2024年4月27日(土)『上野耕平 サクソフォンリサイタル with アンサンブル』が紀尾井ホールにて開催される。

東京藝術大学在学時からプロとしてキャリアを重ね、若手サクソフォン奏者のトップをひた走る上野。”with アンサンブル”と題した今回のコンサートでは、ピアニスト高橋優介とのデュオのほか、上野が開発に携わってきたという新たなソプラニーノ・サクソフォンの音色、そしてなんといっても11の楽器による室内小オーケストラが聴きどころ。こだわりが詰まったプログラムについて上野に聞いた。

――今回はフランス音楽を中心に、ピアノとのデュオから室内アンサンブルとの共演まで、さまざまな編成でサクソフォンの魅力が感じられるプログラムです。

紀尾井ホールでリサイタルをするのは初めてなので、あのすばらしい響きの中で演奏したい曲を選びました。香ったあと、さらにその香りが広がっていくような響きのあの空間には、フランス音楽がすごく良く合うと思うんです。
どれもサクソフォンのためのオリジナルで、さらに旭井翔一さんの作品以外は、いずれもアルトサクソフォンのために書かれています。同じ楽器でも、ピアノとのデュオか木管五重奏との共演かで聴こえ方が全く変わると思うので、その“味くらべ”も楽しんでいただきたいです。

――プログラムにはどんなコンセプトがありますか?

サクソフォンという楽器が生まれて間もない頃から、作曲家が書いてくれていた作品を掘り下げていくことで、その歴史がわかるプログラムになっています。同時に未来も視野にいれる意味で、旭井翔一さんの「エクローグ」を取り上げます。ソプラニーノ・サクソフォンとピアノのための作品で、これが涙が出そうになるほど本当にいい曲なんです。100年後、200年後に残るようなすばらしい作品です。

ソプラニーノ・サクソフォンは、悲しさと明るさが共存する不思議な音色を持っているのですが、楽器は小さくなるとより不安定で演奏が難しくなるため、実はこれまでちゃんとした楽器がほとんどありませんでした。吹きづらいと音楽表現に専念できません。そこで数年前から僕が開発に携わって、去年、革命的な新しいソプラニーノ・サクソフォンが完成しました。そこで旭井さんに書いていただいたのが、この「エクローグ」。初演以来2回目の演奏になります。

――ミヨースカラムーシュ」は木管五重奏とのアンサンブルです。

とても豊かで愉快な曲です。この編成以外にも、ピアノとのデュオや2台ピアノ版、コンチェルト版などがありますが、いずれも音による会話が伝わってきます。特に木管五重奏版は全員違う楽器という編成ですから、会話がすごくおもしろく聴こえてくると思います。

―—イベールについては、昨年のリサイタルでピアノとのデュオ版を演奏されましたが、今年は室内小オーケストラとの共演ですね。

メンバーもすばらしい奏者ばかりなので、とても楽しみにしています。全員の音や個性がちゃんと聴こえたうえで、ときに語りあい、ふざけあい、寄り添いあう。鼻歌のような、しゃべっているかのような印象の楽しい曲で、アンサンブルの醍醐味がギュッと詰まっています。

――サクソフォンで奏でられるフランス音楽の魅力はどこにありますか?

サクソフォンベルギーで生まれ、フランスで発展した楽器ということもあり、フランス人作曲家の作品が多くあります。おそらくあの“つかめそうでつかめない”響き方が、フランス音楽と相性がいいのでしょう。同じサクソフォンでも、はっきりとした“掴める”音になりやすい奏法もありますが、日本のクラシックサクソフォン界はどちらかというとフランスの流れを汲んでいるので、僕の音の出し方もそちらに近いと思います。広い場所で吹いたとき、音に指向性はもちろんあるけれど、それを越えて広がっていく、空気をいっぱいに含んだような音色が特徴です。

――紀尾井ホールはよく響きますが、サクソフォンを演奏するうえで心がけることはありますか?

音色の作り方、アタックの仕方をコントロールして、“全部響かせない”ことが必要ですね。そのあたりの表現は、クールな魅力が出るジョン・ウィリアムズ映画音楽Escapades」や、デュボワの「ディヴェルティスマン」で楽しんでいただけると思います。ただきれいな音が続くというのではなく、それぞれの音符にふさわしい音が刻一刻と変化してこそ音楽だと思います。さまざまな音を楽しんでほしいです。

――では、フランス音楽を吹くときに特に重要な音の出し方のポイントはあるのでしょうか?

主観的なイメージですが……香りを重視することですね。味そのものよりも、その音を口に含んで咀嚼したとき鼻に抜ける香りが重要だと思います。

――“音を口に含む”というのは、良いですね。

僕、音には食感があると思うんです。感覚的な話で、証明できるものはなにもありませんけれど。フランス文化に親しむには、こういう“感覚”を大事にすることが必要だと思います。

僕は普段フランス車に乗っているのですが、フランス車はまさにそういう感じです。チャレンジングだれどツメが甘い部分があったり、おしゃれな香りがするけれどあまり実用的でなかったり、かと思えば、こんなに使い勝手が良いんだ!と思わせてみたり……いわゆる“におわせ”の車なんです(笑)。

デュボワの作品はいい例で、絶対にはっきりした結論は言ってくれません。こういうのって本当におもしろいですよね。音楽は文化ですから、そこから人間が感じられる。最近、生きいくのって大変だけれど、“やっぱり人間っていいな”と思うんです。音楽って、突き詰めるほど何も隠せなくなる、人間のすべてが丸裸になる芸術で、だからこそ残ってきたのだなと思います。

――最近はラジオやテレビでもご活躍されていて、普段クラシックを聴かない方にも音楽を届けることに尽力されていますね。

そうですね、サックスを持った鉄道好きが出ている旅番組なんて意味がわからないと思ってみなさんみていらっしゃると思うんですけれど(笑)、実際、そこを入口にコンサートに来てくださる方も多いです。

――そうはいってもコンサートのプログラムには妥協していない感じがありますね。

そうなんです、そこは僕のアイデンティティでもあります。世の中には、まだ出会ったことのないおもしろいものがあふれていると思うんです。だから僕のコンサートがそういう場であってほしい。もちろん、知っている曲を聴きに行く楽しみもあるので、そういうプログラムに力を入れていた時期もありました。でも今は、新しい音楽との出会いの時間にしたいという思いが強いですね。

――上野さんが最近新発見したおもしろいことはありますか?

ゴルフですね! 前からおもしろそうだと思って、自分はしないのにゴルフ中継をぼんやり観ることはよくあったのですが、去年他界した祖父のゴルフクラブのセットをもらったことがきっかけで、ついに始めました。ひたすら自分と向き合い反復練習することが、楽器の練習とすごく似ています。まだ自分の知らないおもしろいものって世の中にいっぱいあるんだ、と改めて思いました。

サクソフォンアンサンブルの共演が贈る至福の室内音楽体験!

取材・文=高坂はる香 撮影=鈴木久美子