入社や転職のタイミングで、研修や指導を担当してくれる上司の存在は大きいといえる。そんな上司がとんでもない人で、職場はそれにまったく気づいていないとしたら……。武田誠人さん(仮名・22歳)のように退職が頭を過ってしまう人も多いかもしれない

 大学を卒業後はアットホームな雰囲気の会社へ入社したいと希望していた武田さんは、従業員4人だけの小さな会社へ就職した。入社面接で「ノルマのないルート営業で、売上に応じて成果報酬もプラスされる」と聞き、やる気に満ち溢れていたとか。

◆上司の変貌ぶりに「アニメかよ!」

「入社してしばらくはお客様への引継ぎ、そして仕事内容や営業ルートを覚えるため、勤務歴10年のベテランMさん(男性・42歳)が1か月ほど付き添ってくれることになりました。穏やかで、丁寧でやさしい口調のMさんが担当でホッとしていたのですが…」

 なんとMさんは、車に乗ってハンドルを握り、サングラスをかけると豹変する危険極まりない人物だったのだ。しかも、サングラスでイメージも激変! 日焼け肌でツーブロックショートの髪型をしているMさんは、一気にマフィアの風貌へ。

「見た目はVシネマの世界から飛び出てきたような感じで、ちょっとカッコイイかもと思いましたが、『ほな、行くで!』と急にエセ関西風のしゃべり方で話しかけられドン引きその豹変ぶりに『アニメかよ…!』とツッコミたくなりました

◆過去の武勇伝を語りはじめた

 Mさんは「いままで俺の営業ルートは誰にも任せたことないんや。社長が『そろそろ管理メインでやってほしい』って頼むから、しぶしぶやで。車で営業っちゅうのも気楽でよかったのに残念や。あとは任せたで、新人クン」と、上機嫌。

「しかもそう言ったあと会社の駐車場を勢いよく飛び出そうとしたので、駐車場の出入口を横断しようとしていた自転車とぶつかりそうになってヒヤっとしました。でもMさんは『チッ、クソババァが!』とボソリ。すぐに車から飛び降りたかったです」(武田さん)

 けれどそんなことができるはずもなく愛想笑いしていると、Mさんは武田さんのことを“お前サン”と呼びはじめ、「自分がどれだけ会社に貢献しているか」、そして「自分の過去の武勇伝」など、いろいろと語りはじめたのだ

◆話に集中しすぎて運転が恐ろしい

「しかも話に集中しすぎて、運転が恐ろしすぎるのです。運転しているのに、ほぼこちらを見て話してくる。だから当然、超ノロノロ運転。また、Mさん的には何かを察知しているのか、何もないところで急ブレーキを踏んでくるので、その度に前のめりになります」

 武田さんは「これが社名の書いてある車だったら、Mさんはとっくにクビになっていただろうな。この人は、こんな運転をしていて事故を起こしたことはないのだろうか?」などと考えながら、ずっとヒヤヒヤしていたとか。

「自分の運転が悪くてぶつかりそうになったり、クラクションを鳴らされたりしているのに、相手のせいにして罵倒するのです。でも、窓を開けて怒鳴ったりはしません。文句を言うときは、ピッチリと窓を閉めてから。前の車を煽ることも頻繁にありました」

◆なぜか社長は上司をべた褒め

 けれどそれも、前方の車にピッタリとくっついて煽るわけではなく、信号待ちなどのタイミングで相当な距離を取りながらエンジンをふかし、「オラ!早く行かんかい!」などと罵倒するという具合。前方の車との距離が縮まると急ブレーキを踏むなど、とにかく危ない。

助手席側に付いているアシストグリップを掴んでいたのですが、掌は汗でびっしょり。何度もスーツのズボンで拭きながら握り直しました。こちらの気も知らず、Mさんは、ずっとご機嫌。しかも、サングラスを外して車から降りると元に戻るのでタチが悪すぎます」

 営業先では普段の穏やかで紳士な印象に戻るMさんに恐怖を感じ、会社に帰ってコッソリとMさんについて探りを入れてみたが、誰も悪く言う人はいない。むしろ、人間性を大絶賛。誰も、Mさんの二面性について知らない様子だった。

「ただ、翌日には僕の歓迎会も予定されていたので、そこで社長に相談しようと考えていたのです。人数が少ない会社ということもあり、社長と2人で話す機会もあったのですが、Mさんのことはとにかくベタ褒め。残念ながら、相談できる雰囲気ではありませんでした」

◆研修期間が終わってもモヤモヤ

 もし相談をして、「社長や職場の人たちから変な目で見られたら、仕事を続けられないかもという不安感がありました」という武田さんだが、「このまま1か月もMさんとの地獄のようなドライブが続くのかと思うと、何度も退職が頭をよぎった」とも話してくれた。

「入社するまでは、少人数の会社に良い印象しか持っていなかったのですが、アットホームな反面、社員同士の関係がすごく密なため、言いにくいこともあると実感したのです。なんとか新人研修期間の1か月は耐え抜きましたが、モヤモヤは残っています

 地獄のような日々を乗り越えた武田さんは、穏やかでやさしく親切、そして職場で「神様みたいな人」と崇められているMさんの姿を社内で見るたび複雑な気分になるのだとか。そして、またいつか悪魔のようなMさんとドライブする機会もあるかもとヒヤヒヤしている。

<TEXT/山内良子>

【山内良子】
フリーライター。ライフ系や節約、歴史や日本文化を中心に、取材や経営者向けの記事も執筆。おいしいものや楽しいこと、旅行が大好き! 金融会社での勤務経験や接客改善業務での経験を活かした記事も得意

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