仕事を覚えた若い部下が、「自信過剰」の状態になり、そこから「絶望の谷」に落ちるほど落ち込んでしまったら、上司はいったいどのように対処すべきなのでしょうか? 今回は、横山信弘氏による著書『若者に辞められると困るので、強く言えません』(東洋経済新報社)から、落ち込んだ部下への対処法を「ダニング・クルーガー効果」を用いて解説します。

過剰な自信に満ちた状態「馬鹿の山」に要注意

ダニング・クルーガー効果とは、能力や経験の低い人ほど自信過剰になる認知バイアスのことだ。「優越の錯覚」とも呼ぶ。

[図1]を見てほしい。仕事を少し覚えただけで、ちょっと実績を出しただけなのに、過剰な自信に満ちている状態が「馬鹿の山」である。

たとえば、SNSマーケティングについて知識も経験もまったくない場合は、多くの人は自信を持たない。「SNSなんて、やったことがない」「情報発信なんて、できる気がしない」と思い込む

しかし会社の要請で、渋々始めたとする。そうすると、みるみるうちにフォロワーが増え、話題になったらどうか? 

「センスがあるよ!」「お客様の間でも話題になってる。すごい!」と、周りにもてはやされる。本人も成果を出せば、ドンドンと自信を深めていくはずだ。

そして、「SNSを使って結果を出すことは、誰でもできる」「わからないことがあれば、何でも私に聞いて」と言い出すかもしれない。これがまさに「馬鹿の山」に登っている状態だ。

私もそういう経験は、数えきれないほどある。コロナ時代になってからYouTubeチャンネルを開設し、人気を博すと、多くのお客様から評価された。

「私も横山さんのように、動画で発信したい」「どんな動画を作ればウケますか?」と質問された。そうすると、これ見よがしに、「サムネイルはこうすべし」「タイトルとハッシュタグのつけ方が命」と自慢げに吹聴した。

その後、YouTubeコンサルに強烈なダメ出しをされるまで、自信過剰の状態は続いた。

他人のせいにして落ち込む部下はどうする? 

「馬鹿の山」に登っている最中にうまくいかないと、「他責」にしがちだ。なぜなら自信があるからだ。明らかに実力不足なのに、「まさかこの提案が通らないとは思わなかった。どうしてこの提案の良さをわかってくれないのだろう」などと勘違いしてしまう。

以前、自分の伝え方に問題があるのに、お客様の理解不足が原因と決めつけてしまっていた営業がいた。こんな姿勢であれば、いつまで経っても成長しない。

そういう部下に、「運が悪かったな」「次はうまくいくよ」と励ましてはならない。もちろんスルーすべきでもない。

「馬鹿の山」に登っていると伝えることは難しいので、自覚してもらうための働きかけが必要になる。そのためには正しい教育をすることが一番だ。

もしそれが難しいのであれば、歯に衣着せぬ物言いをするプロフェッショナルに指摘してもらおう。遅かれ早かれ、実力不足はバレるものだ。早めに気づかせてあげるのが親心というものである

大事なのは「絶望の谷」に落ちた後

まだ実力がついていないのにビギナーズラックが続いただけで、自信を深めてしまう人は多い。だが、その分野で仕事をしている限り、大抵の人は「絶望の谷」に落ちる。

本物のプロフェッショナルと出会うか、体系的な教育を受けて、いかに自分がわかっていなかったか。実力不足を痛感するだろう。

だから「落ち込む」のである。「絶望の谷」に落ちたのだから、正しい落ち込み方、と言っていいだろう。

大事なことは、落ちてからどうするかである。「自分なんて、こんなもんか」と自信をなくすか。それとも「なにくそ」と自分を奮い立たせて、自己研鑽の道へと歩むのか。

マネジャーとしては当然、後者を選ぶよう促す。部下が「絶望の谷」に落ちていたら、「誰にでもあることだ」そう伝えればいい。

本物のプロフェッショナル(本当に成功した人)は、自己研鑽をやめることなどありえない。どんなにその道を極めたと自負しても、「これでいい」だなんて思わない。

 

部下を励ます必要がなくなるとき

「絶望の谷」に落ちると、自信が失われる。この失われた自信は、そう簡単には取り戻せない。

だから謙虚になってコツコツ鍛錬を積もうと努力するようになる。このフェーズを「啓蒙の坂」と呼ぶ。

私どもコンサルタントは、まさにこの「啓蒙の坂」を一緒に登る役割を担っている。3歩進んで2歩下がる。2歩進んで3歩下がる。このような繰り返しで、なかなか前に進んでいく気がしない。

しかし、それでも努力を繰り返すと、ドンドン視座が上がって、いろいろな世界が見え始めるものだ。

視座が高まり、広い世界が見え始めると、さらに謙虚になっていく。なぜなら、有頂天になっていた過去をたまに思い出して自分を戒めるからだ。

マネジャーはこのように部下と伴走しながら、謙虚な姿勢で「啓蒙の坂」を一緒に登っていこう。

「絶望の谷」に落ちるほどではないが、うまくいかないことも多い。だが、「啓蒙の坂」を登っている最中、部下は「他責」にすることがない。自分の力不足でうまくいかなかったとわかっているからだ。

そういう場合は、スルーすればいい心で見守るだけでいい。未来の成功のために、自分磨きにつき合ってやる。そうすることで部下の市場価値は上がっていく。

市場価値が高くなれば、同じようなプロフェッショナルと知り合う機会が増え、その成功者たちもまた謙虚な姿勢であるからこそ、感化され、さらに謙虚になっていく。

こうなっていくと、マネジャーが励ますことはほとんどなくなる。うまくいかなくて落ち込んでいる部下を見ても、安心して放っておくことができるはずだ。なぜなら、もうプロフェッショナルに近づいているからだ。

身についた知識が知恵を生み、知性も身についていく。この状態が「継続の台地」である。長い道のりだが、順調なら5~10年ほどでこの域に達する。

マネジャーはそういうつもりで、励ましたり、スルーしたりを繰り返すのである(5~10年とはいえそう長くはない。早ければ20代でプロフェッショナルの域に到達する)。

横山 信弘

株式会社アタックス・セールス・アソシエイツ代表取締役社長

経営コンサルタント

※本記事は『若者に辞められると困るので、強く言えません』(東洋経済新報社)の一部を抜粋し、THE GOLD ONLINE編集部が本文を一部改変しております。