先輩から身に覚えのないことを社内で吹聴され、職場で孤立しつつある。誰も助けてくれない。この時、あなたならどうするか――

 今回は実際に起きた事例をもとに、職場で起きた問題への対処法について考えたい。本記事の前半で具体的な事例を、後半で人事の専門家の解決策を掲載する。事例は筆者が取材し、特定できないように加工したものであることをあらかじめ断っておきたい。

◆事例:清掃会社にいる厄介な先輩

 大企業メーカーの子会社正社員数600人)に中途採用で昨年夏に入社した溝口信也(28歳・仮名)は、先輩社員の内田隆(33歳・仮名)から頻繁に言われる「ありもしない噂」に苦しんでいる。たとえば、次のものだ。

「君(=溝口)のことを、『勤務態度が悪い』と言っている先輩がいるよ」
「君のことを、先輩たちが『あいつはダメだ』と言っていた」
「経理の人が、君のことを『精算が遅い』と問題視していたよ」

 溝口は、いずれも身に覚えがない。内田に「誰が言っているのか」と聞くと、答えようとしない。さらには、内田から部内(商品開発部、部員20人)にも吹聴される。

◆「ありもしない噂」で孤立するハメに

「溝口が、喫煙所以外の場所でたばこを吸っていた」
「溝口が、ランチの時に焼肉バイキングで食べていた。昼間から、あんなものを食べているんだ」

 これらにも覚えがない。内田に確認すると「そんなことは言っていない」と言われる。

 上司である部長や担当の執行役員は、溝口に盛んに声をかける。中途採用試験を経て入社し、期待されているのかもしれない。溝口は、企画力は優れている。企画化する以前の情報収集力、それを商品にする力などは、部内の先輩たちも一目を置く。内田は、それが気に入らないようだ。

 内田は、部長や執行役員にも、溝口の言動の問題点を伝える。内田は部内でたったひとりで、溝口を攻撃する。それがあまりにもしつこいために、部内の社員は溝口に同情しつつも、しだいに離れていく。溝口はストレスがたまり、会社に行くのが苦痛になっている。上司らに相談したいが、話が社内で広がり、ますます孤立するのではないか、と心配する。内田の攻撃は、一段と過激になっている。

◆回答:「いじめやパワハラの類型に入る行為」

大手士業系コンサルティングファーム・株式会社名南経営コンサルティング代表取締役副社長で、社会保険労務士法人名南経営の代表社員であり、全国社会保険労務士会連合会常任理事でもある大津章敬(おおつあきのり)さんに取材を試みた。

「これまでの労務相談の経験をもとに言えば、これに近い事例は程度の違いはあれ、多くの組織で見られるものと思います」と、大津氏は語る。

今回の内田さんの溝口さんへの行為は、いじめやパワハラの類型に入ると私は捉えています。私は日頃、社内外で労働事件の裁判例をもとに社会保険労務士たちと学習会をしています。その場でも話すことですが、パワハラ事件で実際に裁判に発展するケースは決して多くはなく、ましてや判決にいたるのはパワハラ事件全体からすればごくわずかな特殊な事例であると考えています。

 ですから、裁判例をもとに、『これがパワハラ、これはパワハラではない』と捉えると、今の企業社会の実態に即していないのではないか、と思うのです。現実の職場におけるパワハラ問題は、裁判例で示されているようなケースよりも幅広く捉える必要があります。それが、労使間のトラブルを未然に防ぐことになるのです。

 たとえば、溝口さんが出社することに苦痛を感じたり、職場で孤立させるように仕向けたり、会社や部署、周囲への不信感をつのらせるようにすることはいずれも職場における問題行動であり、パワハラと捉えることができると思います。この事例は、各社でパワハラの研修を行う時に事例として取り上げてもいいようにも感じました」

◆解決には「先輩や上司」の指導が必要

 そして、大津氏は「実際に溝口さんの言動や仕事に問題があるならば、先輩や上司が改めるように指導することは必要です」とも付け加える。

「しかし、内田さんは溝口さんの問題点について、指導して解決に導こうとしているのではなく、事実ではない悪意ある噂を流すことで、職場に不信感を募らせるような言動を繰り返しています。結果として、溝口さんの居場所をなくすことにつながっています。これは、指導とは言いません

 まずは、双方で解決に向けて話し合うべきですが、この状況では難しいのかもしれません。溝口さんが解決をしたいと望むならば、上司や総務、人事など然るべきところに相談へ行くことを考えてもよいのではないでしょうか。上司もこの状況を把握しているのであれば、溝口さんから相談を受ける前に、解決に向けて動くべきでしょう。

 上司や総務、人事などが内田さんと面談をして事実関係や事情を確認のうえ、問題行為と認識できる場合は、注意指導などをして早急に改善していくべきです。その後も繰り返されるならば、さらに注意指導をします。それでも続く場合は、厳重注意となります。なおも一向に改善されない時は、処分の対象にもなりえます。最終的には組織と他の従業員を守るために、退職勧奨をせざるを得ない時もあるかもしれません

◆先輩がパワハラをする「真意」は

 また、大津氏は「内田さんがパワハラをする真意をこの事例だけで正確に把握するのは難しいものがありますが、推察できうることはいくつかあります」とも述べた。

「1つは、後輩である溝口さんに何らかの脅威を感じ、自分の立場やポジションを奪われるなどと感じている。もうひとつは、先輩としての立場をはっきり示し、溝口さんに対し、優位に立ちたい、と考えているのかもしれません。マウントをとろうとしている、とも言えるでしょう

 かつて労務相談を受けた中で似ているケースで言えば、中堅のメーカー(社員数500人)に新卒で入社した男性がいたのですが、20代後半の先輩の男性が執ようにいじめをしたのです。皆の前で茶化したり、仕事の仕方の一つずつにケチをつけたりします。先輩風を吹かせていたのかもしれませんね。

 新卒で入った男性は当初はおとなしくしていましたが、しだいに反論をします。部員らの前で冷静に、ロジカルに論破していきます。そのほとんどが、正論なのです。数年後には、双方の立場が逆転しているようでした。新卒で入った男性は仕事がずいぶんとできたのです。さらに数年後、いじめをしていた先輩は居場所を失い、退職しました。

 私は心情的には、このいじめを受けていた男性に同情し、理解できる一面があります。自らの立場を守るためには先輩に反撃をするのも止むを得なかったのかもしれませんが、このような行為は日常的に頻繁に使うべきではないでしょうね。仮に私が上司として新卒の男性に言うならば、『あなたの姿勢やそのプロセスで言っていることには正しい面があるが、正論を述べるだけでは人は動かない。この路線だけでは将来、あなたがリーダーとなり、組織を担うならばゆきづまる場合がある』と諭すでしょう」

パワハラに依然として鈍い会社は存在

 筆者が最悪の結末と思えるのは、内田氏のような人がやがてはリーダー的な存在となり、部員らを意のままに動かすことだ。口八丁手八丁で、ライバルを蹴落としていくことがまかり通っている。職場の秩序も倫理も、ここにはない。

 取材をしているとこういう事例は実際に耳にする。なぜか、数百人の社員の会社ならば役員になっているケースすらある。本来は、上司らが注意指導を繰り返し、なおもパワハラをするならば、会社を辞めさせることを具体的に考えるべきだろう。ところが、パワハラに依然として鈍い会社がある。読者諸氏は、どう思うだろう。

<取材・文/吉田典史>

【大津章敬(おおつあきのり)】
1994年から社会保険労務士として中小企業から大企業まで幅広く、人事労務のコンサルティングに関わる。専門は、企業の人事制度整備・ワークルール策定など人事労務環境整備。全国での講演や執筆を積極的に行い、著書に『中小企業の「人事評価・賃金制度」つくり方・見直し方』(日本実業出版社)など。全国社会保険労務士会連合会 常任理事

【吉田典史】
ジャーナリスト。1967年岐阜県大垣市生まれ。2006年より、フリー。主に企業などの人事や労務、労働問題を中心に取材、執筆。著書に『悶える職場』(光文社)、『封印された震災死』(世界文化社)、『震災死』『あの日、負け組社員になった…』(ダイヤモンド社)など多数

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