シリーズ累計発行部数680万部を超える夢枕獏の小説「陰陽師」の主人公で、平安時代に実在した“最強の呪術師”安倍晴明。その知られざる学生時代を山崎賢人主演の完全オリジナルストーリーとして描いた『陰陽師0』が、いよいよ4月19日(金)に公開を迎える。

【写真を見る】時代考証と独自のアイデアが見事に融合!“新たな平安京”に目を奪われる

メガホンをとった「アンフェア」シリーズの佐藤嗣麻子監督を筆頭に、スタッフ・キャスト共に日本映画を支えるプロフェッショナルたちが集結した本作。ロケーションにアクション、VFXなど細部に至るまでこだわり抜かれた本作をより楽しむため、本稿では美術と衣装にフォーカス。それぞれの担当スタッフのインタビューと共に、画面の隅々まで目を凝らしたくなるような注目ポイントを紹介していこう。

呪いや祟りから都を守る陰陽師の学校であり省庁でもある“陰陽寮”が政治の中心だった平安時代。呪術の天才と呼ばれる若き安倍晴明は、陰陽師を目指すほかの学生たちとは真逆で、陰陽師になる意欲や興味がまったくない人嫌いの変わり者。ある日晴明は、貴族の源博雅(染谷将太)から、皇族の徽子女王(奈緒)を襲う怪奇現象の解決を頼まれ、博雅と衝突しながらも共に真相を追っていくことに。

■ヨーロッパのエッセンスが散りばめられた、唯一無二の平安世界!

作品の世界観を最優先して選定された撮影地は、安倍晴明の伝説が残る大覚寺や仁和寺のほか、奈良の平城宮跡や浮見堂、琵琶湖、さらに岩手県あるえさし藤原の郷など全国各地にわたる。また、陰陽寮や大内裏の各館は都内のスタジオにセットとして設営。美術を担当したのは『十三人の刺客』(10)で日本アカデミー賞最優秀美術賞に輝いた林田裕至と、『娼年』(18)の愛甲悦子。2人は佐藤監督からの要望をもとに各セットをコンセプトから考案していったという。

「最初に監督と相談し、陰陽寮の内部は博士たちの部屋や客間以外は土足の床にすることを決めました」と振り返る林田。「教室は太い柱で高い天井があり、色味はモノトーンで統一。柱は鉛のような重い色味にしています。高い柱の間には模様の入った透明度の高い紗幕を吊り、透けた部分から見えたり見えなかったりする効果をねらっています」。

佐藤監督から林田に出された要望の一つが、日本だけでなく当時すでにヨーロッパに存在していた要素を取り入れるということであった。教室の幕の柄や壁の文様にケルト模様を採用。さらにベンガラ色の書棚がアクセントとして機能する書庫には幾何学的な模様のステンドグラスが。そして漏刻部屋に「プラハの天文時計のようなものがあってもいいのでは」という提案から、巨大な渾天檥とその脇に奈良時代からある水時計を配置。和洋の様々な要素が融合し、唯一無二の平安京の世界が表現されていった。

同じく徽子女王の部屋についても林田は、「いつも床に花びらが撒かれているような、女子力の高い部屋というオーダーが監督からありました」と明かす。佐藤監督はインドで聖人の周りに生花の花びらが撒かれている光景からインスパイアされ、すでに平安時代に庚申薔薇として日本に存在していたバラの花びらを徽子の周りに撒くというアイデアを思いついたようだ。

劇中で一際目を引く美しさと優雅さを携えた徽子女王の部屋。その色彩やディテールにもこだわりのポイントが多数見受けられ、林田は「柱や梁には平等院鳳凰堂にあるような極彩色の紋様を入れ、たくさん吊られている壁代や几帳も青からオレンジのグラデーション、それぞれの紐も水色やピンクにしました」と語る。壁代には薄手の生地が使われることで画面のなかでひらひらとなびき、庭にはCGを使って多くの花が。このうえなく華やかな雰囲気が、本作に欠かすことのできない彩りとなっている。

平安時代のイメージに縛られない衣装は“色”に注目!

一方、衣装デザインを担当したのは『オペレッタ狸御殿』(05)や『ナラタージュ(17)の伊藤佐智子。「かっちりとした衣装イメージのある平安時代ですが、今回はアクションシーンもあり、衣装を通してよりダイナミックな動きを表現できるように蚊帳生地を使用しています」と、佐藤監督と共に平安時代の新たなスタイリングのあり方を探求したことを明かす。

平安時代というイメージに縛られることなく、映画のなかに生きる役の一人一人が、その現実や暮らしに寄り添った衣装となっています」。伊藤のその言葉通り、各々の衣装にアレンジを施すだけでなく、山崎賢人演じる安倍晴明は“青”、染谷将太演じる博雅は“緑”、そして奈緒演じる徽子女王はつつじ色(マゼンタ)をキーカラーにしてそれぞれの登場人物の持ち味を活かしていく。

「これまで安倍晴明といえば白いイメージがありましたが、今回は彩度の高い青色を選びました。青い空や紺碧の海を想像させる瑠璃色。霊性や高潔さ、そしてサイキックアタックを遮断する意味をもつラピスラズリの色です」と、晴明に“青”を配した理由を説明する伊藤。さらに「学生時代の晴明が描かれているので、若々しいエネルギーを表現できる色にもなっています。晴明の“青”と博雅の“緑”。2人で地球の生命を象徴するような世界観を作りだしているのです」と付け加えた。

しかも晴明の衣装である青い狩衣に使用された生地は、晴明と縁がある高野山・奥之院の霊木から作りだしたものを使用しているという。「日本各地の間伐材を原料に再生繊維を生みだしている会社の協力を得て、今回は台風などで倒木した御霊木を微粒子化し、綿や和紙などとの繊維と練り合わせ、糸を紡ぎ、生地を編み上げました」と、見た目のデザインだけでなく素材まで徹底的にこだわり抜いたという。

「ただアクション用には耐久性に不安要素があったので、別の生地も用意しました」と、劇中の激しいアクションシーンに臨むための衣装では、立体的な遠州地方独特の“カラミ織”の手法を持つ静岡の「菊屋」のヘンプ100%の生地を使用したのだとか。「こちらは自然素材でありながら耐久性のある生地。アクションも無事に乗り切ることができました」。

また、徽子女王のつつじ色については「19歳というまだあどけなさや愛らしさの残る徽子女王には、情熱を表現できる暖色系のなかからもマゼンタであるつつじ色を選び、徽子女王の心の奥底にふつふつと持ち合わせる一生にわたるほどの情熱を表現しています」と語る。そこに「アトリエ染花」が手掛けた庚申薔薇や沈丁花、ピンクのバラの花飾りを添えることで、徽子女王の愛らしさが表現されていったようだ。

時代考証に適切に沿いながらも、独自の解釈とアレンジを加えて生みだされていった『陰陽師0』の世界。これまで様々なかたちで描かれてきた“陰陽師”の安倍晴明とは違う一面が垣間見えると同時に、目を奪われるほどの美しさに何度も驚かされることだろう。是非とも映画館の大きなスクリーンで、クリエイターたちの飽くなき探究の果てに作りだされた世界にどっぷりと浸ってみてはいかがだろうか。

文/久保田 和馬

山崎賢人の「崎」は「たつさき」が正式表記

「女子力の高い部屋」と佐藤監督がオーダーした徽子の部屋/[c] 2024映画「陰陽師0」製作委員会