パチンコホール最大手のマルハン(本社・京都市東京都千代田区)の北日本カンパニーが、パチンコに並ぶ第2の柱の構築を急いでいる。特に注力しているのが、富裕層向けの観光事業と、観光に欠かせない飲食業である。

【画像】パチンコではない意外なビジネス、豪華な施設、高級な食事(全14枚)

 具体的には、2012年に経営破綻した会員制ゴルフ場の太平洋クラブを、北日本カンパニー社長である韓俊氏が13年から陣頭指揮を執り、17のコースが全て黒字になる再建を果たした。

 21年には、日本とフランスで、ミシュラン星付きのフレンチイタリアンのレストランを含めて経営してきた実績のある外食企業・ひらまつにも出資。コロナ禍で悪化した経営に救いの手を差し伸べた。同じマルハングループである東日本カンパニーの韓裕社長と韓俊氏が設立した投資ファンド・マルハン太平洋クラブインベストメントが、ひらまつの筆頭株主になり、36.2%(23年9月末時点)を保有している。

 そして、23年12月、北日本カンパニー子会社のKITAI resortを通じて、外食企業のMUGENムゲン、本社・東京都目黒区)と株式譲渡契約を締結。株式の80%を取得した。MUGEN中目黒エリアにある「天婦羅 みやしろ」が、『ミシュランガイド東京』にて5年連続の1つ星を獲得中。その他に大衆的な業態も展開している。

 MUGEN代表の内山正宏氏は「市場で買い手がつきにくい海産物をおいしく世の中に還元する」をコンセプトにした「もったいないプロジェクト」を推進。14年には、丸の内の新東京ビルに築地(現・豊洲)の仲卸・山治の協力を得て、「築地もったいないプロジェクト 魚治」という、SDGsを先取りした店もオープンした。

 19年には、若手寿司職人の修業の場として、高級寿司ではあるが通常の半額程度の価格で提供する「鮨おにかい」というユニークな寿司店をオープン。職人として十分に育った際には卒業してもらい、新たな店をつくって大将として腕を振るってもらうという育成システムで注目を集めた。

 このような外食に新風を吹き込む取り組みにより、内山氏は外食産業記者会の「外食アワード」を22年に受賞している。

 なお、マルハンは21年4月1日より、社内カンパニー制を導入。北日本カンパニーは、北海道、東北、新潟県、北陸、東海3県を管轄。東日本カンパニーは、関東、山梨県長野県静岡県を管轄。他に、関西以西を管轄する西日本カンパニー、金融サービスを事業とする金融カンパニー、本社管理部門機能の一部を担当するグループユニットがある。

●ルーツは名曲喫茶 池袋で「名画座」運営も

 1990年代には30兆円産業といわれたパチンコ業界だが、近年は全般に苦戦している。ギャンブル依存症の抑止のために、射幸心を煽らないよう、規制も強化されている。パチンコホールは、最新の機器へと入れ替える設備投資の負担も大きい。そうした構造的な問題に加えて、新型コロナウイルスの感染拡大により、多くのパチンコホールが休業を余儀なくされるなど、客足に大きく響いた。

 少子化により、将来的な遊技人口の減少も見込まれている。帝国データバンクの調べによれば、コロナ前の19年には約16兆5000億円あったパチンコ業界の市場規模が、22年には約11兆4000億円にまで縮小。運営会社の数も、19年の約2000社から、22年には約1500社にまで減少した。

 このような環境において最大手であるマルハンの動向は常に注目されている。

 マルハンの歴史を紐解くと、1957年京都府峰山町(現・京丹後市)で名曲喫茶「るーちぇ」をオープンしたのが始まりで、祖業は飲食業である。60年代にはボウリング場にも進出し、元々総合エンターテイメント事業を志向していたともいえる。2000年、東京・池袋にオープンした映画館「新文芸坐」も、マルハンが運営している。

 マルハン傘下には、飲食事業を展開するマルハンダイニングという会社もあり、店舗は主にパチンコホールに併設しているが、ホールを利用しない人も集客する業態にブラッシュアップしてきている。

 具体的には、定食店やラーメン店を中心に展開しており、ショッピングモールフードコートに進出する例もある。マルハンダイニングには、串カツ田中やファミリーマートのフランチャイズに加盟して運営している店もあり、23年3月末時点で531店を展開。実は、既に隠れた外食大手なのである。

 パチンコの売り上げ1兆円超と大きすぎて外食の実力が目立たないものの、マルハンの総合エンターテイメント企業としてのポテンシャルは、相当なものではないだろうか。

●コロナ禍で落ち込んだところに、森ビルからオファー

 MUGEN代表の内山氏によれば、M&Aを考え始めたのは、コロナ禍で売り上げが激減してからで、仲介会社を通して売却先を探してもらったという。

 「起業して15年ほど頑張ってきて、せっかく軌道に乗っていた時期なのに、コロナ対応のために改めて借り入れをしなければならなかった。結局、何も残らないのかと思うようになった」と、当時の空虚な心境を内山氏は振り返る。

 ところが、最初の緊急事態宣言から1年ほどたったころ、森ビルからオファーが来た。23年秋に新しくオープンする、虎ノ門ヒルズステーションタワーと麻布台ヒルズに出店してくれないかという内容だった。

 もともと商業施設には出店しない方針の内山氏だったが「緊急事態で飲食店が営業できなくなったり、外食が社会悪と見られたりするような風潮で、こんなにも前向きに考えられる人たちがいたのか」と驚いたという。そして「こういう人たちと新しい世界観がつくれたら」と、心揺さぶられたとも振り返る。

 そこで、虎ノ門ヒルズには新業態の立ち寿司「立ち喰いすし魚河岸 山治」と「鮨 おにかい」シリーズの6店目となる「鮨 おにかい×2」を出店。麻布台ヒルズでは、これまでチャレンジしたことがない高価格帯の魚居酒屋を出店してほしいと依頼があった。MUGENは炉端のブランド「なかめのてっぺん」を7店展開し、高価格帯の寿司「鮨 つきうだ」も成功を収めている。そのため、高価格帯の大人が使える海鮮メインの居酒屋もできるだろう、と森ビルがは考えたようだ。

 内山氏は「自ら店に入ってイチから業態づくりにかかわればできないこともないが、それを実行してしまうと会社が崩壊するのではないか」と案じたという。そこで、自分の考え方に共感し、株を共同保有して経営を支えてくれるようなパートナーはいないかと、リスクヘッジのためのM&Aを考えるようになった。

 MUGENはチェーン店ではなく、さまざまな複数の業態で27店(グループ店を合わせれば29店)を展開しており、上場して資金の調達は向かないと、内山氏は判断した。

 「MUGENの大切にしてきた経営理念に共感して、一緒になって考えてサポートしてくれる」。そんな都合の良いパートナーが現われるのかと、内山氏はあまり期待していなかった。ところが、実際には3社がM&Aを希望してきた。

●気鋭の飲食企業がマルハンとタッグを組んだワケ

 そのうち最も前向きだった、マルハン北日本カンパニーを選んだ。

 1年ほど双方の検討期間があり、内山氏は韓俊氏の太平洋クラブを復活させた手腕や人間力、会社を生まれ変わらせようと構想しているビジョンに共感を覚えた。さらに、幹部社員で経営企画、新規の観光事業などに携わっている人たちがみな、パチンコホールの現場で成長を遂げてきた集団で、現場を重視する姿勢にも、親近感が湧いたという。

 「50歳を迎えて新しいチャレンジに取り組むモチベーションを持てた」と内山氏は振り返る。

 こうして23年11月、麻布台ヒルズのオープンとともに開店した高級居酒屋「うちやま」は、午後5時半から午後11時までの営業で、30席ながら日商約50万円を販売し、好調だ。顧客単価は約1万円で、6600円のおまかせコースを注文する人が多い。

 木箱に入った日替わり鮮魚を顧客が選んで、お好みで煮物、焼物、揚物に調理するサービスも好評で、天婦羅 みやしろのナンバー2だった職人が揚げるフライの人気が高い。

 「ひやかしで来た外食の経営者たちも、私が楽しそうに現場で働いているのを見て『自分ももう一度、現場に立ってみようかな』と話し、帰っていく人が多い」と、内山氏は手応えを感じている。

●宿泊施設も好調 海外需要を取り込めるか

 マルハンが第2の柱と考えているのは、富裕層に向けた観光事業だ。再生を果たした、太平洋クラブのようなゴルフ事業もその中に入るだろう。宿泊施設も、既に山梨県甲州市に温泉旅館「笛吹川温泉 坐忘」をオープン。現存する日本最古のワイナリーとされる「まるき葡萄酒」のワインと日本料理のマリアージュを楽しめるなど、山梨の風土を生かしたおもてなしで人気となっている。

 高級な宿泊施設に、高級な飲食店は欠かせない。MUGENには、それぞれの分野に特化した大将や職人たちがやりがいを持ちつつ、束ねるノウハウがあり、マルハン北日本カンパニーにとって頼もしいところだ。なかめのてっぺんのような和の居酒屋に加え、寿司やラーメンは訪日外国人に人気があり、大いにチャンスがある。海外展開も視野に入れている。

 マルハン北日本カンパニーとしてみれば、MUGENをグループに引き入れたことにより、ミシュランレベルの料理はもちろん、幅広い食体験を提供できる体制を整えたといえるだろう。

 日本政府観光局によれば、2月の訪日外客数は、278万8000人となり、同月として過去最高となった。1月も、過去最高だった19年とほぼ同等の268万8100人が日本を訪れている。この勢いだと、年間最高だった19年の3188万人に迫るか、それ以上の外国人の訪日が見込まれる。

 さらに、日本は海外の各種調査で「訪問したい国」の最上位ランクに位置しており、円安の後押しもあって、訪日観光の勢いは止まりそうもない。訪日外国人は日本での食事に期待しており、マルハンは関係会社のひらまつに続いてMUGENがグループ入りしたことで、料理を売りとしたリゾート開発がぐっと具体性を帯びてきた。他にも高級業態として中国料理の新規出店も計画中で、発表が待たれるところだ。今後は、マルハン北日本カンパニー自らホテルや旅館を建てるだけでなく、ホテルや旅館のM&Aも加速していくだろう。

(長浜淳之介)

パチンコ事業以外の「柱」に注力している