子供の行動変容を促す褒め方は何か。心理学者で遺伝学研究者のダニエル・ディック博士は「子供への注目は『ごほうび』となるから、最も重要なことを優先し、当面は困った行動の多くを無視することだ。そして、子どもが困った行動をやめたときには、すぐさまそのよい行動を褒め、それ以外のことはなかったふりをするといい」という――。

※本稿は、ダニエル・ディック(著)、竹内薫(監訳)『THE CHILD CODE 「遺伝が9割」そして、親にできること わが子の「特性」を見抜いて、伸ばす』(三笠書房)の一部を再編集したものです。

■親の最強のツールは「おしおき」ではなく「ごほうび」

子犬の訓練と同じで、子どもによい行ないを身につけさせるには、「ごほうび」を与えることから始めます。親の最強のツールは「おしおき」ではなく「ごほうび」なのです。よい行ないを褒めることにより、親がもっと目にしたいと思う行動が習慣化されていきます。

悪い行ないに焦点を当てるのではなく、よい行ないに注目する必要があります。親にとってもそのほうが楽しいでしょう。でもこのやり方は、正しく実行してこそうまく機能します。

もちろん、アイスクリームよりもiPhoneのほうがごほうびとして望ましいなんて言うつもりはありません。子どもの行動や態度が変わるかどうかは何を与えるかではなく、どんなふうにごほうびを与えるかに大きく左右されます。

クリニックには、「ごほうびを与えたけれど(子どもを褒めた)、うまくいかなかった」という親御さんがよく来ます。ごほうびは「適切に与えられたとき」にのみ、子どもの行動を変えるように働くのです。実際に子どもの行動の変化につながる褒め方には、基本原則があります。

①「よい行ない」に注目する

よい行ないを効果的に増やすための第一の柱は、「よい行ないに注目すること」です。ばかばかしく聞こえるかもしれませんが、考えてもみてください。子どもが普段、やるべきことをやっていたら、私たち親はどれほど何も言わずにいることか。

親は子どもに、歯を磨きなさいと言います。パジャマを着なさい、お風呂に入りなさい、寝なさい、と言います。そして子どもが言われた通りにしたとき、たいてい親は何も言いません。

親は毎日、子どもが「やるべきことをやる」ことをただ期待するだけです。そして、子どもがバスタブ一杯分の水を床にまき散らしたら、反応するのです。

パジャマを着ないでおもちゃで遊んでいると、文句を言い始めるのです。新しいソファの上で飛び跳(は)ねたり、キッチンに泥だらけの足で入ってきたりしたとき、ママとパパは慌てて走ってくるのです。

■独身時代には想像しなかった熱狂ぶりで、チアリーダーになりきる

では、どうすればこのサイクルを変えられるのでしょうか。子どもを悪い子だと捉えず、ポジティブな行動に集中する必要があります。適切に(すなわち、結果的に将来望ましい行ないが増える方法で)褒める秘訣(ひけつ)は、

(1)熱意を込めて
(2)具体的に
(3)その場で
(4)一貫性を持って

の4つです。

よい行動に関心を向け、熱意を込めて言葉をかけることから始めましょう。「子どもが自分でパンツを履いた」ら、“ついでに声かけする”というレベルではなく、独身時代には想像もしなかったような熱狂ぶりで、チアリーダーになりきるのです。

「一人でパンツを履けたの? すごい、すごい!」といった具合です。

一般論で話すのではなく、具体的によい行ないを挙げてコメントします。

つまり、「よくできたね」「おりこうさんね」と言うのではなく、「歯を磨くなんてすごい!」「自分でパジャマを着るなんて偉い!」「おお、今日は着替えがとても速いね!」「あら、自分でスプーンを使ってシリアルを食べてるんだ!」といったふうに伝えるのです。

よい行動に対しては、その場ですぐに、そして毎回忘れずに褒める必要があります。着替えがうまくできない子どもであれば、着替え終わるやいなや、着替えたことが素晴らしいと言葉をかけます。後に買い物をしているときになって褒めるのでは遅いのです。

そして、よい行動が身につくまで毎朝同じことを繰り返します。「よーし、今日もパンツが履けたね!」というふうに。

■人はみな、温かく、物わかりがよく、応援してくれる上司が好き

自分の子どもに対してどのくらい簡単に言葉のごほうびを与えられるかは、自分自身の育てられ方と性格によるようです。私はポジティブな褒め言葉をたくさんかけてもらえる家庭に育ちました。

そして、今、私は心理学者です。それゆえ、わが家にはたくさんのポジティブなフィードバックがあります。

大人になってからも両親に会ったときには、私がささやかな成果を上げた話(「今日、支払いを済ませたわ」)をすると、両親は大げさに褒めてくれるので(「支払いを済ませただなんて、すごいじゃない! 気分がいいわね!」)、夫には笑われます。

彼にはおもしろおかしく感じられるようです。でも、本当に気分がいいし、そのようにポジティブなフィードバックは、支払いを済ませることさえも少し楽しく感じさせてくれます。

もしあなたが、そんな話は全部くだらないと感じるのであれば、このように考えてはどうでしょうか。あなたは自分の子どもの上司であると(子どもがいくら否定しても)。

あなたはどんなタイプの上司の下で働きたいですか。おそらくは、あなたがやるべきことをやっていることに気づき、業績に目を向け、賞賛してくれる上司ではないでしょうか。

何か間違ったことをするたびに叱責(しつせき)し、よい仕事をしてもそれには一切触れない上司の下で働きたい人は、誰もいないでしょう。

人はみな、温かく、物わかりがよく、応援してくれる上司が好きです。人は時に間違いを犯すことがわかっていて、ミスから学ぶ猶予(ゆうよ)を与えてくれ、それについてくどくど言わない上司が好きです。

そのような上司の下で働く従業員は幸福度と生産性が高いことを、研究結果が示しています。これは子どもにも当てはまります。

■「ごほうび」がもらえることに気づかせる

②「小さく分解」して褒める

あなたはこう思っているかもしれません。「それは大いに結構ですね。でも、うちの子どもは自分で服を着ないので、褒めようがなくて困っているんです」と。

ここで重要なのは、「簡単なことから始める」ということです。正しい方向への小さな一歩を褒め、そこから徐々に積み上げていくのです。

お子さんが、このところ朝の着替えを嫌がるのであれば、まずはただ服を選ぶという行動を褒めることから始めます。あるいは、下着を身につけただけでも褒めることができます。

着替えに時間がかかりすぎるのが問題であるならば、「制限時間レース」にしてみることもできます。おおらかな気持ちで始めましょう。いつもは30分かかるのであれば、20分あげましょう。そして15分、10分と減らしていきます。一歩一歩です。

子どもは、言われたことをやれば「ごほうび」がもらえると気づき始めれば、もっともっと自分でやりたくなるでしょう。重要なのは、子どもが自発的にできる小さなステップに分解してあげることです。

また、それぞれの行動に対して、その都度褒めることも重要です。いくつかの行動をまとめて、一度に褒めようと思ってはいけません。例えば、「いつもよりも順調な就寝前のルーティン」を褒めようとしてはいけません。

就寝前のルーティンを「歯を磨く、パジャマを着る、床に就く」と分解して、その一つひとつの行動について褒めるのです。

■人は一度に2~3の行動にしか集中できない

③「重要なこと」に集中する

子どものすべての行動を褒める必要はありません。家庭で課題になっている行動に焦点を当てましょう。子どもによって、その数は少ない子もいれば多い子もいます。

一度に全部に取り組むことは、現実的には不可能ですから、特に変わってほしいことをいくつか選びましょう(一度に3つ以内がお勧めです)。

あなたが一緒に働きたい上司のタイプについて思い返してみてください。もし上司から、すぐに改善の必要のある20もの項目が記されたリストを渡されたら、圧倒されて、どれも実行できないかもしれません。

でも、2つか3つであれば、それらに取り組み、改善に成功し、よい気分になれるでしょう。そして、それが習慣にまでなれば自信につながり、次の項目に進む準備ができるでしょう。それは子どもも同じです。

人は一度に2~3の行動にしか集中できません。私は非常に複雑な「ごほうびシール表」を見たことがありますが、それに沿って取り組むのには博士号が必要なくらい難しいでしょう。

もし、同時に2つか3つの行動だけに取り組んでいるときに、他の悪い行動が見られた場合はどうすればいいのでしょうか。それは無視しましょう。

おそらく親にとってはここが一番難しいところです。悪い行動を無視するですって? 常識では理解できないのはわかりますが、それでうまくいくのです。

■「なかったふりをする」は親が培うべきスキル

注目は「ごほうび」の1つであることを思い出してください。よい行動を育むことに集中しようとしているまさにそのときに、悪い行ないにごほうびを与えたくないでしょう。最も重要なことを優先し、(当面は)他は無視してください。

例えば、就寝前のルーティンに取り組んでいるならば、子どもがズルズルと音を立ててシリアルボウルから牛乳を飲んでいても無視しましょう。無視するとは、言葉でも態度でも、視線ですらも反応しないということです。それが無理なら、部屋を離れましょう。

当然ですが、人をたたく、物を投げつける、親の指示に従わないといったことは無視できません。でも、めそめそする、駄々をこねる、すねる、注目を浴びようとする、相手にしてほしくて親を困らせる、など、子どもがする困った行動の多くは無視できます。

大事なことは、ひとたび無視し始めたなら無視し続けること。これは困った行動をエスカレートさせるかに見えます。子どもはさらに激しく親の気を引こうとするでしょうが、そこで折れれば、あなたはただ悪い行動を助長しただけになります。強い意志を持ち続けましょう。

これは長期的な戦略です。時間と共に悪い行ないが減っていくことは、私が保証します。そして、子どもがめそめそするのをやめたときには、すぐさまそのよい行動を褒めましょう!

「ママが電話でお話ししている間、静かに座っていてくれて本当にありがとう!」

かに座っていたのは、15分もめそめそし続けて疲れてしまっただけだったとしても、かまいません。そこには触れないでおきましょう。すぐにその行動を褒め、それ以外のことはなかったふりをします。これは培(つちか)うべきスキルです。

■やるべきことをやったら、褒めることに集中する

④「言葉のごほうび」で悪い行動をやめさせる

親の本当の望みが子どものある行動をやめさせることである場合、どこに焦点を当てて褒めればよいのでしょうか。

朝からぐずぐずする、きょうだいをいじめる、汚れた服を散らかしたままにするなど、親がやめてもらいたいと思う、親をイライラさせる子どもの行動は枚挙にいとまがありません。

ここでも「ごほうび」を使う方法があります。

多くの家族を対象に広範囲な研究を実施しているイェール大学の児童心理学アラン・カズディン博士は、その手法を「ポジティブ・オポジット(正反対のポジティブな側面に集中すること)」と呼んでいます。

つまり、「子どもにやめてもらいたい行動」(問題行動)に注目するのではなく、正反対である「やってもらいたい行動」に着目するのです。

例えば、だらだらしたり、口げんかしたりするのをやめさせようとする代わりに、朝、時間通りに着替える、きょうだいげんかをせずに夕食を食べる、前日に履いた靴下をベッドルームに散らかしておかないなど、やるべきことをやったら、褒めることに集中するのです。

ゆっくりと時間をかければ、子どもの苛立たしい行動を、その正反対の行動に置き換えることが可能です。

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ダニエル・ディック 心理学者、遺伝学研究者
ラトガース大学ロバートウッドジョンソンメディカルスクール教授。インディアナ大学で心理学博士号を取得した後、アメリカ国立衛生研究所(NIH)の研究資金を獲得しながら心理学と遺伝学の境界領域の研究を続け、数々の学術賞を受賞。TEDx Talks、TIMEはじめ大手メディアのインタビューなど、広く一般向けの講演活動も積極的に行なう。

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竹内 薫(たけうち・かおる
サイエンスライター
1960年東京都生まれ。東京大学教養学部教養学科(科学史・科学哲学専攻)、東京大学理学部物理学科卒業。マギル大学大学院博士課程修了(高エネルギー物理学理論専攻)。理学博士。大学院を修了後、サイエンスライターとして活動。物理学の解説書や科学評論を中心に100冊あまりの著作物を発刊。物理、数学、脳、宇宙など、幅広いジャンルで発信を続け、執筆だけでなく、テレビやラジオ、講演など精力的に活動している。

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写真=iStock.com/AzmanL