャーには多くの人が耳を傾け、とりわけ受講生の好評を博していました。

金さんの作品(生花新風体)「細い枝にも力強い生命力が満ちている」と話す

普段、教室や家の中で花をいけることは、自らの内面との対話であり、花展での花との向き合い方はまた異なるという金さん。その理由を、会場の照明やレイアウトなど外部の要素も考える必要があるからだと指摘し、「花展は外部に向けての発信であり、花の言葉を借りての交流でもある」と語りました。

現在いけばなの指導者をめざしている金さん。今後もいけばなを通して、内面との対話、そして外部との交流を深めていきたいと意気込みを聞かせてくれました。

いけばなの中に、自分が求める何かを感じ取り、より良い人生を送る上での糧にすることができるという確信。それが、生徒の皆さんが共有する思いでした。

北京で15年間いけばなを教えてきた堀江森花さんは、「最近は美しい花を触ることに癒しを求め、いけばなを『心のデトックス』と感じて入門する人が増えた」と言います。中国は高度成長期を経て、質の高い発展の道を歩み初めています。がむしゃらに猪突猛進するのではなく、一息ついて美を探し求める人は今後も増え続けるでしょう。

池坊をはじめ、日本のいけばなが、美を求める中国人の暮らしにどのように親しまれていくのか、花を通じた交流がどんな美の果実を実らせるのか、今後も目が離せません。(提供/CRI)

堀江森月さんが代表を務める「池坊北京華月スダディグループ」の教室に通う30人余りの生徒。職業はまちまち。文化芸術に造詣が深い人も多くいます。彼らはなぜ、いけばなに惹かれたのでしょうか?