タバコを吸う人と一緒に仕事をしたくない」

そんな投稿がXで最近、注目を集めました。投稿した男性は、10人ほどが働く経営者なのですが、複数の女性従業員から、喫煙ルームから帰ってくる従業員の「タバコのにおい」が気になるとうったえられたそうです。

タバコのにおいのせいでイライラが止まらず、会社を辞めようとおもったこともある」と言われたとのことで、男性は経営者としてどう対策をしたらよいか悩んでいるという内容でした。

健康増進法が改正され、受動喫煙を防止する目的で、2020年4月からはオフィスなどの屋内では原則禁煙となっています。この男性の職場でも、きちんと喫煙所は別に設けているとのことです。

日本医師会のサイトでは、「服や髪の毛、カーテン、家具、壁などからタバコ臭を感じた時には、有害物質を体内に吸い込み、受動喫煙の被害にあっているのです」とあります。

しかし、喫煙してきた人の「服」や「髪の毛」までは、ルールがありません。ただし、タバコを消したあとに残留するニコチンや化学物質を吸い込むことは「三次喫煙」(サードハンド・スモーク)と呼ばれ、しばしば問題視されています。

働く人たちの健康のために、どのような対策が望ましいのでしょうか。受動喫煙の問題に詳しい岡本光樹弁護士に聞きました。

●会社には敷地内を「禁煙」にできる権限がある

——そもそも、経営者が出社している従業員に対して、就業時間中あるいは休憩時間中の禁煙を命じることができるのでしょうか?

はい、企業の敷地内全面禁煙を命じること(「場所」の禁煙)も、就業時間中の喫煙禁止を命じること(「時間」の禁煙)も可能です。

これは、企業秩序定立権限(企業内の秩序を設定する権限)の一環としての施設管理権、並びに、労務指揮権および業務命令権に基づくものです。

従業員は、誠実労働義務(使用者の指揮に従って労働を誠実に遂行する義務)及び職務専念義務(労働時間中は職務に専念し他の私的活動を差し控える義務)に基づいて、それに従う義務があります。

●「休憩時間の喫煙」分かれる見解

——では、「休憩時間」に会社の敷地外で喫煙する自由は認められていますか。

「休憩時間」における敷地外の喫煙については、実は議論があります。

労働基準法上の「休憩時間」については、「自由利用の原則」が定められています(労働基準法34条3項)。

(この「休憩時間」は、労働時間が6時間を超える場合に45分間、8時間を超える場合につき1時間と定められているもので、就業時間中にタバコ休憩などと称して離席している場合は含みません)

そのため、「休憩時間」に企業敷地外で喫煙することは禁止できないといった弁護士の見解も見られます。

この点、私は、一律に禁止できないわけではなく、個別具体的な状況や必要性・合理性に鑑みて、禁止できる場合もあると考えています。労働基準法の施行に関する通達には、「休憩時間の利用について事業場の規律保持上必要な制限を加へることは休憩の目的を害さない限り差し支へないこと」とあります(昭和22年9月13日通達・発基第17号・法第三四条関係(三))。

喫煙後も呼気(息)から有害な成分が出続け、他者に迷惑や苦痛を及ぼすことを考えれば、休憩時間中に他の従業員の休息を妨げてはならないこと、また、休憩後の勤務時間に他の職員がその注意力を職務に集中することを妨げるおそれがあること、他の職員の作業能率を低下させるおそれがあること等を理由に、休憩時間中の喫煙についても禁止することが可能と考えられます(最高裁昭和52年12月13日判決参照)。

●経営者の「義務」はどこまで?

——喫煙ルームを設けても、今回のケースのように従業員から「くさい」などのクレームがでた場合、経営者には、より踏み込んだ措置をとる「義務」は生じますか。

先ほど述べた理由から、経営者は、敷地内全面禁煙を命じることも、就業時間中の禁煙を命じることも可能で、ご相談のケースでは状況によっては「休憩時間」も喫煙禁止を命じることができると考えます。

他方で、それが経営者の「義務」かと聞かれると、義務とは即断できず、基本的には経営者の裁量に委ねられています。

健康増進法に基づいた施設の禁煙・分煙措置を講じることは経営者の最低限の義務(行政罰あり)ですが、それ以上に、今回のケースのようないわゆる「サードハンド・スモーク」に、どこまでの対応をすべき義務があるかは、個別具体的な事案の状況に応じて「安全配慮義務」(民事責任)が判断されます。

東京都江戸川区の職員が、受動喫煙によって咽頭炎・頭痛等を患ったと訴えた裁判で2004年、江戸川区に賠償を命じる判決が下されています(東京地裁平成16年7月12日判決)。

判決では、「被告(区)は、・・・当該施設等の状況に応じ、一定の範囲において受動喫煙の危険性から原告(区職員)の生命及び健康を保護するよう配慮すべき義務を負っていたものというべきである。もっとも、その義務の内容は、上記危険の態様、程度、被害結果の状況等に応じ、具体的状況に従って決すべきものである」と判示されています。

苦痛をうったえている従業員の苦痛の程度や話し合いの経緯なども、斟酌(しんしゃく)することになるでしょう。

●従業員が話し合い、自らが考えたルールを

——では、今回のようなケースでは、どう対応すべきでしょうか。

何も対応せずに放置というのは、「安全配慮義務」違反のおそれがありますし、経営者として妥当とは到底言えません。対策を講じるべきですが、具体的な対策として何が望ましいか、どうすべきかについては、各企業の置かれた個別の状況を踏まえる必要があります。ご参考に、私の経験に基づいて助言いたします。

喫煙対策の進め方として、社長・経営者のトップダウンで進めるか、従業員と話し合って決めていくかが考えられますが、今回のケースでは、社長よりも古参の喫煙者が多数いるということなので、トップダウンで一方的に進めると喫煙者の反発や就労意欲の低下も招きかねません。

そのため、喫煙者の従業員たちと丁寧に話し合い、喫煙者の間でルール策定をしてもらい、それを経営者が業務命令あるいは「服務規律」(必要に応じて「就業規則」に入れることも)にしていくのがよいのではないかと考えます。

話し合いがもてる規模の会社のようですし、上から一方的に押し付けたルールよりも、喫煙者間で考え自ら決定プロセスに関わったルールの方が、経営者への反発を避けつつ、ルール徹底につながりやすいのではと思います。

経営者としては、方向性として将来的には、敷地内全面禁煙・就業時間中禁煙、さらには休憩時間中の禁煙もあり得ることを示しつつ、過渡的・漸進的な当面の対策を喫煙者間(可能なら非喫煙者も一緒に)で話し合って決めてもらうのがよいのではないかと考えます。

この投稿には多くのコメントが寄せられており、既に様々な提案がされ、それに対する課題も見られます。下記に整理しましたので、こうした対策案を参考にしつつ、喫煙者の理解を得ながら会社のルールとして定着させていくのが良いであろうと考えます。また、対策の結果を検証し、改善が不十分であればさらに対策を引き上げる・追加するなどして、改善強化を進めていくと良いと思います。

【取材協力弁護士】
岡本 光樹(おかもと・こうき)弁護士
1982年岡山県生まれ。2005年東大法卒、06年弁護士登録。国内最大手の法律事務所などを経て、11年に独立。企業法務や労働案件、受動喫煙に関する係争・訴訟、家事事件などを 幅広く扱う。第二東京弁護士会で人権擁護委の受動喫煙防止部会長などを務める。厚生労働科学研究費補助金研究事業「受動喫煙防止等のたばこ対策の政策評価に関する研究」班研究分担者。2017年から2021年7月まで東京都議会議員。
事務所名:岡本総合法律事務所
事務所URL:http://okamoto.2-d.jp/akiba.html

「タバコを吸ってきた人のにおいでイライラする」非喫煙者の従業員からうったえ、経営者はどうすればいい?